初めての友達
「それじゃあ僕は学校に行ってくるからミィちゃんは昼、ご飯食べておいてね」
「任せるのだ! あと
「殺虫剤とかは用意してあるよ。使い方はわかる?」
「大丈夫なのだ。
腕をぐるぐる回して気合いを入れるミィちゃんが微笑ましい。
「あっ、そうだ。一応今日はミィちゃんの服を見てこようと思うけど、何かリクエストってあるかな?」
「今みたいなのが着やすくて良いのだ」
今ミィちゃんは僕のシャツを着ている。
僕が小柄なせいもあって微妙に丈が短く、太ももより上にあるせいで目に悪い。
痛い出費ではあるけど、さすがにいつまでもミィちゃんの服がなしというわけにもいかない。
これも仕方ないものだと割り切るしかなかった。
「わかったよ。それじゃあおとなしく待っててね」
「はーい、なのだ!」
ミィちゃんに見送られながら僕は家を出る。
◇
教室にたどり着くと早々に僕は声をかけられる。
「お、おい、柚月! これってお前だよな?」
クラスメイトの一人、確か
背が高く爽やかな雰囲気を出しており、クラスの誰でも話しかける僕とは対極に位置しているような人だ。
そんな彼が見せてきたのは昨日僕が配信したライブ映像だった。
Dチューブは誰でも閲覧が可能である。だから同じ学校の人が僕の配信に気づくのは何もおかしいことではなかった。
それでも、一個人の素人配信なんて砂漠の中に埋まった金を探すようなものだ。
よく見つけることができたね、と思わず八戸くん? のことを感心してしまう。
「恥ずかしいな。本当はもっと準備をしてたんだけど、知らないうちに配信されたんだよ。その……、あまり広めないでもらえると嬉しい……かな。八戸くん」
「お、おう……」
八戸くん? は思わず赤面して頷く。
しかし、すぐに反論をしてくる。
「お、俺は八戸じゃない!
「ご、ごめんね。僕、人の名前を覚えるのが苦手で……」
「まぁ、わかってくれたなら良い」
「本当!? ありがとう。瀬戸くん」
「うっ……」
満面の笑みを瀬戸くんに向けるとなぜか彼は顔を背けていた。
「こらっ、瀬戸! 柚月くんを困らせたらダメでしょ!」
「困らせたわけじゃないと、思う……」
また増えた!?
長く明るい髪をした活発そうな女子。名前はA子さんとしよう。覚えてないし。
それとどこかクールなボブヘアーの小柄な女子。こっちはB子さんかな?
適当に脳内でクラスメイトの名前を処理する。
知らない人の名前まで覚えていられないよね。
クラスメイトのことをそのように考えるのはあまり良くないかもしれないが、高校に入ってからすでに一ヶ月が過ぎている。
僕に友達らしい友達はいなくて、いつも一人を満喫していた。
それが今日になって突然囲まれる。
不思議な出来事もあるものだと思う。
これも配信効果なのかな?
