深層を振り返る

「おーっす」


 牙呂がカメラ役のロアに向かって手を振る。この始まり方を見るのも久し振りな気がした。


「村正と桃音が回復したから配信再開するぞー」


“待ってた!”

“全員無事でなにより”

“なのはいいんだが”

“奏ちゃんw”

“マサにくっついとるやんけwww”


 深層のボスを倒してから、俺と桃音は2週間眠っていたらしい。

 あと俺達が分断されてから半年が経過しているとのことだ。時間感覚はなかったが、3ヶ月ぐらい戦い続けていたことになる。実感が湧かず桃音と顔を見合わせたほどだ。


 飲まず食わずの状態だったため回復に時間がかかってしまい、結局今日は目覚めてから1週間後となっている。


 んで、カメラの前で寄って並んでいるわけだが。コメントが言及しているのはあれ以来片時も離れようとしてくれない奏のことだろう。座る俺の上に乗り、腕を首の後ろに回して抱き着いている恰好だった。


 因みに奏ほどではないが桃音も心配だったようで。カメラ外ではあるが右手を彼女と繋いでいる。距離は普段より若干近くなっているのだが、奏が目立つのでバレないだろうと思われる。


「んふふ、マサぁ……」


 当の奏は頬を緩めて胸元に擦り寄っていた。相変わらず配信に興味がないらしい。


「あー……。えっと、奏のことは気にしないで。ずっと離れてた反動でああなってるだけだから」


“奏ちゃん良かったね”

“これまでにないくらい嬉しそうで草”

“マサにデレデレな奏ちゃん見慣れちまったよ”

“おいマサそこ代われ”

“おい奏そこ代われ”

“マサガチ勢!?”

“草”

“てぇてぇ”


 心配かけたのは事実だし、こうなると奏が離してくれないので好きにさせている。


「兎に角、配信にない村正と桃音がここに来るまでの経緯を聞きたいんだが」

「ああ。と言ってもすぐ済むと思うぞ」

「はい、単純なことの繰り返しでしたからぁ」


 視聴者に向けて、俺達がボス部屋に来るまでの経緯を説明する。


「まず、転移した先は深層の第十階層だったんだと思う。部屋があってその先に通路があってまた部屋があって、っていう構造の一本道でボス部屋まで繋がってた。入ったら扉は消えたからなくなってるんだが」

「はい。部屋毎にボスモンスターがいて、倒さないと先に進めないようになってましたねぇ」

「うげ。オレらも相当キツかったが、お前らも大変だったんだな」

「お前達には及ばないだろ」


 牙呂は嫌そうな顔をするが、実際彼らの方が大変だったと思う。目が覚めてからの期間で配信を観せてもらったが、死闘の連続。いつ終わってもおかしくない状況が続いていた。


「よく、間に合ってくれたもんだ」

「お前らこそ、オレらが来るまでよく持ったもんだ」


 牙呂と顔を合わせて笑い合う。


“ホントそう”

“お互い様だな”

“信じ合ってた結果か”


「大体2、3ヶ月くらい経ってボス部屋に入ったんだが、そっからはずっと戦いっ放しだったな」

「最低でも3ヶ月戦い続けてたんだ……。よく魔力が尽きなかったね、桃音」

「はぁい。私もこんなに長く持ったのは初めてですぅ。多分魔法の発動に必要な魔力量がどんどん最適化されていったんだと思いますよぉ。途中から回復薬を使わなかったので、魔力の消費量を回復量が上回っていったんでしょうねぇ」


 常時回復を続ける環境に身を置いたことで、桃音のヒーラーとしての実力が大きく向上したのだろう。


「そういや、村正」

「ん?」

「お前の装備凄ぇわ」

「なに当たり前のこと言ってんだ?」

「……おい」


 牙呂に言われて首を傾げる。


“不思議そうな顔してらw”

“首傾げてて可愛い”


「いやまぁ、凄いんだが。元々凄かったのに、更に段階が上がったよな。深層のモンスター相手にずっと使ってきたってのに、刃毀れ1つしてねぇ」

「あぁ、そのことか」


 言われて納得する。牙呂が改まって凄いと言い出した理由を察した。


「オリハルコンで造ったんだから当たり前のことだろ」

「でも、最初のヤツは割りとすぐ……いやあれでも頑丈だったんだが。砕けちまっただろ?」

「ああ。だから未熟な失敗作だって言っただろ? オリハルコンの性能をきちんと引き出して精錬したらそんなもんだ」

「それにしたって、変わりすぎじゃねぇか?」

「オリハルコンの性能と言えば?」

「あん? あれだろ、加工しようとしたって無理なくらいの硬さだろ?」

「ああ。なら、その性能を引き出して洗練して造った武器は?」

「これまでにないほど頑丈な武器になる?」

「そういうこと」

「イカレてんな」

「いやお前らが成長してんのになんで俺が成長しないんだよ」


“なるほど”

“土壇場でヤバい武器造ったのか”

“おかげで助かった”

“同じ武器でずっと壊れず戦えてたのが凄い”

“装備も命綱の1つだった、その装備が壊れずなくならなかった”

“その場にいないのに貢献度えぐいわw”


 ロアが予備の武器を持っていたのだが使わなかったらしい。メンテナンスする時に見てみたが、半年使い続けたにしては消耗していない。メンテナンスで万全の状態に戻せるくらいだった。

 オリハルコンの武器が完成したら、もう他の武器いらないぐらいの出来になるんだな。流石は最高の鉱石。


「村正と桃音にはオレ達の様子を配信で見せたから、オレらの方は端折るぞ。純粋にしんどかったしな」


 言って振り返りを締め括る。となれば、次は本題だ。


「つーわけで、いよいよあの奥の扉を開けに行く」


 牙呂はニヤリと笑って言い、後ろの扉を肩越しに親指で差す。


“うおおおおおおお”

“遂にか!”

“どんな報酬があるんだ?”

“苦労に見合うだけの報酬を寄越せ”

“待ってました!”


 コメント欄が加速していく。と言うかずっと速い。そういえば同時接続視聴者数見てなかったな。……見ないでおくか。日本の人口ぐらいいそう。


 ということで、全員立ち上がり奥の扉に近づいていく。桃音とは手を放し、奏とも離れた。


「よし、開けるぞ」


 牙呂が代表して言い、5人で一斉に大きな扉を押し開く。ロアにはその様子をいい画角で撮ってもらった。


“おおおおぉぉぉぉぉぉぉ!?”

“ん?”

“あれ?”

“これって……”

“まさかな”


 扉を開け切ってから顔を上げる。と目の前に広がる光景は思っていたモノとは違っていた。


 初攻略のダンジョンの最奥には、報酬となる装備やアイテムが鎮座している。それを受け取って奥の転移魔方陣から外へ出ることになる。2度目以降の攻略になると転移魔方陣しかない部屋になるのだが。


「なに、ここ?」

「宇宙みたい」

「あらあらぁ」


 他のメンバーもコメント欄も困惑している。


 扉を開いた先に広がっていたのは、宇宙空間のような場所に長い階段がある光景だった。


 そして、長い階段の先にまたボス部屋らしき扉がある。あそこがゴールの可能性もあるが、長い階段の先に報酬だけがある、ということはないだろう。

 となれば。


「どうやら、少なくとももう1回ボス戦がありそうだな」

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