○んだ方がマシな仕事とはどんな仕事?それはな、生き物に色を塗る見返りもクソもないつまらん仕事のことだ

YOSHITAKA SHUUKI(ぱーか

第1話

 突然だが俺はこう考える。


『就職したら負け』


 実際そのとおりだと思う。会社に命を捧げ、人生を棒に振る奴らをネットやニュースでよく耳にする。

 そもそも論として、就職するやつの気がしれない。

 ちなみに俺は就職をしておらず、社会人の辛さを経験していない。前述の通り、就職したら負けだと思っているから。だって合理的に考えたらそうだろ。社会の傀儡くぐつになりたいのか?なりたくないだろ。これは冗談じゃなく本気で言ってるからな。社会人は全員頭バカだ。


「間に合うか?」

 

 雨の中、傘をさしてスマホを開く。

【10:35】四桁の数字を見る。


 十一時から倉庫の仕分けバイトがある。体力と根気もなくちゃいけないが、接客業よりはマシかもしれない。

 前、飲食店でバイトをやっていた時、お客様とトラブルが発生したからな。まあ、あれはどう考えても客がバカなだけだ。俺の接客が悪い?お前の態度が悪いから真似しただけだろ。

 

 と、昔を思い出していると唐突にスマホが震えだした。


「妹?」

 迷ったあげく、通話ボタンをタップし、スピーカーにそっと耳をあてる。出なきゃよかった。そう後悔したころには遅かった。


「もしもし。ちょっと、相談……」


「相談事?悪い、後にして」

 後頭部を搔き、青へと変わらない信号機を薄めで見た。

 妹は兄である俺のアドバイスを無視して社会人になった。

 お前の考えには賛同できないと。考えの異なる俺から逃げるように東京へ飛び立ち、スーツを着て、社会の荒波に飲まれた。


「聞くだけ聞いて」


「何?」


「正樹が正しかったのかもしれない」


「切るぞ。5……4……3……」


「聞いて!正樹!」


「バイトなんだよ俺。十一時から」


「バイトか、いいな……社会人って、こんなに辛いんだね」


 ツー、ツー、ツー。

 俺は無理やり電話を切った。

 俺の家族はもう妹しかいない。母は物心がついたときには既にいなかった。

 俺はスマホをポケットに乱暴に押し込んで、横断歩道を渡る。

 

 妹に対してどう接するのがベストだったんだ。あれでよかったのか、よくなかったのか。どうすればよかったんだ。気持ちを伝えたほうが良かったのか。そんな恥ずかしいことはできない。どうすれば、どうすれば、どうすれば。

 

 だから気付けなかった。


 耳がつんざくような音に。

 

 対向車線から大型トラックが、信号無視で突っ込んできている。

 

 間に合わない。間に合わない!


 声も出せなかった。


 恐怖で身動きが取れなかった。


 そして激突する直前、死への恐怖が全身に纏わりついた。


 ああ、ああ、ああ痛い、痛い……。痛い、痛い、痛い。


 激突した、激突した、激突した。げきと、つした。

 下半身が向こう側に見える。

 下半身?下半身ってなんだ。過半数の間違いじゃないか。あれだってきっと何かの間違いだ。誰かの下半身だ。この痛み、もなにかのふくさようだ。

 だってそうじゃないか。俺はここにいきてい「r」る。

 絶望が俺の全身を包んでいく。

 


 死という概念は、俺の全ての感情を塗りつぶした。楽しい、辛い、悲しい、怒り、喜び。それら丸ごと、怖いという感情に上書きされた。

 妹に対してのストレスなど、彼方へ吹っ飛んだ。

 怖い、怖い、怖い、怖い。死ぬのが怖い。死んだ後の世界が怖い。死んでも続く世界が怖い。


 その瞬間、俺の体は光に包まれ、どこかへと転移させられた。まるでそう思うことがトリガーだったかのように。

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