耳かきの動画

バスチアン

耳かきの動画


「誰だ、コイツ?」


それはぼんやりと動画サイトを見ていた時のことだった。

オススメで上がってきたのは、どこの誰かもわからない30才くらいの男性だ。迷彩柄のフリースみたいなのを着ている、一昔前の漫画でアナログタイプのオタクキャラとして登場しそうな風貌の男。ちなみに登録者数は262人。本当に誰だよ、コイツ。

やっている内容は便利グッズのレビューのようだ。紹介しているのは耳かき。ステンレスで出来ているというそれは、某有名100円ショップで売られているらしい。


「何でこんな動画が? オススメで?」


暇つぶしから仕事の情報収集まで、生活にすっかり根付いた動画サイトだが、よくこういう意味不明なオススメ動画が現れる。無料で使わせていただいている身なので、あまり文句を言うつもりはないのだが、本当に何を参照してオススメしてくるのだろうか?


「……謎だ」


そんなことを思いながらもしっかり再生ボタンを押してしまっているのだから、やはりこの動画サイトは侮れない。キッチリと俺の心の琴線に触れる何かを紹介してくれているのだ。きっと遠くない未来この動画サイトを運営する世界的大企業に地球が支配される日がやってくるのだろう……いや、実はもう支配されているのか?

そんな馬鹿なことを考えながら動画をボケーっと眺めてみると、画面の中の男は「ふんふん」と頷きながら言った。


≪なるほど、なるほど――≫


何がなるほどだ? って言うか結局、誰なんだ、お前は?

誰だかわからない男が100均のステンレス製の耳かきを無造作に耳の穴に突っ込んでグリグリやっている……というか、こんなに勢いよくほじくって大丈夫なのか?

男は大分激しく耳かきを動かしている。


≪これマッサージ系ですね。そんなに尖ってるヤツじゃない――≫


ああ、それでこんなに勢いよくほじくってるのか。多分、身幅が分厚いので辺りが柔らかい耳かきなのだろう。男はぐりんぐりんと言った様子で耳穴を掘り起こしている。


≪100円の割にはいいけど、耳垢をガッツリ取る感じのヤツじゃない――≫


画面の中ではどっかの知らんあんちゃんが100均の耳かき片手に悶えている。

鼻の穴を広げ半目で耳の穴をほじくる様子はお世辞にも見目の良いものではない。だと言うのに実に気持ち良さそうに耳の穴を掻いている。

何だか見ていると、俺の耳の穴の中までウズウズと疼いてくる。


≪ガリッ、て取るんんじゃなくて、耳の中をさすられてる感じ――≫


そういって男は耳の穴に銀色の耳かきを突っ込み耳壁をマッサージしていく。気づけば指が耳の穴へと向かうのだが、耳かきと違って穴の奥までは届かない。

そんな耳の奥が掻けないもどかしさを味わう中、画面の中の男は心地良さ気な声をあげる。


≪くぅ~~っっ≫


見た目が芸能人でもないような普通の顔の兄ちゃんなもんだから、伝わってくるリアリティが逆にスゴイ。如何にも耳のツボを刺激していますって顔だ。


「買おうかな……」


この100均なら職場の近くにあったはずだ。




そうして翌日。買ってきてもしまった。動画でやってた、100均の耳かきをだ。

これがもしもよくある高額な商品買ってみましたなら絶対無理なんだけど、そりゃ100均だから気分ひとつで買えてしまう。


「なるほど、こういう感じか……」


しげしげと眺めると、動画でやってたみたいにやっぱり「なるほど」って言ってしまう。

手に取ったステンレス製の耳かきは思ったよりも長い、そして重い。そりゃ金属だからな。


「ほぅ……」


耳の穴に入れるとヒヤリとした感触が触れる。

これは如何にも金属っぽい。

ただ――


「思ったよりも痛くないな」


金属というと硬い=痛い、みたいなイメージだったが当たりが意外と柔らかだ。

そういえばマッサージ系みたいなことを言っていたが――


「こういうことか……」


身幅が広く、また分厚いために強い力を込めても先端が食い込まない。

それどころかステンレス耳かきは柔らかい感触でしっかりと俺の耳の穴を刺激する。


「あぁ~ぁ、これ、いいかも」


思わずぐいぐいと力が入る。

けっこう強めで圧しているというのにあんまり痛くない。

調子に乗ってぐいぐいヤル。すると体温で温められたからだろう。ひんやりした金属の感覚が徐々にぬるいものに変わっていく。

なるほど、動画では言っていなかったが、これは竹の耳かきでは味わえない、金属ならではの感触だ。


「……ぅ……くぅ」


耳孔をくすぐる感覚に思わず息を吐く。

ひとしきり耳の中をかき回してから、ずぬぅ……と耳かきを外に引き出す。


「う~ん、あんまり取れてないか」


ガリガリ耳の中を引っ掻くというよりは、耳の中をマッサージするような感覚だった。その感覚を裏切らず、匙の上には少しばかりの垢が載るのみだ。

その釣果に少しだけガッカリしながら、もう一度耳の穴に金属製の棒を突っ込む。


「ぬぉっ? これは???」


一度温められたステンレスの耳かきが、耳の穴の外に出された所為で再び冷えたのだろう。

体内の弱い部分を突如冷やされた感覚に背筋がゾクリとした。


「お……おぉぅ」


何度か動かすと金属製の耳かきは肌に馴染んだのかすぐに温い感触に変わっていく。その変化が何とも面白い。


「おっ…………おぉぅ」


再び深い息を吐く。

なるほど、こういうのも、竹の耳かきや、綿棒にはない感覚だ。

俺は、ぐににっ、ぐににぃっ、と銀色の耳かきを耳の奥へと圧し込んでいく。


「ん……ぁぁ」


耳かきっていうのは、垢をカリカリと搔き出すのが醍醐味だと思っていたのだが、このぐいぐいと耳壁を押すというのは中々に新鮮だ。

ぐいぐいぐい……と、金属のくせに柔らかい圧迫感。

それを一しきり楽しみ、ずぞぞぉと耳かきを外気に晒す。

そうして外気で冷えた耳かきを、再び耳の中へといざなう。

ヒヤリとした刺激。

癖になりそうだ


「んぬぅ…………おぉぅ」


マヌケな声を上げる。

鏡を見ていない俺に気づく由もないが、それは先日見た動画の男とまったく同じ顔だった。



<了>


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