15.ボス
ソファの向かいに座って優雅に紅茶を飲むボスに視線を向け、少し眉を寄せた。
「なんだい」
「ピステルにわざと戦争仕掛けるって、何する気ですか」
「んー……強いて言うなら粛清かな?」
さらに眉を寄せると、ボスは微かに笑う。
「先代ボスのお人柄も狙いも知らないけど、ずいぶん雑多に人を集めていたようだからね。弱っているトライトには分不相応の勢力だ。……新規に関しては一人一人もほとんど役に立たないし」
「弱ってるって……」
「弱ってるよ。先代ボスの殺人から、徐々に、しかし確実に何かが綻びつつある」
「殺人なんかじゃ!」
「わかってるよ、犯人が佚世ではない、というのは。彼を陥れた真犯人がいるって話」
「……真犯人?」
「彼は若い……というか、入って早々とんでもない力を振るっていたようだからねぇ。恨まれ妬まれるのは仕方なし。ボスが死んだのはまぁ、ボスからの処分を恐れたかそれこそ事故か」
ティーカップを揺らし、少し視線を流した。
二度、ほんのわずかな会話。ぼったくられただけだが、彼はきっと今も真犯人を探しているだろう。自分を、弟子を、子供たちを潰そうとした犯人を。
彼のあの才能は是が非でも欲しい。なんならさらってしまおうか、とも思うが、返り討ちにされるのが目に見えてるからなぁ。
「……彼と一番親しかったのはグロウ・ナイト・ニーミス。所在不明。……一番弟子は君、
「俺と一緒に拾われたのがスモッグです。で、その数年後に佚世が拾ってきたのが
「陽泰君はイマイチ肩入れされてないように見えるね。前の処置も、彼だからと言うよりかは君とスモッグがいたからって感じだったし」
「……あいつは自分にめちゃクソ厳しいので自分が育てた陽泰が未だ幹部になってないのが気に食わないんだと思います。そのくせナルシストの素質が根に絡みついてるので全部陽泰のせいにするっていう」
「なるほどね」
恋弥が返事をすると、扉が少し開いて陽泰が顔を出す。
まだ十になるかならないかの齢ながら、五人の幹部に次ぐ最強グループ一班の指揮官を務めている子。
「失礼します。終わりました、ボス」
「もう? 早かったねぇ、夜までかかる見込みだったろうに」
「想定外を予定しての時間でしたので」
「優秀! めっちゃ優秀!」
「ありがとうございます」
「なびかんなぁ! おいで〜」
「ボス陽泰には手出さないでくださいね」
「……わかってるよ」
「出さないでくださいね」
「二回言わなくていいッ!」
ボスに呼ばれても扉の場所から微動だにしない陽泰を、恋弥が手招きするとこちらに寄ってきた。
恋弥の隣に座り、恋弥は陽泰にケーキを食わす。
「……あま」
「仕事終わりのご褒美だ。ボスに貰ったやつだけど」
「恋弥からは?」
「今度スモッグも連れて買いに行くか。何がいい?」
「……スーツちょうだい。裾下ろししたけどもう縮んだ」
「お前が伸びたんだな。成長期だ」
「弟子にはスーツ贈るのが恒例なんでしょ?」
「あー……うん」
その起源を知っている恋弥は薄笑いをしながら陽泰の頭を撫でた。
「つーか弟子って、お前の師匠は
「あッえッアッ……のッ、人は、トイトじゃ、ないし……?」
「怖いんだな」
「そんなことはッ」
「目泳いでんぞわかりやすい」
「……俺が弱いから」
「まー否定はしねぇ。けど、お前まだちっちゃいし。もうちょっと成長して筋肉付けば
「ほんと? もうちょっとってどんぐらい?」
「成長度合いによる。けど俺はお前に身長を抜かされたらあのドクズを殺しに行く自信があるからゆっくりでいいぞ! そしてそのまま成長期が止まって女の子並みの身長で!」
「は?」
「恋弥も佚世君には辛辣だよねぇ」
「クソはクソです。ドクソです。たとえ生まれ変わってもそれが毒素であることは変わりません。子供たちに害をなす猛毒です」
「はいはい」
真顔でなかなかおかしいことを言う恋弥に少し呆れながら、紅茶を飲んだ。うちの幹部はなかなかにとち狂ってる部分がある。
「…………彼の無実を信じる者は多いが、彼が逃げるようにトライトから抜けたこともあり彼を疑う者が多いのもまた事実」
「あいつは絶対やりません。それは俺が命を懸けて保証します」
「君の命なんていらないし先代の死因なんてどうでもいいからそれはいらない。でも真犯人を見つけて彼が戻ってくる、ましてや一緒にいるあの二人まで付いてくるなら、尽くさない手はないよねぇ」
「……ボスもまぁまぁ辛辣では」
「ピステルとの全面戦争もそれに関係あるんですか?」
「まぁあ新人の中にはトライトの名声にすがって、入れたというだけで威張り散らす者もいれば舞い戻ったという佚世君を敵視、または嘲笑するものもいるだろう。それは私の作りたいトライトに不必要でしかない」
舞い戻る魔王。降り立つ女神。成り上がる勇者。
これから起こることに下っ端共の邪魔なちゃちゃはいらないし、あったとしてそれは魔王が処分するだろう。
トライトが悪の華として返り咲くには、魔王の存在が必要不可欠だ。
「ピステルとの戦争は陽泰、君が指揮を取りなさい。……つっても、ピステルが落ちることはないだろうし処分できたらさっさと降参してね」
あまりに大量の下っ端を解雇してそいつらがトライトの名を無断で使用し大量殺人でも行えば火種はさらに悪化する。ただでさえ政府に睨まれてるのに、これ以上馬鹿なことはやりたくないからね。
報復や仲間割れを起こさないためには『ピステルとの戦争によって殺された残念な結末』というのが最善。
仲間割れを装って幹部たちにも殺させないし、なかなか良心的なのではなかろうか。
「ふふ〜ん、結果が楽しみだ」
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