いとおかし

@hayasi_kouji

第1話 いとおかし

 いとおかしは、やばいやエモいと似た使われ方をするという。ならば、ぼくたちの関係はいとおかしと呼ぶにふさわしいだろう。


 暑い暑いこの夏。早くも36度を記録する。今夏はついに40度を更新するのだろうか。そんなふうに思いながら、ぼくは駅へとダッシュする。早く帰ってきてね、とせがむ娘のためだ。この15分のダッシュで1時間早い電車に乗れるのだ。19時に終わって、21時半に帰宅していたのが、20時半に着く。この1時間で子どもが寝る前に帰り着くのだ。


 今日もまたダッシュをかましていた時、目の前に光の塊が降ってきた。当然、無視をして先を急いだけれど、謎の力で光に吸い付かれた。眩しくて何が何だかわからなくなって、いつのまにか謎の空間へと連れ出されていた。


「幸運である」


「先を急いでいます」


「どこへ向かう?」


「我が家に」


「ふむ、安心せよ。今、世界の時は止まっておる」


「信じられません」


「見よ」


 薄く開かれた窓から外が見える。


「わかりません」


「あの芒をみんか。この時間は風でゆらいでおるのに、止まっているであろう」


「ははっ」


 確かに芒は止まっていたのだけど、リアクションがおかしくて、ようやくここへ閉じ込めた主を見る余裕ができた。


「やはりわらわのリアクションは笑いの種となるか」


 悲しげに眉をさげる姿ははかなげだ。


「はい、あなた様のリアクションは素直で、いとおかし」


「にゃに!! わらわをおなごと心得ての言か」


「えぇ。とても美しいです」


 なんだかかわいらしい悶え方をするのを見ながら、これからどうなるのやら、と思案。けれど不思議と良い展望が開そうな気がしたのだ。


「あぁ、そのにゃんだ。話が前後したけれど、幸運である」


「なぜ?」


「むむっ、わらわと会うて幸運なのだ」


「いやぁ、それはどうかな」


「なぜ?」


「ぼく、今、めっちゃいらついてるもん」


「ええっ!?」


「娘にね、早く帰ってきてね、ぱぱって言われてるん。それでね、走ってたんだよね」


「はい」


「早く帰りたいんだよねー。時間が止まってなければ、もう憤死してたんちゃうかなぁ」


「わらわにはわからぬ心持ちなれど、そなたの憤りはもっともであろうな、よし!」


 ひらりと手のひらを返すと、窓を指差す。のぞいたらそこには我が家があった。


「この光の繭って、外から見えてるの?」


「繭とはよい着想である。わらわとそなたの他に見えぬぞ」


 しばし思案する。


「どうした? わらわに話してみよ」


「帰るのが早すぎるから、家族にどう説明するか考えていた。家族に紹介してもいい?」


「よいぞ。この時代に生きる人と、たくさん話したいからの。紹介するならば、名乗らねばなるまい」


 こほん、と咳払いをしたあとに。


「ひかる。それがわらわの名。よしなに」


 ひかるは美しい所作で名乗った。

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