第11話 ざまぁ 3

「税金ってこんなに高いのか?」


「はい、旦那さま」


 トーマスの問いに高齢の家令は落ち着き払って答える。


「家賃ってなんだ? あの店はミストラル商会の持ち物ではないのか?」


「はい、旦那さま。ミストラル商会は店舗を多数持っておりますが、その殆どは賃貸物件でございます」


「経費? 経費ってこんなにかかるのか?」


「はい、旦那さま。店舗を維持するためには、お金が掛かります。従業員への給与だけではありません。テーブルひとつ、棚ひとつ、無料のものなどありません」


「売上が全部利益になるわけではないんだな」


「はい、旦那さま」


「粗利益と売上総利益が同じで、営業利益、経常利益、純利益、か」


「はい、旦那さま。税金を納めて、残った部分が純利益となります」


「面倒だな?」


「はい、旦那さま。商売とは、面倒なものでございます」


「まぁ、いい。商売の事は分からん。優秀な従業員もいるのだし。そちらはお前に任せる」


「はい、旦那さま」


 高齢の家令は、全て承知しました、と、ばかりに丁寧な礼をとると去っていった。


「商売の事など分からん。最初から、こうすれば良かった」


 自分が中途半端に口を挟むからミストラル商会の商売が上手くいかないのだ。


 そう悟ったトーマスは、全てを高齢の家令に任せる事にした。


 トーマスが得意なのは遊ぶことだけだ。


 それを『社交』と言い換えれば、全ては解決。


 トーマスは『社交』を。


 高齢の家令は『商売』を。


 そう役割分担して動けばいいのだ。


「エレノア商会のせいで、我がミストラル商会の利益は落ちているが。まぁ、いい。ココから盛り返せばいいし。いざとなったらミストラル男爵家の財産がある。それでどうにかなるさ」


 だが、トーマスは知らない。


 自分が生活していくのに必要な出費が、どれだけあるのかを。


 稼ぎ続け、払い続けていくことが、どれほど大変な事なのかを。


「トーマス、侍女がいなくなってしまったわ」


「メイドがいるだろう? メイドも侍女も、たいして変わらない。メイドにやって貰えばいい」


「トーマス、料理人がいなくなってしまったわ」


「料理くらい誰でも出来るだろう? 誰かにやって貰え」


 給金は減り続け、使用人は一人また一人と逃げるように辞めていった。


「トーマス? 支払いが滞っていると請求書がこんなに」


「えっ? 請求書? 家令はどうした?」


 高齢の家令は、ミストラル商会の金庫にあった金をかき集め、それを持って消えた。


「トーマス? これから私たち、どうやって暮らしていけばいいの?」


「大丈夫だよ、ミラ。ミストラル商会を売却したから。」


「でも、ミストラル商会を売却したら、私たちはどうやって暮らしていったら……」


「大丈夫だよ、ミラ。ほら。財産は、まだこんなにある。金の事はオレがどうにかするさ」


「まぁ、トーマス。ええ。アナタに任せるわ」


 使用人は少なくなったものの、トーマスとミラは今までと変わらぬ暮らしを続けた。


「トーマス? なぜか、請求書の束が厚くなったような気がするけど」


「ミラ。気のせいだよ。大丈夫、オレがなんとかするよ」


「トーマス? 借金取りが来ていますわ」


「大丈夫だよ、ミラ。私が話をつけよう」


 財産が幾らあったとしても。


 増えない金を余命で割れば、年間に使える金額は大体の場合、高くはない。


「トーマス? 私の宝石が見当たらないのだけど?」


「アレは売ったよ、ミラ。夜会に出る事も無くなったのだから必要ないだろう?」


「トーマス? メイドが一人も見当たらないのだけれど」


「辞めて貰ったんだ。掃除も、洗濯も、料理も。キミだったら自分で出来るだろう?」


「トーマス……」


 お金が無くなれば、他人に任せていた仕事も全て圧し掛かって来る。


 それでもミラは笑って幸せだと言いながら自分についてくると、本気で思っているのだろうか?


 トーマスのことだ。


 本気でそう思っているのだろう。


 いや、そう思っていたのだろう。


 私は神さまの傍らで地上を見下ろしながら思う。

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