第96話 弱点発覚?

 特にこれと言った騒動もなく、放課後を迎えた。

 俺も多少は何か起きるのかと身構えていたけど、普通はこんなものだよね。


 クラスのみんなに挨拶をすませて、教室を出る。

 廊下を歩いてもレオナさんの周囲はだいぶ落ち着いていた。


「真白君。さっそくで悪いんだけど、さ。今日、真白君の家寄っていい? 昨日言ったとおり一緒に勉強しようかなって……だめ?」


 逆にレオナさんの方がそわそわしているくらいだ。

 照れ隠しに髪をいじるくせがあるのかな、って思ってしまうくらいに。


「もちろん。いいよ」

「えへっ、ありがと」


 レオナさんが満面の笑みで頷く。

 昇降口を抜け、校門を出てからまた手をつなぐ。


「中華まんの新作出てるじゃん! 買っていっていい?」

「いいよ。寄ってこうか」


 途中のコンビニで寄り道し、中華まんを買ってからまた歩き出す。


「ザ・王道な肉まんもいいけどさー。私はつい期間限定もの買っちゃうんだよねー」


 レオナさんは期間限定のエビチリまんに何度も息を吹きかけ、かぶりつき、熱そうに息を吐く。


「甘辛でエビがプリプリですなー」


 俺も定番の肉まんを食べる。

 蒸されていたばかりなので当然熱いけど、うまい。


 ……そういえば、レオナさんは極度の猫舌ってわけではないのかな。

 それよりかは。


「レオナさんって新しい物好きだよね。色んなグッズも、食べ物も」

「あ。流されやすいって言ってる?」

「言ってはいな……あ。影響受けやすいタイプだから間違ってはいない?」

「ぐっ。その指摘は否定できない。じゃあ、古きよき肉まんの味を思い出せてもらおっかなー」


 レオナさんが俺が手に持っていた肉まんを一口かじった。


「おふぁおふぁ!?」

「大丈夫!?」


 謎の熱がり方をして、口を開けたまま喋るレオナさん。


「って、え、演技でしたー」


 レオナさんは舌を出してしたり顔だ。

 そしてエビチリまんにまたふーふーと息を吹きかける。


「レオナさんって、やっぱり猫舌?」

「やっぱりって? 私、そんなに分かりやすい?」

「……まあ、なんとなく?」

「いやー私は猫舌だとしても、ビギナークラスでしょ。それより、はい。お返し。真白君も期間限定のエビチリまんの味を堪能したまえー」

「じゃあ、お言葉に甘えて」


 少し屈んでレオナさんが差し出してくれたエビチリまんを食べる。

 こっちもそれなりに熱いけど。


「どーう? たまには新しいのも美味しいでしょ?」

「甘辛くて美味しいね。エビもいい感じ」

「でしょ。真白君も平気で食べられるんだし。つまり私は猫舌ビギナークラスなわけですよ」

「……? そうだね?」


 謎理論で立証されてしまった。


「あ! 納得してないでしょ! じゃあ証明してあげます! はむっ。おふぁふぁふぁ!?」

「は、はい! レオナさんは猫舌ビギナークラスで納得します!」


 そしてまた俺の熱々肉まんを食べてさっきの再現をしてしまった。

 そんな肉まんとエビチリまんの少し変わった食べ合いっこをしながら帰り道を歩く。


 あーんをした後だと、もう食べ合いっこに照れも抵抗もない。

 俺も新米彼氏初心者からレベルアップしているのかな。


 ◆


「ただいま」

「お邪魔しまーす」


 レオナさんと一緒に帰宅し、玄関で靴を脱ぐ。

 俺たちの声を聞いて、白雪しらゆきが出迎えてくれた。


「おかえりレオナお姉ー!」

「わっ。白雪ちゃん朝ぶりー」


 白雪がレオナさんの胸に飛び込んだ。


「……白雪? 俺もいるよ?」

「あ! 真白お兄もお帰りー!」


 白雪はレオナさんに抱きついたまま顔だけ横に向けた。

 ついでの挨拶だった。

 ああ……すっかり白雪のヒエラルキー内で真白お兄がレオナお姉以下に。


「そーいや、白雪ちゃん。デス美変なことしなかった?」

