上層のボス

 上層の攻略は、手に入れた地図のおかげで簡単だった。


 というか、俺と桃音に関しては戦ってすらいない。本気で出番がなかったので戦う様を眺めてロアと一緒に実況と解説をしている余裕すらあった。


 そして十階層ある上層を突破して階段を下りると、荘厳な扉が待ち構えていた。


「うしっ。上層突破だな」

「だね。皆、疲れてる?」

「問題ない」

「私と村正君は戦ってませんからぁ」

「歩き回ったくらいじゃ疲れないから安心しろ」


“遂に来たか、ボス戦!!!”

“富士山のダンジョンは上層、中層毎にボス部屋がある特殊仕様”

“いやあんな広い草原歩き回ったらへとへとなるわw”

“こいつらなんで息すら切れてないんだ……?”

“常人にはわからん”


 視聴者数がエグいことになっている。余程注目されているのか、休日とはいえ200万人以上だ。まだまだこれから上がっていくだろうが。


「じゃあこのまま行くとするか。上層はウォーミングアップだしな」

「意義なし」


 休憩も挟まず、俺達はボス部屋の扉を押し開いて中に入る。


 闘技場のような見た目をした部屋の中央に佇んでいたのが、赤い肌をした体長10メートルくらいの巨人。筋肉隆々の男っぽい身体つきだ。ただし三面六臂、顔が3つあって腕も6本ある。

 上層のボスである鬼神・エンマシュラだ。


「やっぱ強そうだな」

「鬼神・エンマシュラ。まぁパワーが強い。攻撃範囲も広い。硬い。形態変化は三段階で、顔が笑顔、真顔、怒り顔に変わっていく」


“説明雑じゃない?”

“なんか危機感ないんだよなぁwww”


「とりあえずオレと奏で前衛。凪咲が援護。村正は隙を見て。桃音はヤバい時のために温存って感じで」

「ん」

「任せて」

「はぁい」


 基本的な形で戦うようだ。俺のやることは変わらない。


 エンマシュラがギラリと目を光らせて俺達を見据え、6本の腕に持つ武器をそれぞれ構えた。


「ッ! 避けろ!」


 牙呂が予兆を察知して、牙呂と奏は左右に跳ぶ。ただ俺達は回避を選びづらい。エンマシュラはこちらの行動を待たずに剣を振り下ろしてきたのだ。


「材質――空気。形状――大盾。構築完了――風護大盾ストームシールド


 俺は即興鍛冶で大きな盾を構築して前に出る。後衛とロアを守るのが俺の役目だ。


 当たり前のように斬撃が飛んできて、力いっぱい押さえてどうにか防ぎ切った。


“うおっ”

“いきなり来たか!”

“牙呂の動き出しより速いじゃねぇかよ”

“流石はボス、一筋縄ではいかなさそうだな”


 俺は消えた大盾をもう1度出して攻撃に備えておき、前衛2人の様子を見守る。


 先に辿り着いたのは牙呂。斬りつけようとしたところを素早く武器で防がれていた。


「チッ!」


 相手の武器も相当な業物だ。ちょっと当たっただけでは凍らせられていない。

 その間に奏が正面から剣を振るった。


「ん」


 本人の気合いとは裏腹に、速く鋭く範囲の広い斬撃がエンマシュラを縦に両断する。


“奏ちゃんの斬撃入った!!”

“やったか!?”

“それはやってないヤツやん”


 かに思われたが、薄っすらと切れ込みが入っただけですぐに治ってしまった。


「ちょっと硬い」


 斬れなかったのにその一言で済ませる辺りが奏らしい。怯むことなく攻撃してきた武器を避けて、次の攻撃の機会を待っていた。


「相手結構速いな。わかってはいたけど」

「うん。牙呂の攻撃が当たってかないってだけでわかるよ。反応が早いよね」

「奏ちゃんの攻撃であれだけしか斬れなかったのも凄いですよねぇ」


“相手強いのはわかるんだけど呑気に会話してて草”

“でもマジで強いんだな”

“さっきまで雑魚だなーとか思ってたけど、やっぱ上層とはいえ異常なダンジョンだ”

“全体で長期戦になること見越して消耗抑えて戦ってるみたいだけど、ちょっとは本気出すのかな?”


「とりあえず1発やっとくね」


 ということで凪咲のデストロイ・メテオが降った。


“とりあえずの魔法じゃないんだよなぁwww”

“いっけえええええええ”

“どう来るかな?”


 巨大な隕石に相手がどう対処するのかに注目が集まる中、エンマシュラは腕を交差するように振り被る。

 そして着弾前に振り抜いた。


 それぞれの武器から無数の斬撃が放たれて、隕石が細切れになっていく。


“ファッ!?”

“あれ切り刻んだぞ……”

“剣骸翁の斬嵐みたいな技だな、規模はこっちの方がでかいけど”

“やりおる”


 技の情報は少ないので出させただけでも充分だ。


「防がれちゃいましたねぇ」

「だね。まぁあれくらいやるでしょ」

「ああ」


“本人達が全く驚いてないんだよなw”


「じゃあ、こっちもちょっとだけやる気出す」


 しかし奏は少しだけやる気になってくれたようだ。

 これまで片手持ちにしていた剣を両手持ちにして足を止める。


“もうあれを出すのか!?”

“来るぞ、奏ちゃんのあれが!”


