スーパーでの買いだし
「遅いのだー!」
「ごめんごめん。ちょっとトラブルが起きてね」
「トラブル?」
ミィちゃんは僕の胸ポケットから顔を覗かせているティナの姿に気づく。
ただ、ティナはミィちゃんの姿を見ると体を震わせて胸ポケットの中に隠れてしまったのだった。
「それはなんなのだ!?」
「昨日助けた葉っぱのティナだよ。精霊化できるようになったみたいで、一緒にスーパーへ行こうって思ったんだよ」
「て、ティナなの……」
僕が事情を説明するとティナも少しだけ顔を覗かせて挨拶をしていた。
「よろしくなのだ! 私はミィちゃんなのだ」
「よ、よろしくおねがいします……なの」
「それじゃあ、早速ハイパーへ行くのだ!」
「は、はいぱー?」
「スーパーだからね」
ティナに間違った情報を教えそう、と苦笑しながら僕たちはスーパーへ行くのだった。
◇
「食べ放題なのだ!!」
食材がたくさん並べられた棚を見てミィちゃんがまず第一声、恐ろしいことを口にする。
「食べ放題じゃないよ? 必要なものはこのカゴに入れていくんだよ」
「肉が必要なのだ! たくさんなのだ!」
「はいはい、わかってるよ。でも順番に回っていくからね」
気持ちは子供の世話をする大人だった。
「この葉っぱ、萎れてるの。ちゃんと
「さすがに収穫されたあとで水は取らないかな?」
「驚きなの!?」
いちいち大袈裟に驚くティナと相変わらず僕の手を引っ張ってくるミィちゃん。
これだけ騒いでいると周りの客の注目を浴びるのも必然で――。
「あの子って確か――」
「可愛いわね」
「一人増えてる?」
ヒソヒソと陰で何か噂されていた。
恥ずかしくなった僕はキャベツをカゴに入れると隠れるように隣の列へと向かう。
すると、そこに置かれたものを見て、ミィちゃんが必死の抵抗をする。
「この緑はダメなのだ! 敵なのだ! 滅ぼすのだ!」
どうやったらピーマンが敵になるのだろうか。
僕は苦笑しながらもカゴに入れようとする。
それをミィちゃんは両手を広げてガードしてくる。
「そんなことないよ。ピーマンも美味しいでしょ?」
「苦いのだ! 緑なのだ!」
「み、緑は何も悪くないの……」
「好き嫌いはダメだよ。あとでお肉も買ってあげるからね」
「それで手を打つのだ。やつはあとから私が責任を持って消し炭にしておくのだ」
「そんなことをしたら一週間お肉抜きだからね」
「なっ!? そ、そんなことをされたら死んでしまうのだ!」
「だったら消し炭にしたらダメだからね」
「仕方ないのだ。肉のために延命させてやるのだ」
よほどピーマンは苦手なようで最後の最後まで抵抗を見せていたが、
「そ、そうなのだ。せ、せめてこっちの赤いのにするのだ」
「パプリカだね、そっちは。あまり使うことってないんだよね」
「ダメなの。
ティナが独自の感覚で反論する。
もしかして紅葉的なイメージなのかな?
「またパプリカを使った料理も見ておくから今日のところはピーマンで我慢してね」
「くっ、私と
「そんな壮大なイベントじゃなくて日常だからね、これ」
カゴの中にピーマンを入れる。
その様子を涙目で見ていたミィちゃん。
その表情を見ると考え直したくなる気持ちはあるが、心を鬼にしてピーマンはそのまま入れたままにする。
◇
次は魚コーナーだった。
なぜが魚の一匹を指差して、ミィちゃんは大笑いをしていた。
「あはははっ、八代、八代、変な生き物がいるのだ! あんな形でどうやって歩くのだ? おかしいのだ!」
いたって普通の魚だが、確かにダンジョンでは見たことがなかったのかもしれない。
「あれはね、真ん中にあるヒラヒラしてるヒレって部分から手足が出てきて、それで歩くんだよ」
「おぉぉ、姿が変わるのか? それはすごいのだ!!」
「こ、怖いの……」
普通ならあり得ないことも二人は簡単に信じてしまう。
「きっとこんな感じなのだ」
「ひぃっ」
九十度に頭を下げて、反対側には尻尾を出す。
その状態で歩いていた。
それを見たティナはサッと僕の胸ポケットに全身を隠してしまう。
「って、堂々と尻尾を出したらダメでしょ!?」
「そ、そうだったのだ!?」
慌ててミィちゃんは尻尾を隠していた。
「し、尻尾なんてないのだ……」
既に周囲の人に見られたあとだというのに、ミィちゃんは納得させるようにその言葉を発していた。それでも周囲の視線が僕たちへ向くのを避けられない。
「こ、こうなっては全員滅ぼして証拠隠滅をするのだ」
「そんなことしたらダメでしょ。ここは簡単な方法があるからね」
「簡単な方法?」
「うん、それはね」
僕は脇にミィちゃんを抱きかかえる。
手のひらトカゲの時とは違い、しっかりと重さを感じる。