「してないよ? デス美ちゃんはレオナお姉のウルトラエリートフラッグシップお世話AIって話してたくらいだよ。

 それでレオナお姉が真白お兄の彼女さんだってみんなに教えたら、芝狩しばかり小に生息する白兎はくとの暴君を従える女王様だってビックリしてたくらいかな?」

「お、おう。そうか。あとでデス美に問いただそう」

「……まだその噂、残ってるんだ」


 そしてさらに俺の扱いが……まあ、そっちは別にいいんだけどね。


「それでレオナお姉。今日はどうしたの?」

「んー? 真白君とお勉強会だよ」

「そうなんだ。私も一緒に宿題やっていい?」

「もちー。いいよね、真白君」

「うん。最初からリビングでするつもりだったし」

「やった! 準備してくるー! お父さん! レオナお姉が来たよー」


 白雪が長い髪をなびかせながら、元気よくリビングに戻っていく。


「……すっかりレオナさんになついちゃったね」

「そだねー。妹がいたらあんな感じなのかなーって」

「もう妹当然みたいなものだしね。俺より姉妹って感じで」

「う、うん。そーだよね。い、いずれはだし、ね」

「え? そ、そうだね?」


 お互いに抽象的な言葉にしながら、なんとなく含みがあるように頷く。

 レオナさんの照れくさそうな笑顔と同じ表情を俺はしているんだろう。


 改めてレオナさんの姿を見る。

 今日のレオナさんは本当にお嬢様みたいで綺麗だ。


 制服をキッチリ着こなし、校則違反なんて一つもない姿。ハーフアップのヘアスタイルに編み込みも丁寧で、光を反射する艶やかな金髪。小さな赤いリボンがえ――映え、か。


「レオナさん、もういいんじゃないかな?」

「え? なにが?」

「……パーフェクトお嬢様フォーム。家くらいリラックスしても。挨拶は朝にすんだし、さ」


 今日はずっと緊張しっぱなしだったと思うから。

 少しでも休んでほしい。


「……真白君。そだね」


 レオナさんは静かに頷き、いたずらっぽく笑う。


「じゃーあ。真白君に何個ボタンパージするか選ばせてあげる」

「え?」


 とんでもない提案をされてしまった。


「制限時間は白雪ちゃんが不審に思って戻ってくるまででーす」


 しかも制限時間つき。

 白雪が戻ってきたらどうなるんだろ感はさておき、考える。


 上から一つ外すくらいじゃ窮屈なのかな?

 女性の骨格とか体格なんて分からないし。

 いやでも、ローリングアンゴラに置き換えて考えてみれば、ボタン一つじゃ意味がない。ぎゅうぎゅうのパンパンだ。


 つまり、答えは。


「セ、セカンド……?」

「はーい。セカンドいただきましたー」


 と言って――レオナさんはブレザーのボタンを二つ外した。

 あ。そっちの話――。


「真白君。どこのボタンパージだと思った?」


 レオナさんは悪そうな顔をして聞いてきた。


「も、もちろん。ブレザーです」


 直立不動で弁明をする。

 無防備状態の俺を見て、レオナさんは背伸びをし、腕を引いて寄りかかりながら、


「う、そ、つ、き」


 耳元でささやいた。


「はい! ごめんなさい! 嘘つきました!」

「ん。素直でよろしい」


 レオナさんはブレザーを脱ぎ、首のリボンを緩め、ブラウスのボタンも二つ外し……鎖骨が見えた。


「真白お兄ー? どーかした?」


 俺の情けない声を聞いて、白雪が心配そうに戻ってきた。


「い、いや。なんでもないよ」

「そーそー。真白君が言ったとおりなんでもないよー。ほら、白雪ちゃん。リビングに案内してー。ゆうさんこんにちはー」


 レオナさんは白雪の背中を優しく押しながらリビングに入っていった。


 耳を手で押さえる。


 熱い。

 もしかして俺は耳元で囁かれるのが弱いのか……?

 レオナさんの猫舌みたいに、俺の弱点もバレているのかもしれない。

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