逆転の一手

 奏は傷ついた身体を押して立ち上がってからずっと、イライラしていた。


「……マサの前で倒れた。マサの前で傷ついた。絶対に許さない」


 負けそうになったことよりも、村正の前で不甲斐ない姿を晒したことの方が嫌なようだ。

 怒りのあまりか身体からオーラが立ち昇っているようにすら見えていた。


“マサのことばっかで草”

“でもマサのことの方が奏ちゃん本気よな”

“ブツブツ言っててこわw”

“やったれ!”


「消えろ」


 カメラには映っていないが、憤怒の形相で奏が駆け出す。

 相手は奏を追い詰めた魔力ありの無数斬撃で迎え討とうとしてくる。


 奏が迫る前に斬撃が放たれた。


“うわあああああああ”

“連発とか狡いぞ!”

“奏ちゃんどうするんだ!?”


「邪魔」


 奏は焦らない。冷静でもいないが。


 一言言って、斬撃に対して剣を思い切り振るう。魔力は枯渇しているのでないのだが、それでも自分の全てを剣に乗せて。斬撃を放つのではなく、剣にだけ全てを込めた。


 その結果、相手の斬撃が斬れて霧散する。


“えっ!!?”

“なにが起こった!?”

“普通に剣振っただけだぞ!?”


 観ている側は一切わからなかったが、奏は一振りで相手の斬撃を斬り捨て接近する。相手が剣で受けようと構えたのを、剣ごと斬り裂いた。


「死ね」


 奏の攻撃は終わらない。完全に相手が動かなくなるまで、剣を振り続ける。剣も身体も、相手の全てが豆腐のように抵抗なく斬られていき、やがて倒れた。


「ん。愛の勝利」


 奏は仄かに笑って言うと、剣を大切そうに鞘へと納めた。


“うおおおおおおおおおおおお”

“なんかわからんけど勝った!”

“奏最強!”

“奏ちゃんが斬撃放ってないところ、初めて見たわ”

“斬撃飛ばすのをやめて剣に全力乗っけたんかな”


 勘のいい視聴者は奏の行った攻撃を正確に読み取っていた。

 なんにせよ、勝利は勝利である。


 ◇◆◇◆◇◆


 牙呂は低く構えて、力を溜める。


「お前はオレの強さを真似して、足りないとこを補った。だが、それだけじゃお前はオレに勝てねぇよ」


 犬歯を見せて不敵に笑う。


「仮にもオレのコピーだってんなら、速さで勝負しやがれってんだ! 牙呂の強さは速さだ! それで勝負しねぇんなら、お前は偽物でしかねぇ。――今ここで、オレは今のオレの速さおまえを超えていく!!」


 牙呂は宣言すると、己の最高速を超えるべく力を溜め、後先を考えず、足が千切れることすら恐れず、配信に映らないことを考慮せず、ただ速さだけを求めた。


 牙呂の足が地面を蹴る、直後一瞬にして相手の背後に回っていた。


“え?”

“速”

“どうなった?”

“健太?”


 困惑するコメントの前で、牙呂の二刀が砕け散る。まさか迎え討たれたのか!? と思った直後。


 コピー体が細切れになった。


“おおおおおおおおおおおお”

“うおおおおおおおおおおおおお”

“見えなかった!?”

“速すぎw”

“過去最速!”


「オレのコピーだけはある。お前は強かった。だが、オレの方が速かったな」


 パワーが上がったわけでも、なにか特別なことをしたわけでもない。ただ速さだけを求めた。強いて言うなら、速度を模倣しても筋繊維まで再現していないのが勝敗を分けたのだろう。


“強かったじゃなくて速かったっていうところが牙呂”

“やっぱお前最高だよ”

“健太;;”


 牙呂の勝利にコメント欄は大いに盛り上がっていた。


 ◇◆◇◆◇◆


 凪咲は落ちたとんがり帽子を払ってから被る。


「さて、と」


 杖は拾わない。ない方がやりやすいと判断していた。


 両手を胸の前に持っていき、掌が向かい合うように上下に構えた。手の間になにかを溜めるようなポーズだ。


 凪咲がそこに魔力を注ぎ込む。渦となって手の間に集束していき、深い蒼の球体が出来ていく。


 相手は魔法を放ってくるが、魔法が渦に巻き込まれて吸収された。


“魔法を吸い込んだ!?”

“なんだあれ、見たことない”

“なにしようとしてるんだ!?”


 相手は魔法を撃つのではなく、杖に刃を形成して直接攻撃を図る。だが空間転移は近場にしかできず、移動しようにも見えない壁にぶつかって逃げ場がない。


「無駄よ。今この空間はあたしの支配下にある。いくらあたしのコピーでも、ここまで支配権を獲られると時間がかかるでしょう?」


 凪咲は不敵に笑った。

 勝ち筋を組み立てる前に彼女が考えていたことは2つある。

 1つは新しい攻撃を使って抵抗させないこと。

 もう1つが如何に不意を突いて優位を勝ち取るか。


 実力が拮抗しているから他に手を考えるだけでなく、空間魔法の使い手としてやられっぱなしじゃいられないという意地を両立させていた。


「ばいばい。楽しかったわ」


 溜め終わり、掌に触れるほど大きくなった球体。無駄とわかっているだろうが防御を固めている相手に向けて掌を向ける、と球体が莫大な奔流となって放たれた。


「――魔力超圧縮砲エーテル・ノヴァ


 前方を埋め尽くすほどの奔流にコピー体が呑まれていき、欠片も残さず消滅させた。


「勝ち。いぇいっ」


 勝利した凪咲は、カメラが回っていることをわかっていて、振り返ると笑顔でピースしてみせた。


“いえええええええええええ”

“すげえええええええ”

“うおおおおおおおおおおおおおお”

“かわ”

“最高!!”


 視聴者にアピールまでする、配信者の鏡だった。


 ◇◆◇◆◇◆


 復活した桃音は早速、魔法を行使した。


 相手は驚いたかのように後退するが、


「無駄ですよぉ」


 桃音はいつものように笑顔で告げる。


 桃音の身体から溢れた魔力が、巨大な人型を形成していく。薄桃色1色で出来た桃音と思われる巨大な人型を作り出していた。上半身だけだったがかなりの大きさになり、障壁内全てに手が届くほどだ。


“でっっっっか”

“普段とは違う意味でな”

“オリジナルの攻撃魔法か!?”

“でも攻撃魔法苦手とか言ってたよな”

“頑張れ桃音ちゃん!”


 巨大な桃音が桃音自身と動きを連動して手を伸ばす。動きは相手の方が速いのだが、大きさでカバーしていた。


 やがて相手を掴み、両手で包み込むようにして捕える。殴ってこられても押さえ込むだけの力はある。

 このまま握り潰す……のではなく。


「――生命回帰」


 桃音が魔法の名を呟く。これまで存在しなかった魔法だ。


 掌の中にいたコピー体を丸い膜が覆う。そして膜の中で光が溢れ出した。


 なにが起こるのかと画面に食いついていた視聴者達は、光の中で起きた現象を眺める。


 コピー体がぐにゃぐにゃし始めたかと思うと、色を失って銀色に戻り、人型ではなくなって液体に戻り、液体が縮んでいって終いには消失していった。


“消えた!?”

“消滅の魔法!?”

“回帰って言ってるから多分巻き戻した?”

“わからんけど勝利!!”

“うおおおおおおおおおおお”


 目の前で起きた現象を正しく理解している者は少なかったが、勝利を祝っていた。


 5人が勝利したのはほぼ同時。障壁が消え、下層突破が確定となった瞬間だった。

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