◆◆ 005 -色欲の兄は悶々と日々を過ごす-(3/4)◆◆
記憶を取り戻した俺は、なぜか黒子と二人で並んで妹に頭を下げていた。
『お騒がせして大変申し訳ございませんでした』
「ええんやで。男二人が親密になればそういうことだってあるやろ」
コホンとせき込み、妹は赤面していた。
きっとあまりの事態にまだ妹も気が動転しているのだろう。
「でも黒子さん、あにぃとはダメやで」
「ちょっと待て、妹よ。男同士の友情にお前がなぜ口を挟む」
俺は思わず割って入らずにはいられなかった。
「ダメ! ダメダメダメ! ダメ―ッッッ!!!」
絶叫完全拒絶。いったい何がダメなのか。なぜか顔が赤いし。
「そんなん絶対ダメやん! うちが困ってまう!」
ブンブンと身振り手振りで荒ぶる妹。
「うち、そんなんやないんやで。目覚めたら困るのはあにぃの方やで、うちを誘惑せんといてや!」
遂に意味不明な事まで喋り出した。まあ困ってるのは本当のようだし。これ以上の話題はよしとくか。
それに今回の黒子は女遊びを職業にしてた過去があるみたいだし、あまり妹に近づけるのもよくなさそうだしな。
『いいなぁ……』
「何がっ!?」
ふと横目で見た電子パッドの書き込みに俺は思わず問い返してしまう。
『僕も妹が欲しい』
俺はパッドと妹を交互に見る。
「こんなんだぞ」
「失礼な!」
俺の頭に妹の張り手。
「な?」
俺は黒子に同意を求める。この黒子なら俺の苦労もわかってくれるはずだ。
『いいよ、いい! すごくいいよ、キミたち!』
黒子はガクガクブルブルと全身を震わせて喜びを表現していた。
なぜだ。
「どこがやねん、こんなあにぃ!」
「ほんまやぞ、こんな妹!」
妹の主張に俺も重ねて関西弁で同意する。
だが目の前の黒子はぶくぶくと泡を噴き出し、そのままぴくぴくと痙攣しながら仰向けに倒れこんだ。
俺は妹を見る。
「……どうすんだ、これ」
妹はブンブンと首を振る。顔が青ざめていた。うん、マジ引きされても困るんだけどね。
俺は深く深くため息をつく。
「救急車、呼んだほうがいいかな?」
マジの妹、標準語。
「どこの誰だかもわからんのに?」
そもそもこのご時世に黒子の恰好とか怪しすぎる。ご近所になんて説明するんだ。世間は意外に狭いんだぞ。
さらに原因は俺達兄妹を見て歓喜のあまり泡吹いたとかおかしすぎるだろ。出来の悪いネット小説でも目にしないぞこんな展開。
見た感じぴくぴくしてるし、激しい痙攣はしてないから大丈夫だとは思うが。
「お姫様のキスなら目を覚ますんじゃないか?」
「バカにしてんの?」
悪ふざけの問いかけにドスの効いた低い声で返された。
せっかく人がこの緊張に包まれた空気をやわらげようと気を利かせたのに。
「しょうがねえ、じゃあ俺が王子様の目覚めのキスをだな――」
「やめて」
振り返ると妹の冷たい視線。
「兄がそういう趣味って、妹としては割とマジで勘弁してほしいんだけど」
「いや、もちろん冗談に決まってるだろ。ジョークだよジョーク」
妹の冷たい視線は揺るがない。
え、こんなマジで嫌がるもんなの? いや、俺もやらないけどね?
『ボクはかまわないよ』
黒子がむっくりと起き上がる。
『愛に性別なんて関係ないのさっ』
黒子が俺に抱き着いてくる。俺もおいおい、やめろよー。とまんざらでもない。
なんか子犬とじゃれてるみたいで悪くない。ガキの頃を思い出すぜ。わが心、童心に還る。
と、不自然に黒子の動きが止まる。つんつんと背中をつつかれる。
俺は妹を見上げる。
「――――――」
背筋に冷たいものが走った。
視線がやばい、ゾクゾクする。いや、そうじゃなくて。
って、そこまで冷たく見られるもんなの、これ。
お前、そんなに冷たく人を見下せる人間だったか?
視線で問いかけるも妹は仁王立ちのまま微動だにしない。
いまだかつてない冷たい視線が俺達二人に降り注ぐ。
俺達、何も悪い事なんてしてないのに。
「すんませんでした」
とりあえず、俺と黒子はへへーっと平伏土下座で許しを乞うたのだった。
* * *
ずずず。
すました妹が緑茶をすする。
俺の隣にはスーツの黒子は音も無くお茶を飲み、湯飲みをちゃぶ台にコトリ。ついでにパッドもコトリ。
『結構なお手前で』
我が妹は動じない。三人が三人とも視線を合わせない。そもそも黒子は視線がわからないのだが。
手持ち無沙汰な俺はしょうがなくお茶をすする。
トンッと置かれる妹の眼前に置かれるパッド。
『妹さん! ボクとお兄さんの交際を認めてくださいませんか!』
吹き出した。
「おい! 何書いてんだ、お前」
いくら空気を和ませようったって、書き方ってもんがあるだろうに。
トンッ、トンッと黒子は妹に返事を求めて、パッドでちゃぶ台に音を立てる。
困惑する俺を尻目に、妹は変わらず無言。
黒子の渾身のギャグも通じないのか……。
どうすればいい。俺はこの何ともしんどい空気を打破すべく思案を巡らせる。
そうだ!
