はじめに

 ※この物語は過去に実在した人物達をモデルに書いたフィクションであり、架空のお話です。実在した人物・団体・モデルにした時代背景などとは一切関係がありません。

あくまで歴史ファンタジーとしてお楽しみください。暴言、暴力的表現および残酷模写が含まれております苦手な方はご注意下さい。


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 蒸し暑い真夏だというのに、空はどんよりとした雲に覆われ今にも雨が降りそうだった。


「確りして下さい!」


「申し訳ありません。隊の名に泥を塗ってしまい……申し訳ありません」


隊長に抱きかかえられた顔色の悪い細身の少年の様にしか見えない少女は、胸から溢れ出る血にぬれて今にも事切れそうなのに、隊の名に傷をつけたことを謝り続ける。


「そんな事どうでもいいんです。だから、死なないでください」


黒髪の少年兵が涙をこらえながら必死に声をかけた。


「私は、皆さんと一緒に戦えて、幸せでした……ごめんなさい」


「死ぬな。死ぬことは許さない」


少女の顔を見詰める皆へと彼女はそう言って申し訳なさそうな顔で目を閉ざす。そんな少女へと紫色の隊服を着た男性が叫ぶ。


「っ!」


少女の体から重みが消えた。それに隊長が気づき彼女の亡骸を抱きかかえ涙を流した。


隊員達もみな仲間の死に痛み苦しみ涙を流し、崩れるようにその場に膝をつく。空からは生暖かい雨が降り注ぎ始め地面を濡らしていた。


これは一九一八年の終戦間近の出来事である。


それから時は流れ一九八六年のある日。


首までの黒い髪を耳の下でツインテールに縛っている、細野春香ほそのはるかは夏休みの宿題で歴史のレポートを書くために海猫亭へと向けてバスの中にいた。


「レポート書くのちょ~嫌なんですけど」


「わかる、わかる」


前の席では茶髪にロングスカートを履いたギャル気取りの同級生、羽柴洋子はしばようこがだるそうに声をあげていて、その洋子の髪の毛を真似して伸ばし始めた友達である秋田広美あきたひろみが同意して頷く。


「でも、地味子と一緒に行動しなきゃいけないのが一番嫌なんですけど~」


「わかる、わかる。本当に何でこいつと一緒にやんなきゃなんないのって感じよね」


「一人余ったからってさ~。先生も酷いわよね。うち等のとこに勝手に入れるなんて」


彼女の言葉に広美が再び同意して頷く。


そこに洋子の小学校からの友達である山根由紀子やまねゆきこが、首までのショートの髪の毛をいじりながら、嫌そうな口調で言うと春香を睨んだ。


(もう慣れっこだから、気になんかしないわよ)


学校の規則を破ったこともない大人しくて控え目な優等生少女の彼女は、それ故に同級生達からいじめを受けていた。


今回のレポートの件でも誰もが彼女を入れたがらなかったので、見かねた先生が洋子達のグループに無理やりいれてくれたのだ。


「そろそろ見えてくるんじゃない」


「てか海猫亭って言うのに森の中にあるなんて変だよね」


「昔はこの辺り一帯は海だったって言うけど……全然そんな感じしないわよね」


広美が言うと窓の外に広がる景色を見やる。それに洋子がおかしそうに笑いながら話すと、資料で調べた内容を由紀子が伝えた。


海猫亭が建っているのは薄暗い森の奥深く。そのあたり一帯昔は海で、明治時代に造られたその館には第一次世界戦争の時兵士達が二十四時間厳重警備の下、いつでも戦いに赴ける様に寝泊まりしていたと言われている。


「あ~あ。早く課題終わらせて海にでも遊びに行きたいわ」


「確かに~」


「それじゃあさ、今度三人で海かプールに行こう」


洋子の言葉に由紀子が同意した。話を聞いていた広美がそう提案する。


「まもなく三島海岸跡前……三島海岸跡前~」


アナウンスの声と共に森の真ん前の道に寂しく建っている看板の前へとバスが停まる。


「この森の奥に海猫亭があるのね」


「一応案内板があるみたいだわ」


「こんな森の中に入りたいなんて人いないでしょ」


広美の呟きに洋子がそう言って案内板を見た。由紀子がその言葉を聞いておかしそうに笑う。


「それがさ、海猫亭って出るって噂で、よく肝試しとかに人が訪れるんだって。それで、海猫亭に行った人が行方不明になって、森の中で変死体で発見されたりするらしいわよ」


「きゃ~。こわ~い。あはははっ」


「ちょっと~、今からそこに行くんだからそんな話やめてよね。ふふ、あははははっ」


それに広美がおどろおどろしい口調で言うと二人はふざけ合い騒ぐ。


「早く……終わればいい」


彼女等の五歩後方でついて歩きながら春香は愚痴るように呟いた。

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