地獄への入り口(前編) 【天瀬視点】
――ど、どうしてドラゴンが堂々と外へ出てるのですか!?
家の客間に案内された天瀬は柚月の隣を歩くミィちゃんに怯え、一挙手一投足に注目していた。
何かあればすぐに逃げられるように――。
所長に頼まれたから仕方なくやってきたけど、本当ならこんな危険な場所に来たくなかった。
できれば逃げ場がなくなる家の中には入りたくなかったのだが、向こうから提案されてしまったら断ることもできずに、客間にあるソファーで縮こまって座っていた。
向かい合うなら純真無垢な柚月と目を合わせただけで消されそうな最凶最悪のドラゴン。
――な、なんでこの子はこんなに平気でいられるのですか!?
実際にミィちゃんが何かしてるわけではないのだが、地球すら滅ぼしかねないドラゴンを目の前にしているという事実が天瀬の思考を狂わせていた。
「今お茶を用意しますね」
柚月が立ち上がりこの部屋から離れようとする。
天瀬は柚月の手を掴み、涙目で必死に首を振る。
「お、お構いなく。わ、私が突然きてしまったのが悪いのですから……」
「そうもいかないですよ。すぐに戻りますので、ミィちゃん、お客さんの相手をお願いしてもいいかな?」
「任せるのだ!」
――任せちゃダメですー!?
しかし、無情にも柚月は部屋から出ていってしまい、ドラゴンと二人きりになってしまう。
――終わった。私の人生がここで……。お父さん、お母さん、親不孝者でごめんなさい。私、きっとここで美味しく食べられて、骨も残らないんだ……。
死を覚悟していた天瀬は完全に体を強張らせ、身動き取れなくなっていた。
それを不思議に思ったミィちゃんが天瀬の隣へ移動して顔を覗き込んでくる。
「大丈夫なのか? 顔色が悪いのだ」
「心配してくれてありがとうございます……。わ、私は大丈夫です……」
誰のせいで! と声を上げたくなるが、それをした瞬間に自分の人生が終わってしまう。
それだけはグッと堪えて、素直にお礼を言うとなぜか笑顔を見せたドラゴンは処刑宣告さながらに天瀬の隣へと座っていた。
――なんで隣に座るのですか!?
無邪気に足をばたつかせて楽しそうに笑みをこぼしている。
――きっと私なんていつでも食べられるぞ、ってアピールなんですね……。
「肉は好きなのか?」
心の中で所長に恨み言を言っていると唐突にドラゴンが聞いてくる。
「お肉は……好きですけど」
答えてからハッとする。
もしかして今のは自分を肉として食べるかどうかの質問だったのでは、と。
迂闊に答えてしまった自分を思わず恨んでしまう。
「そうかそうか、肉好きに悪い奴はいないのだ! 友好の印に私のご飯を分けてやるのだ!」
そう言うと天瀬の前に生肉が一枚置かれる。
隣にはパックを開け、生肉を貪り食べているドラゴン。
――こ、これを食べたら生きて帰れるのですか?
生で食べたらお腹を壊すかもしれない。
でもその程度で済むなら……。
グッと息を飲み、ゆっくりとその手を生肉へ伸ばしていく。
それと同時に柚月が部屋へと入ってくる。
「あっ、早速仲良くなられたのですね」
――どこをどう見たらそう見えるのですか!?