一般的な人気のダンジョン攻略動画ではないので、需要はないだろうけど、それでも話しやすい人って思ってもらえたのかも。
そう考えるとただダンジョンの育成費だけではなくて、日々の生活にまで良い効果が出ていることになる。
配信初めて良かったな……。
僕は嬉しさから目に涙を浮かべる。
「別に困らせてたわけじゃないよな、柚月!」
「えっと、あの……」
「ちょ、ちょっと待て。本当に困ってるのか!?」
「ほらっ、やっぱり困ってるじゃない!」
「別に困ってなんてないよ……。多分」
「いやいや、そこは言い切ってくれ。無理やり言わせたみたいに聞こえるだろ!?」
「やっぱり一発殴っておく?」
「ぼ、暴力は良くない……かな?」
「ちっ、柚月くんの優しさに免じて今日のところは勘弁してあげるわ」
今にも放ちそうな拳にビクビクしている瀬戸くん。
その二人のやりとりに思わず僕は笑みを浮かべる。
「笑った……」
B子さんが僕の前に来て初めて口を開く。
「うん、瀬戸くんとA子さんのやりとりが面白くて……」
言ってからハッとする。
脳内で適当につけた名前を声に出してしまったことに今更ながら気づいたのだから。
怒ってないかな、とビクつきながら彼女を見る。
すると、なぜかA子さんは笑顔を見せていた。
「なんだ、私の名前は知ってたんだ。
「えっ!? あっ、うん。も、もちろんだよ」
「本当かな? なんだか怪しいなぁ」
「あ、あははははっ……」
三島さんにジト目を向けられるが、僕は苦笑を返す以上のことはできなかった。
すると、そんな僕の服の裾を掴まれる。
掴んできたのはB子さんだった。
「私は……?」
「えっと、名前……だよね? びぃ……じゃない。ご、ごめんね。まだ覚えてなくて」
「ううん、いい……」
「あー……、この子は
「……余計」
「よ、よろしくね、椎さん」
「……んっ」
惜しかった。BじゃなくてCだったんだ。
もちろん全然惜しくない。
でも、僕が名前を言うと椎さんは少し表情を和らげ、小さく頷いていた。
◇
「それでなんの話をしてたの?」
「あぁ、こいつのダンジョン配信についてだよ」
「へぇ、柚月くんって探索者だったんだ……」
三島さんが感心したように言ってくる。
「ち、違うよ。ただ近くにダンジョンがあったから撮っただけなんだよ。その……、生活費のためにね」
「それでもすごいよ。こう、ザシュ!! とか、グザッ!! とかするんでしょ」
魔物を切り倒しているイメージだろうか?
三島さんは実際に切る仕草をしていた。
「さ、流石に僕は戦えないよ……」
「そっか……。私も探索者になろうかな? トップになればすごく稼げるって聞くもんね」
「お前ならあっという間に凶暴探索者として出禁になるな」
「何か言ったかな? 瀬戸くん?」
三島さんが笑顔を見せながら握り拳を作る。
それを僕の机めがけて下す。
ドンっ!!
「ひっ……」
割れはしなかったものの大きな音が鳴り、思わず悲鳴を上げてしまう。
「あっ、ごめんね。別に柚月くんのことを怖がらせようとしたんじゃないよ」
「……可愛い」
「椎さん、何か言った?」
「……別に?」
ボソッと何かを言った気がしたんだけど気のせいだったかな?
それにしても三島さんの拳、すごいなぁ。探索者として十分やっていけそうだよね。
あっ、でも良く考えると瀬戸くん、僕の動画を知ってるってことはミィちゃんのことも知ってるってことだよね?
それなら頼みやすいかも。
「瀬戸くん、お願いがあるんだけどいいかな?」
「金ならないぞ!」
「僕もないけど、そうじゃなくて、放課後って空いてないかな?」
「これでも放課後は帰宅部で忙しい」
「そっか……。ごめんね。変なことを聞いちゃって……」
「ち、違うだろ、そこは。『帰宅部なら暇だろ!』ってツッコミを入れるところだろ!」
「ご、ごめんなさい。僕、そんなお約束も知らなくて……」
「何度も謝らなくてもいい。俺とお前の仲じゃないか。死の淵まで付き合うぞ」
瀬戸くんにも打算的な考えがあった。
あの配信を見て、今のうちにお近づきになっておけば自分もおこぼれをもらえるかもしれない、と。
でもそれ以上にどうにも放っておけずに世話を焼いてしまっている。
これも柚月の魅力なのかもな、と思い始めていた。
「それでどこに行くんだ? 探索者協会へ行って登録か?」
「そうじゃなくてその……、服を買いたくて」
「だ、ダメだよ、柚月くん! もっと自分を大事にしないと! 服なら私たちがついていくから。ねっ」
「……んっ」
三島さんと椎さんの二人もついて来てくれるらしい。
選ぶのはミィちゃんの服なのだから二人が来てくれるのはありがたいかもしれない。
「いいの?」
「うん、瀬戸が野獣になったら危険だからね」
「なるかっ!?」
「……危険」
「椎まで……」
「そういうことだからどうかな?」
「よ、よろしくお願いします」
たった一度の配信でここまで生活が良くなるなんて。
学校でできた初めての友人たち。
家ではミィちゃんが待っているし、とても楽しい生活が送れそうだった。
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