◆◆ 004 -憤怒の妹はAIに魂を吹き込みたい-(1/4)◆◆
カップラーメンの容器のフタを半分ほど剥がして、定量のお湯を注いで約3分。
昔はフタを閉めるシールが容器を包んでいたフィルムについていたが、エコだかGPSだかよくわからない運動のせいなのか、フタを閉める折り先が二か所になってシールは排除された。
令和の世になり、確かに世の中は便利になった。手元のスマホで電話から配達から何から何までなんでもござれだ。
だが、ちょっと待ってほしい。本当に世の中の流れが今、正しい方向に進んでいると言えるのだろうか?
俺は棚から取り置きの割りばしを手に取り、口で挟む。
考えてみてほしい。技術が進み、経済が発展し、人々は本当に豊かになったのだろうか?
俺はそんな哲学的な自問自答をしながら、居間の戸を開ける。
トン、と静寂の居間に響く音。
『おじゃましております』
……いた。
黒子が俺に文字がかかれた黒い板っきれを向けてくる。その横には妹がノートパソコンをカタカタ。
いや、実はいることは知ってはいたのだが。今日は来ることは知っていたし。……知っていたし。忘れてなんかいなかったし!
俺はそんな憤怒の感情を押しとどめ、静かにちゃぶ台の畳に腰を下ろす。
妹は俺に目もくれずにノートパソコン。黒子は妹の横で姿勢正しく正座で待機。持っているものは何やら黒い板っきれ。
俺はペリペリとカップラのフタを剥がす。シールを剥がしてペリッとフタを剥がす、今は既に失われたあの感触が懐かしい。シールで閉めてないと、なんかフタをした感覚が感じられないのは俺だけかね?
◆◆ 004 -憤怒の妹はAIに魂を吹き込みたい- ◆◆
フタを開けると匂い立つ醤油の香り。ちぢれた麺と炒り卵、エビ、謎の四角い肉、ネギ。変わることの無い王道の品ぞろえ。
ズゾゾゾと啜る。具とスープと麺の混然一体となった味わいが脳髄を打つ。
ひゃああああ、たまんねえええええ!
言葉で表現するとそうなってしまう。ほころぶ笑顔とともにさらに麺をすすり上げようとした時、俺は自らに向けられている視線に気づく。
無言の妹と無言の黒子。
いや黒子はもとから喋らんけども。
麺をすする音すらこの空間は許されないのか。
俺はちゅるちゅると迷惑にならないよう静かに麺を口に運んだ。
箸と唇をうまく使い、もむもむと麺を食す。
うまいよ? うまいんだけどさあ……。思わず俺の顔が苦くなる。
『こちらをどうぞ』
俺の前に黒子が一振りのフォークを差し出す。プラ袋に包まれたプラスチックフォーク。
俺は目の前の黒子同様、無言でそれを受け取る。そして、無言で頭を下げて、かたじけない。と礼を告げた。
『人はみな、お互い様です』
俺は無言で受け取ったフォークのプラ袋の封をピリッと切り、おもむろにフォークを取り出した。
そして、フォークをスープと麺の大海に沈め、まるでぬしを釣り上げるかのようにキリキリと巻き上げていく。
立ち昇る湯気の芳香が鼻孔を貫く。俺はまるでワインのテイスティングをしているかのような錯覚にとらわれる。
充分に麺と具を巻き取ったフォークを持ち上げて、俺はそれを口いっぱいにちゅるんと頬張った。
スープの旨味、エビの歯ごたえ、卵のふんわり、謎肉の味わい。
それら全てが麺と一体となって旨味の
『よろしければこちらをどうぞ』
黒子は俺に黒い板きれを差し出す。黒子が持っているものと同型とおぼしきもの。実はちょっと気になっていた俺は、それを手に取る。ついでにフォークも口に運んで麺を口にする。
薄い板切れ。
まな板だ! まな板だよ、これ!
なぜか、そんな男性アイドルの歓喜の言葉が聞こえた気がした。
『どうぞ使ってみてください』
俺は板に取り付けられているタッチペンを取り出し、さらさらと板の上を走らせる。
『~~~』
書ける! 俺にも字が書けるぞ!
『文字を消すときは下部にある電源ボタンで消せます』
俺は言われた通りに電源ボタンを押すと、パッと俺が書いた文字が消失した。
タッチペンを走らせる。どうやら筆圧もある程度感知して、濃淡の加減もできるようだった。
『これが令和の技術。紙を消費することなく書き放題です』
俺は黒子の主張に反発する。
『だがちょっと待ってほしい。せっかく書いたものがこんなボタン一つで消えてしまっていいのか?』
『でも筆談には便利だと思いませんか?』
『筆談なんかめったにする機会ないだろ』
『誘拐犯相手に電話の横から警察の方が指示をする際にも非常に便利です』
……そうなの? そうなのか? まあそうなんだったら仕方ない。
『ところでそっちは何をしてるんだ?』
『妹さんは〝ChatGPT擬人化計画〟というものに取り組んでいるのですよ』
『なんと?』
『〝ChatGPT擬人化計画〟です』
『どういうこと?』
『ですから〝ChatGPT擬人化計画〟です』
「さっきから二人は何してんの」
俺と黒子に妹が割って入ってくる。
『今は大事な話をしてるんだ』
「黒子さんもあにぃと遊ぶのもいいけど、ほどほどにな」
『了解しました』
「これ、食べないならうちがもらうで」
妹は俺の食べ残しのカップラーメンの容器をむんずとつかみ、残りを飲み干し、口内でもぎゅもぎゅと味わい、ごきゅりと飲み干した。そのままゴミ箱へホールインワン。
俺の……カップラーメン。
「小休止、小休止。みんなでお茶のも」
妹は台所に向かった。
ゴミ箱に投げ捨てられたカップラーメンのからっぽの容器。
俺は悔しさと切なさと心虚しさにフォークを噛みしめたのだった。
* * *
妹はルイボスティーなるものを持って来た。
例のごとく黒子が持って来たものらしい。
一口飲むと冷たい梅雨明けの夏の陽気にぴったりの爽やかな味わい。
お茶請けにはピーナッツ。
……なんかチョイスが渋いな。
「頭によさそうやろ」
それは自分の頭なのか、それとも俺の頭に言っているのだろうか。
「頭のよくなる食べ物なんて存在するのか?」
『ではChatGPTに訊いてみてはいかがでしょうか』
おっ、そうだな。
「はい、あにぃ」
妹は俺にノートパソコンを手渡す。
「いいのか?」
「うち、今は
……さっき言っていた擬人化とかいうやつか。
『ですから今までのアカウントはお兄さんがお使いいただければ結構です』
『……アカウント?』
『ChatGPTを使うのに必要な登録情報です』
「黒子さん、やめとき。あにぃにそんな事教えても覚えへんから無駄やで」
失礼な。俺だってそのくらいの事はできるぞ。
『それもそうですね』
納得するんかい。
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