第5話 入学式 中編③



「国家斉唱」


 一斉に会場内の全員が起立すると、舞台裏で待機していた指揮者が指揮棒を構え、吹奏楽部が重みのある音をかなでた。斉唱が終わると次は来賓たちによる祝辞だ。顔も知らないおじいちゃんやおばあちゃんたちが難しい四字熟語や故事成語を並べては僕の眠気を誘ってくる。


 このまま睡魔に負けちゃおっかな。


「目が閉じています。もしかして昨日は緊張して眠れなかったのですか?」


 隣に座っている彼女が闇に沈みかかった僕の意識を引き上げた。


「い、いや。ちょっと気が緩んじゃって」


「今あそこの壇で長々と話をしている人は国会の防衛大臣。さっき話していた人は近年IT市場で注目されている若社長。目をつむっていても声を聞けばわかるほどのサイキック由来の著名人が集まっているのです」


「え、えっと?」


 と、首を傾げている僕に彼女は淡々と言葉を続けた。


「一言一言の言葉に成長のいしずえとなる宝が眠っているのかもしれないのです。議会中居眠りしている老害達も、若き時代はサイキッカーとして名を馳せた人ばかり。将来サイキッカーのハイキャリアを目指すのであれば聞き逃すのは存外もったいないのです」


「僕の‥‥将来」


「それこそ新入生総代の言葉も聞き逃さない方がいいかもしれないのです。なんせこの学校が創立して以来初めての‥‥聞いてるのです?」


 そういえば真面目に将来のことなんて考えたことなかった。小学校からずっと今を生きることに必死だったから。


 でも———————


「将来僕がどうなっているのか今はわからないけど。この学校に入学を決めたその日から、誰よりも強く生きると決めたんだ」

 

「ふーん‥‥なのです」


 そして、いよいよその時は訪れる。


「水原先生ありがとうございました。続いて新入生総代答辞。今年度の”十席”に指名された生徒の皆さん。舞台にご登壇してください」


 すると先ほどまで静寂せいじゃくが支配していたアリーナが歓声に湧き上がる。


「ったくめんどくせぇな。いちいちおだて立てんなよ」


「文句を言わずさっさと立ちやがれなのです」


 及川おいかわが頭を掻きながらゆっくりと椅子から腰を上げると同時に彼女も席を立つ。


「えっと‥‥これは一体」


 想定していない出来事に動揺を隠せずにいる僕に対して彼女はあくまで事務的に答えた。


「毎年の伝統みたいなものです。正直私もあまり気乗りしませんが仕方ないので行ってくるのです」


 そう言って彼女は及川の大きい背中に続いて舞台に向かう。僕の質問に彼女は答えらしい答えを返してくれなかったため、事態は頭が追いかないまま状況は進む。


「今年の十席は常時メンバーに変更はなし。ただ前年度、十席の三年生3名が卒業したため定例通り十席のメンバーを補充することになりました。それでは1人ずつ紹介していきたいと思います」


 暗く照らされたアリーナの舞台に照明が差し込むとそれは彼女の足元を照らした。


「まずは1年Aクラス、メルロ・ミネルヴァ。第九席の席次せきじとなります」


 すると会場内にいる男子達の熱い声援が舞台に向けて響き渡った。先ほどまで僕と話していた彼女とはまるで別人で彼女は満面な笑みを浮かべて手を振っていた。


「凄いな。まるでアイドルみたいだ‥‥アイドル?」


 真尋の脳裏にはほんの数十分前までの出来事が浮かんでいた。もしかしてさっきのいざこざの中心にいたアイドルって‥‥あの子のことだったの!?


「続いて同じく1年Aクラス。及川照英。第八席の席次となります」


 今度は歓声ではなく再びの静寂。いや緊張の空気といった方がいいだろうか。まぁ及川君の顔が怖いってのも理由の1つなんだろうな。


「そして最後に新入生総代。1年Aクラス日ノ森永愛。第五席の席次が与えられます。それでは新入生総代答辞。日ノ森さんよろしくお願いします」


 席の数字に驚くのも束の間、舞台の袖から彼女は姿を現すと会場内のどよめきを一瞬で掻き消した。その姿は堂々としていながら麗しく慎ましく、この学校に入学した全ての女子が土俵にすら立てない美貌を放つ。それはこの場にいる男たちのハート全てを持っていった。舞台に登壇し、すぐさま目が合った僕もその1人。


「この春、新しい門出を飾る私たち—————」


 用意していた答辞を読み上げるところを1人の教職員が制止した。


「待ちなさい。十席の”十”の生徒はどうした?何故あそこで1人黙って座っているのかね?」


 想定していた最悪の事態がここにきて発生する。


「あれ?日比谷の奴確か今日欠席すると連絡入っていたんですけどね。おっかしいなぁー来てるじゃん」


 と、十席のうちの男子生徒が呟いた。


「どう見ても日比谷じゃないでしょあれ。男じゃん」


 と、さらにもう1人の女子生徒が呟いた。ただこちらの客席では事態がヒートアップしており、収拾のつかないものになっていた。


「さっきから黙ってたけどコイツなんでこの席座ってんだよ!!」

「俺たちAクラスの人間でも座れねぇ神聖な席だってのに‥‥マジで殺していいコイツ?」

「お?やっちゃう?てかこれって十席の名を侮辱することになってね?校則違反じゃね?」

「なら殺しても正当ってわけだよな?」


 席を立つAクラスの生徒も見られ一触即発の状態。そんな中、先ほど式の流れを止めた教職員の一言が決定打を与える。


「誰でもいいからさっさとその男をつまみ出せ!!」


「嫌だ!やめて!痛いッ!」


 僕の肩を握っていた手は徐々に力がこもり、いつしかそれは殺意を混ぜたものに変貌へんぼうしていた。

 

