分断

 突如現れた謎のワープポイントに、桃音と村正が引き込まれていった。


 奏が手を伸ばしていたのだが、寸前で呑まれてしまい、手が空を切る。


「マサ! マサッ……!」


 目の前で村正が消えたことに動揺する奏。


「なによあれ……。攻撃じゃなくてワープ? 空間を転移させる罠ってこと? ただでさえ深層は連携が大事なのにそんなのって……」


 凪咲は頭を回していたが、ここに来て発揮された嫌らしさに絶望していた。


「ねぇ牙呂、あんたは……っ!? 牙呂!?」


 残るもう1人、牙呂に顔を向けた彼女は、血を流して倒れ伏す牙呂の姿を見て驚き駆け寄る。


「ちょっと! なんで怪我してんのよ!?」

「……うるせぇよ。狙撃されたんだ。クソ、見える範囲だったのに避けられなかった」


 桃音と村正がワープさせられている間に狙撃されていたようだ。分断があまりにも衝撃的すぎて意識の外にあっただけで。


“嘘だろ……”

“順調かと思ってたのに”

“一瞬で窮地やん”

“分断に狙撃とかエグいだろなんだよここ”

“地獄だろ”


 コメント欄は阿鼻叫喚から、絶望の色を強くしていく。

 牙呂は負傷、凪咲は牙呂に肩を貸すことしかできず、奏は村正がいなくなったショックで呆然としている。


 絶望的な状況を覆せる者はいない、わけではなかった。


 画面の下から手が差し出されて、牙呂に緑色の液体が入ったフラスコを渡す。


「回復薬です」

「おう、さんきゅ」


 無機質とも取れるロアの声で、コメント欄の絶望が1つ消える。

 回復薬を飲んだ牙呂は凪咲の支えなしで立てるようになり、傷も塞がった。


「久々に飲んだな、回復薬! 助かったぜ、ロア」


 牙呂はいつもの調子を取り戻して笑う。


「傷の具合から判断して渡す回復薬を選んでいますので」


 ロアは淡々と応える。


“ロアちゃん偉い!”

“回復薬持ってきてたんか”

“桃音ちゃんがいたら使うことないだろうにな”

“備えあれば憂いなし!”


「ちょっと、どこに行くの!」


 凪咲の声が聞こえてきて、カメラもそちらを向く。フラフラと歩く奏を凪咲が掴んだ止めようとしているところだった。


「マサのとこ」

「マサ君は転移したんだから、どこへ行ったかわからないでしょ!」

「知らない」

「じゃあとりあえず皆で行こうってば!」

「早く行かないと」


 奏は凪咲の制止も無視して、ずるずると引き摺って進もうとする。


“こんな奏ちゃん初めて見た”

“やっぱマサいなくなるとマズいか”

“わかってはいたけど分断された方に村正がいるからな”


 このままでは再行動もままならない。どうにかして奏を止めなければならないが、普段止める役目を負う村正がいなかった。


「あなたのマスターへの信頼度はそんなモノなのですね」


 そんな奏に向けて、淡々とした声が突き刺さる。


「あ?」


 奏はぐるんと首を捻って発言した者、ロアを睨む。つまり配信に奏が瞳孔を開いて睨みつける形相が映し出されることになった。


“ひぇ”

“ロアちゃんそれはマズいって!”

“56される!”


「どういう意味?」

「どうもこうも、そのままの意味ですよ」

「人形風情がマサを語るな」

「人形風情にもわかることがわかっていないあなたに言われましても」


 奏に対して淡々と応えるロア。奏の怒りを煽ると、彼女がつかつかと近づいてきた。


「偉そうな口を――」

「マスターが、分断された程度でどうにかなるとでも?」


 奏がロアに手を伸ばす直前、ロアが尋ねたことで奏の動きがぴたりと止まる。


「数ヶ月一緒にいるだけですが、私にはわかります。マスターはそう簡単に死ぬ方ではありません。そして桃音様も一緒です。なにを動揺する必要があるのですか?」

「それは……」


 ロアが押している。奏の勢いが弱まり、俯いた。


「今すべきことは、深層を突き進みマスター達と合流すること。あなたはその間に誰か1人でも欠けさせて、マスターのがっかりした顔を見たいのですか?」

「……ん」


 奏は俯いたまま首を横に振った。


「では、一旦落ち着きましょう。1人で突っ走れば助けられるモノも助けられず、マスターに怒られますよ」

「……わかってる」


 奏は一旦落ち着きを取り戻したようだ。


“ロアちゃんナイス!”

“絶望的だけど、状況を変えるために動かなきゃ始まらないよな”

“ここに来てロアちゃん大活躍やんけ!”

“流石ワイらのアイドル”


「……ったく。ロアに全部持ってかれちまったな。けどま、上々だ。ここに来た時点で、前に進む以外の道はねぇんだから」

「うん、そうだね。モンスターが集まってくる前に移動したいし、狙撃にも対処しないとだし」

「私のところに来たらなんとかする」

「オッケ。んじゃそれまでは被弾前提、回復頼りってことで」

「了解しました。貯蔵は充分にありますので、存分にどうぞ」

「ロアちゃんったら頼りになる!」

「いえ。マスターのご配慮ですから」


 話し合いができる状態まで戻ったことで、徐々に上向きになっていく。


“村正と桃音ちゃんが心配”

“配信に映らないから状況もわかんないしな”

“でも多分大丈夫だろ”

“戦闘メインじゃないけど、2人共強いしな”

“桃音ちゃんがいれば死ぬことはないはず”

“マサ頑張ってくれよ、奏ちゃんの精神が持たん”


 コメント欄には現状を楽観視するようなモノはなく、心配や不安を口にするモノが多かった。


 ……それら1つ1つを認識できるからこそ、ロアはどうにかしなければならないと思ったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る