「うん、すごく仲良くなったのだ! 友なのだ! 友好の証に肉を分けてあげたのだ!」
「良かったね、ミィちゃん。でも、人は生でお肉は食べないんだよ」
「そうなのか!? それは悪かったのだ!」
ミィちゃんが火を吹くと一瞬で肉は黒く焼けていた。
「こらっ! 家の中で火を吹いたら危ないでしょ!」
「ご、ごめんなのだ」
あの凶暴がドラゴンが怒られている。
普通ならあり得ない光景に天瀬はここに来て初めて笑みを浮かべるのだった。
「笑ったのだ!」
「はい、お二人がとても仲よさそうで」
「もちろんなのだ! なんと言っても八代とはマブなのだ!」
ドラゴンの満面の笑みを見ると今まで怖がっていた自分が馬鹿らしく思えてくる。
ドラゴンがくれた、今は炭に近い肉を手に取るとそれを口にする。
「苦い……ですね」
「やっぱり生が一番なのだ!」
「それはミィちゃんだけだからね!?」
味付けも何もされていない炭肉。
それでもなんだか優しい味に感じられた。
――でも、やっぱり苦いです……。
その味は気のせいであった。
◇
「ところでどうして僕の家の前にいたのですか?」
ようやく本題に取りかかる。
隣で今も美味しそうに肉を食べているドラゴンは話しには興味がない様子だった。
「私は探索者協会で働いてる
天瀬はカバンから買ってきた菓子折を柚月に渡す。
「これはご丁寧に。僕は柚月八代と言います」
「私はミィちゃんなのだ! 特別に香住にはミィちゃんさんと呼ばせてあげるのだ!」
「あっ、ちゃんまで名前だったのですね……」
胸を貼るミィちゃんに苦笑を浮かべる。
「それで探索者協会の人がうちに何の用なのですか?」
「もちろんこちらにあると噂されてるダンジョンについてですね」
「もしかしてダンジョンって何か申請とか必要でしたか?」
「いえ、そうではありませんが協会としてはどういうダンジョンかの把握だけしておきたくて、こうして訪ねさせてもらった次第になります」
本当は所長に押しつけられたせいだけど、とは言わなかったのは我ながら大人になったと自画自賛したかった。
「そうなんですね。わざわざありがとうございます」
「これ、本当につまらないものなのだ!! あはははっ」
「こらっ、ミィちゃん! 勝手に開けたらダメでしょ! 天瀬さん、申し訳ありません。ミィちゃんにはあとできつく言っておきますので」
「いえいえ、お気になさらずに。やっぱりどら……、ミィちゃんさんにはお菓子より別のものの方が良かったのですか?」
「うん、肉なのだ! 断然肉が良いのだ!」
「わかりました。次に来るときはお肉をご用意しますね」
「やっぱり香住は良い奴なのだ!」
「本当に申し訳ありません」
柚月が申し訳なさそうに謝ってくる。
「いえいえ、喜んで貰えるのが一番ですから。それに
実際には所長のポケットマネーから出していたのだが、この程度は飲んで貰おう。
――私を死地に追いやった罰ですよ! うーんと良いお肉を買ってきてあげましょうね。
「それで僕たちはどういったことをしたらよろしいのですか?」
「一応柚月さんたちはこのダンジョンを一般開放する気はない、ということでよろしいでしょうか?」
「そうですね。見ての通りミィちゃんはちょっと火を吹けて人化出来るようになったばかりのトカゲですし、新しく生まれたティナなんて葉っぱですからね。探索者に襲われたらかわいそうです」
「ティナ? その子は配信では見たことがないですね」
「あっ、この子なんですよ。ほらっ、ティナ。怖がらなくても襲われないから大丈夫」
柚月の胸ポケットには頭に葉っぱを乗せた小さな少女がちょこっと顔を覗かせていた。
「て、ティナなの。よ、よろしくお願いします……、なの」
――葉っぱって種族を司る精霊の子じゃないですか!? まだ子供みたいですけど。
精霊とはあまり人前には出てこない、幸運をもたらすと言われている魔物の一種である。
主に自然を活かした魔法を使ってくる。
その魔法は人が使うどのものよりもはるかに強力である。
基本的には温和な生き物なのでこちらから攻撃しない限りは襲ってこないが、一度敵愾心を持たれると最後、たくさんの精霊達が一斉に襲いかかってくるとも言われている。
特に精霊の長たる精霊王にもなるとその強さは目の前にいる危険度SSSのレッドドラゴンと同程度とまで言われている。
「もう肉がなくなってしまったのだ。おかわりが欲しいのだ!」
「ダメだよ。残りは他のトカゲ君たちの分だからね」
「残念なのだ」
――なんだろう。この光景だけを見ているとそこまで危険に思えなくなってくる。
「その子もいずれ配信されると言うことですか?」
「そうですね。みんなに紹介はした方が良さそうですよね?」
「精霊ともなったら探索者が狙ってくるかもしれませんね。このダンジョンは探索者協会でも周知させた上で公開はしていない旨を告知しましょう」
「よろしくお願いします」
地球を滅ぼせるような魔物がうじゃうじゃいるダンジョンなのだ。
一般探索者が入れなくする理由には事欠かない。
所長に
「あと、本当はそこまでしなくても良いと思うんですけど。私は死にたくないのでここまでしたくはないのですけど、このあとダンジョンへ案内してもらうことはできますか?」
「あっ、いいですよ。ちょうどトカゲ君たちにご飯を持っていこうと思ってたので一緒に行きますか?」
「やっぱりダメですよね。危ないダンジョンですし……って良いのですか!? 無理しなくてもぜんぜん断ってくれても良いのですよ。私は大歓迎です」
「いえ、大丈夫ですよ。今から行きますか?」
――今度こそ私の人生、終わった……。せっかくミィちゃんさんに食べられるという事態は回避できたのに今度はドラゴンの巣に飛び込むんだ……。
青白い顔をして、目に涙を浮かべながらも、柚月の好意を断り切れず天瀬は頷くのだった。
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今話ですが視点変更もあり、想像以上に長くなってしまいましたので数話に分けさせていただきました。
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