「どうするの及川君。このままだと間違いなく阿久津君死んじゃうのです」


「あ?メルロ、お前俺に指図すんのか?」


「まだ何も言っていないのです。でもあの席に連れてきたのは貴方で、座ることを許可したのは私。どちらにせよ責任を取る必要があると思うのです」

 

「責任?アァ責任か〜どんな形でもいいってなら今すぐにでも取るぜ?責任」


「やっぱダメなのです。もっと被害が尋常になりそうなのです」


 メルロの目には猿たちが獲物の取り合いをしているくらいにしか見えていなかった。攻撃しているのが猿とならば彼はこの学校に存在する差別の見せしめにさせられる生け贄といったところ。


 別に男子生徒Aがここでさばかれようと私にとってどうでもいいことですが。彼をここで失うことは私にとって不利益。


「仕方ないのです。ここはメルが————ッ?!」


「おいおいマジかよ‥‥」




 時刻は午前10時45分。4月の昼下がりの喉かな天気からは想像のつかない寒気が文字通り会場内いる人間の動きが静止させ、体の筋肉を硬直させた。

 



「その手を離して。まーくんに近寄るな」


 永愛に睨みつけられると僕の肩を掴んでいた男は身を震わせながらその場に膝から崩れ落ちた。


 —————ダメだ!永愛ちゃん!!


「なんだあの赤色のモヤ。まさかサイコキネシス?」


「嘘だろ‥‥サイコキネシスって微量すぎて普通見えないんじゃないの?それがあんな大量に」


 サイコキネシスとはサイキッカーが超能力を行使する際に用られる一種のエネルギー。普段サイキッカーはそのエネルギーを瞬間的に体内から放出し、自身の展開する領域内で独自の超能力を発動するのだが。ごくまれに体内に秘めたサイコキネシス量が膨大すぎる超能力者が誕生する。彼女らは怒りや悲しみなど些細な感情によって溢れ出したり暴発する可能性があり、産まれて間も無く幼児の頃から国の保護のもと指導を受けさせることが必須なのだ。


 今の永愛ちゃんは間違いなくサイコキネシスの暴走状態。またアレをやる前にどうにかしないと!!


「永愛ちゃん!!僕は大丈夫!大丈夫だから!!だから落ち着いて!!」


 必死の弁明。この状態の彼女を幾度いくどとなく見ているが、この策が効いた試しは一度もない。


「まーくんは優しいから。どんな人でも守ってしまう。でもね、それだけじゃダメなの。私と君が結ばれる世界を作るには。立ち塞がる障害は全て破壊する」


 何か口を開いているがサイコキネシスの余波が酷すぎて耳鳴りが酷いから正直何を言っているのかわからない。でも間違いなく永愛はこの人を殺す気だ。それはいつものように。


「‥‥ッ!!」


 そんなことさせるか!!


 先生と出会って、この学校に入学すると決めたあの日から!!


 僕は決めたんだ!!君を守ると!!




〔2〕


「これ、やばいじゃねぇの?いくらなんでもあの量のサイコキネシスが超能力になって放たれたらここら一帯吹き飛ぶぞ?」


「だ、だよな。やるしかなくね?」


「私も!こんなとこで死ぬために入学したわけじゃないんだから!!」


 そう言って会場内にいる生徒たちは全各々の超能力を放つ準備をする。彼女の暴動を抑えるために。


「お、落ち着きなさい君たち!!」


 各フロアにいる教職員が今にも超能力を放とうとする生徒たちをなだめ始めた。


「落ち着けるわけないですよ先生!!このままだと俺たち‥‥先生も死にますよ!?」


「————ッ!!」


 長年多くのサイキッカーを見届けている教職員も肌で感じるハイプレッシャー。この場にいる者全員が認識している彼女のアレは”別次元”の規模。


 止めなくては、全員命を落とす。


「‥‥私が合図するまで待ちなさい」


「先生‥‥!!」


 1人の天災か、それとも4000人の未来ある卵たちか。苦しいが判断材料としては十分だった。


「構えなさい‥‥」


 空気が変わった。それを間違いなく一番に感じたのは真尋だ。


 全員の視線がこっちに、明らかな殺意が向けられている。ここは未来の超能力者を育てる学校。僕たちを殺せる力だって持っている。今まで通ってきた学校とはそれが違うんだ。


 時間がない。もう迷ってなんかいられない。

 

「永愛ちゃん!!先生との約束を!!僕との約束を思い出して!!」


 超能力発動までもう時間がない。この揺さぶりもダメなら‥‥もう。


「や、くそく」


 一瞬、僅かだがサイコキネシスのモヤが周囲に分散しかけた。その隙を真尋は見逃さない。


 永愛ちゃん‥‥!!今しかない!!!!


 僕はシャツにしまった青い宝石の首飾りを取り出すと思いっきり右手で握りしめた。


「今助ける!!永愛!!」


「放て!!!」


 全ての生徒が教師のもと、超能力を発動するその一瞬までに彼は動いた。コンマ5秒の僅かな差、あと少し発動が遅れていたら手遅れだったかもしれない。それこそ僕たちの人生の歯車が止まっていた。


 でも運命は残酷に、冷徹に、そして奇跡的に、僕たちに微笑んだ。


 真っ白な領域があたり一帯に広がる。教師が、生徒が、永愛の展開した何千の領域を塗りつぶしながら。僕の展開した領域はアリーナを染め上げる。



 これは僕、阿久津真尋と日ノ森永愛のいびつで愛にまみれた災厄の物語だ。



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