 コメントが盛り上がっている。エンマシュラはなにかを感じ取ったのか武器を交差させて防御の姿勢を取るが、無意味だ。


「んんっ」


 普段より少しだけ気合いの入った両手持ちの一振り。剣が振り抜かれた後に音と斬撃が放たれたという斬り跡が発生する。


“きたーーーーーー”

“音を置き去りにする斬撃www”

“奏ちゃんの両手斬撃じゃああああ”


 コメント欄は盛り上がっている。情報を見たが、奏の強攻撃とされている。のだが、実際にはちゃんと剣を振っただけ、なのでただの通常攻撃なのである。しかも1回でやめちゃうし。


 だがそれでも、エンマシュラは交差した武器ごと綺麗に切り分けられていた。これには笑顔が固まっている。いや元々か。

 大きく袈裟斬りにされたので、エンマシュラは巨体を倒して沈黙した。


“やったか!?”

“これはやっててもおかしくない”

“でもあっさりすぎてちょっとな”


 コメント欄が拍子抜けしていたが、問題ない。エンマシュラは瞬く間に再生して元通りになっていっった。


「形態変化は強制っぽいな。変化すると再生するのかもしれん」


 ぐるん、とエンマシュラの顔が笑顔から真顔に変わった。身に纏う空気も変わる。


「もう1回斬れば一緒」


 ただ奏は容赦なく情緒なく仕留めようとまた剣を振るう。

 だが今度は、相手も剣を振った。


 両者の斬撃は空中でぶつかり合い、逸れてエンマシュラの後方にぶつかる。


“奏ちゃんの両手斬撃を斬撃で受けた!?!?”

“嘘だろ!?”

“それだけ強化されたってこと”

“いやでも、奏ちゃんの方が押してる!”


 確かにエンマシュラは強くなった。ただ俺は確信する。今回、俺の出番はないな。桃音には1回だけお願いしようか。


 底が見えた。


「何回でも攻撃すればいいだけ」


 奏とエンマシュラが睨み合い、斬撃の応酬が始まるかに思われた。


「お前、オレのこと忘れてただろ」


 背後に回り込んだ牙呂が、氷と炎の刃でエンマシュラの全ての腕を肩口から切り落とした。


“牙呂おおおおおおお”

“そうだよな、奏ちゃん1人に苦戦してるようじゃ無理だって!”

“いいぞ健太ぁ!!”


「溶解、融解。ぜーんぶ全部、甘ーくとろとろ溶けちゃって。チョコとかアメちゃんみたいにどろっどろになっちゃって。ぜーんぶ消えちゃえなくなっちゃえ」


 6本腕を失ったエンマシュラへの追撃は凪咲の魔法。変てこな詠唱を紡ぐ。


「――溶けちゃえ光線メルト・レーザー


 杖の先に収束した魔力から、エンマシュラの頭部に向けて光線が放たれる。当たった部分が丸く消失して、残った表面は溶けていた。


“つっよ”

“あっさり第二形態終了!”

“さぁ最後だ”

“このままやっちゃえ!!”


 第三形態へ突入。消えた部分も瞬時に再生してしまっている。次に動かなくなれば終わりだろうが。


 エンマシュラの顔が憤怒へと変わり、肌が赤黒く変色。赤いオーラまで纏い始めた。

 流石に最終形態だからか強化幅が大きいようだ。


 どん、という足音とほぼ同時にエンマシュラが牙呂の背後を取る。


「ッ!」


 牙呂だから避けられたが、危ないところだった。ただ牙呂の動きを先読みするかの如く続け様に武器が振られたので、奏が近づいて1本を弾いた。


「悪ぃ!」

「いい」


 牙呂が悪いわけじゃない、とは言わないが本気を出さずに様子を見ようとしていたのは事実だろう。


“あの巨体でめっちゃ速ぇ!!?”

“牙呂が回避し切れないとか初めて見たんだが”

“強化してないとはいえ凄いな”


「む」


 斬撃のぶつかり合いなら兎も角、鍔迫り合いは部が悪い。奏も押されていた。

 牙呂が加わり凪咲が魔法を撃って6本腕をやり過ごせるようになる。


 これまでと違って相手が積極的に動くのでなかなか捉えづらい部分もあった。


「もー! 消耗抑えようとするから苦戦するんじゃん! さっさと強化して倒してよー」

「うるせぇ! お前だって魔力温存してんだろうが!」


“www”

“苦戦してるかと思ったらw”

“余裕あんなこいつらwww”


 ただ、3人がモタモタしている間にエンマシュラは標的を変えてしまった。


「あらぁ?」


 桃音を狙ったのだ。


“あっ”

“バカ野郎!!”

“やめろぉ!!”


 ……うん、それはやめた方がいい。最大の悪手だ。


 エンマシュラが6本腕で桃音に襲いかかる。対して桃音は、笑顔を崩さずにメイス型の杖を振り被った。


「えーい」


 呑気な、気合いの入っていなさそうな一振りと鬼気迫る勢いの六振りが激突。


 物凄い破砕音と共に、エンマシュラの身体が吹っ飛んだ。粉々に。


 余波で床が大きく抉れて壁まで到達している。


「あらあら、美味しいところだけ貰っちゃいましたねぇ」


 それをやった本人はおっとりと微笑んでいたが。


“ええええええええええ!?”

“だからやめろって言ったのにwww”

“桃音ちゃんのぱわーに勝てるわけないだろ;;”

“哀れなり”


 驚愕と、ボスに対する憐憫でコメントが埋まる。まぁ復活することはなかったので勝ちは勝ちだ。少し遅れて勝利の雄叫びとスパチャが流れ始めた。


 そう。桃音がこの中で一番の怪力。振りが遅いのであれなのだが、真っ向から受けたら相手が死ぬだけの力任せな一撃なのである。


「ま、なにはともあれ上層のボス撃破だ」

「やったね!」


 勝利ムードになり、奥へと続く扉が出現した。中層へ続く扉だ。


「ちょっと休憩にしよっか」


 ということで、なにもなくなったボス部屋で最初の休憩とした。

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