時間にして一分も持ち続けられないだろう。
それでも何かこれ以上トラブルが起きないように……。
僕はミィちゃんを抱えたまま慌ててその場から逃げていた。
そして、先ほど見ていた人たちがいなくなった後で息を整える。
「はぁ……、はぁ……。さ、さすがに疲れたよ……」
「八代、ごめんなのだ」
「ううん、僕が悪かったよ。少しからかいすぎたね」
「からかう? どういうことなのだ?」
僕は魚は海や川に泳いでる生き物で陸上では歩かないことを説明する。
すると、ミィちゃんがぽっかりと口を開けていた。
「あの魚とかいうやつは変形したり口からビームを吐いたりはしないのか?」
「うん、変形はしないよ。あと勝手にビーム要素は追加しないでね」
「ざ、残念なのだ……」
ミィちゃんがガックリと肩を落としていた。
「そう気を落とさないでよ。ほらっ、次は待ちに待ったお肉コーナーだからね」
「待ってたのだ! これからが本番なのだ!」
ミィちゃんの元気はものの一秒で戻っていた。
そして、先ほどまでの出来事は何もなかったかのように元気よく立ち上がり、周りをキョロキョロ見渡して、目を輝かせていた。
「す、すごいのだ。ここは宝の山なのだ!」
「あわわわっ、こ、こんなにたくさんのお肉があるの。きっととっても強い狩人さんがいるの」
「狩人……はいないね。このお肉は牧場で育てられたものだから」
「ど、どれが良いのだ? 全部欲しいのだ」
「全部はダメだよ。とりあえずこの『半額』って書かれたシールが貼ってあるのを探してくれるかな?」
「わかったのだ!」
パタパタと駆けだしていくミィちゃん。
そして、大量の半額肉を持って戻ってくる。
「たくさんあったのだ!」
「さすがにその量は多すぎるかな?」
「このくらい食べてしまうのだ!」
「さすがにこれだけ買うと予算オーバーしちゃうね」
「残念なのだ……」
ミィちゃんは少しガッカリとしていた。
とりあえずミィちゃんが持ってきたお肉の中から特に安かった物を厳選して選び出す。
予算の範囲内でなるべく量が多くなるように。
「こ、こんなにいいのか?」
「他のトカゲ君たちみんなで食べる分だよ」
「やったー、なのだ!」
嬉しそうに一番大きなお肉のパックを掲げて踊り回るミィちゃん。
その微笑ましい様子から周りの人も笑顔を見せていた。
「ティナは何もいらなかったの?」
「ティナは美味しいお水と優しい光があればお腹いっぱいなの」
「美味しい水……か」
それなら、と僕は隣にあった飲み物のコーナーへと行く。
「お、お兄ちゃん! な、なんなの、このお水!?」
「見ての通りだよ。『とっっっても美味しいお水』」
「すごいの、すごいの! 信じられないの。こんなご馳走がどうしてこんな所に転がってるの?」
「ちゃんと商品として陳列されてるよ。これならティナも喜ぶかなって」
「えっ? これもらっていいの?」
「そうだね。一本買って帰ろうか」
「ありがとうなのー!」
お礼と言わんばかりに頬辺りに抱きつかれる。
ただ体の大きさの違いがあるためにただくっつかれているようにしか見えない。
「美味しかったらまた今度も買おうね」
「やったー、なの」
喜ぶティナやミィちゃんを連れて僕はレジへと向かう。
いつもの三倍くらいの金額を見て、僕は思わず表情が固まるのだった。
◇
僕の懐が寒くなった以外はみんな満足した買い物が終わったあと、日も沈んで来ていたのでまっすぐに家へと帰ってくる。
すると、家の前に見慣れぬスーツ姿の女性がいた。
首に掛けられたネームプレートには『
どこかの会社員? ということは何かの営業にでも来たのかな?
「おかしいですね。今は配信してないですし、家にいると思ったんですけどね」
「うちにご用ですか?」
「えっ? って、ひゃぁぁぁぁ!?」
天瀬さんが僕の顔を見て悲鳴を上げながら腰を抜かしていた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「は、はい。大丈夫です。そ、その、突然ドラゴ……ではなくて、トカゲ……でもなくて、小さい子に会うとは思わなくて……」
どうやらミィちゃんがトカゲから人化したことを知っているようだった。
僕の配信を見たことある人なのかな?
でもあまり外で大々的に言われてはミィちゃんが避けられる要因になりかねない。
「とりあえず外で話すのもあれですし、うちに入りますか?」
「は、はい。よろしくお願いします……」
天瀬さんは青ざめた表情を浮かべながら消えかかった声で返事をするのだった。
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