ピコーンと、本日二度目の俺の頭に電球マーク。
「だんまりじゃわからないだろ。何なら
俺は開いたノートパソコンを妹に差し出す。
妹の冷たい視線が俺に刺さる。
「な、お前もそう思うだろ? さっき色々相談してすっきりしたよな」
妹の視線に耐えつつも俺は黒子に同意を求める。
黒子はさっきまでと打って変わって無表情。いやそもそも黒頭巾でわからないんだけども。
俺は困り果ててため息。
黒子はノートパソコンにカタカタと言葉を打ち込む。
〝女の人っていつもそうですよね。男のことなんだと思ってるんですか〟
何書いてんの、この人ぉ!?
【一般的に、個々の人の行動や考え方は非常に多様であり、性別だけで一般化することはできません。男性も女性も、個人差が大きく、異なるバックグラウンドや経験を持っています。感情や行動は個人の性格や状況によって異なります。
異性に対する考えや行動も、文化や環境によって大きく影響を受けます。また、個人の経験や関係の歴史も、その人の考え方に影響を与える重要な要素です。
異性間のコミュニケーションや関係においては、オープンで誠実な対話が大切です。相手の考えや感情を理解し、お互いに期待やニーズを共有することが、良好な関係を築く上で重要です。男性と女性が異なると感じることはあるかもしれませんが、それは一般的な傾向に過ぎず、個々の人によって異なります。】
そして妹もまた、ノートパソコンに書き込んだ。
〝男の人だってそうでしょ。女の事なんだと思ってるんですか〟
【同じく、男性も女性と同様に個々の人が異なる考え方や感情を持っています。一般的な傾向が存在するかもしれませんが、これはあくまで平均的な傾向であり、個人の経験や性格、環境によって大きく異なります。
男性も女性も、異性に対する関心や感情は多岐にわたり、一般化できるものではありません。異性に対する考え方や感情は個人によって異なり、コミュニケーションや関係の形成においても個々の要因が影響します。
異性に対する期待や考え方は、文化や個人のバックグラウンド、経験などによっても大きく異なるため、一概に男性や女性が特定のように考えることは難しいです。お互いにオープンでコミュニケーションを取り、相手の立場や考えに理解を示すことが、健康な関係の構築に貢献します。】
〝どれだけ世の中の男性が女性を愛し慈しんでいるのかわかっているくせに。〟
なんか文学的な言い回し来たな。
【世の中の男性の多くが女性を愛し慈しんでいるという事実は確かに存在します。多くの男性は、パートナーシップや家族といった関係において、愛情や思いやりを大切にし、相手を支えることを目指しています。ただし、これは個人差が大きいため、一般化することは難しいです。
愛や思いやりの表現は個人によって異なり、文化や環境にも影響されます。また、一部の事例が注目されることがあり、それによって全体が判断されることは避けるべきです。感情や行動には多くの要因が絡むため、一概に「男性はこうだ」「女性はこうだ」と決めつけることは公平ではありません。
愛情や思いやりはお互いの理解やコミュニケーションに基づいています。健康な関係を築くためには、お互いが尊重し合い、理解し合うことが大切です。異なる経験やバックグラウンドを持つ人々がお互いを理解し合い、共に成長することが、持続可能な愛情の基盤となります。】
〝そんなのそっちも同じ。世の女性がどれだけその身を犠牲にして男を支えているのか、わかっていないのはそっちでしょ。〟
【確かに、世の中の女性も多くが愛情深く、家庭や関係を支えるために努力しています。女性が社会的な期待や責任を果たす一方で、個々の経験や選択には多様性があります。家庭や仕事、社会での役割や責任に関する期待が人によって異なるため、一概に「女性はこうである」と言うことは難しいです。
また、ジェンダーに関連する社会的な役割や期待は変化してきていますが、まだまだ様々な課題が残っています。女性が自らの道を切り拓き、個々の能力や選択に基づいて自由に生きることができる社会を目指すことは重要です。
相互理解や尊重がある関係、そして男女平等が進む社会に向けて、広範な対話や意識の変革が必要です。異なる立場や経験に共感し、お互いを尊重することが、より包括的で公正な社会の構築に寄与します。】
〝とりあえずお前ら二人はここに書き込まずに直接話し合ったらどうなんだ〟
収拾つかなくなりそうなので、俺も割って入る。
【おっしゃる通りですね。感情や思いはテキスト上でのやりとりではなかなか正確に伝わりにくいこともあります。直接話し合いやコミュニケーションが、誤解を解消し、お互いの立場や考えを理解する一番の方法です。お互いに理解し合うために、対話の機会を持つことが重要です。】
ほら、AIも俺の意見に賛同したぞ。
俺はフフンと鼻息荒く、ドヤ顔をかます。
妹と黒子は俺を見て、そして互いに視線を交わす。
そして、フンッとお互いそっぽを向いた。
「なんでそんなお前ら、仲良くできないんだ」
俺は仲の悪い兄弟の間に入った母親のように二人をたしなめた。
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