第87話 真っ向勝負の正面突破

 エレベーターで地上にあがり、家族団らんルームへ向かう。


「真白君! こっちこっち!」


 途中にある部屋からレオナさんが小声で手招きしていた。

 小走りで合流する。


「レオナさん、待たせてごめん。大丈夫?」

「うん。準備は……できてる。バッチ、コイ」


 レオナさんは両手を握りしめて、強がってみせる。

 表情にも声にも緊張のそれが感じられる。


「服……それで、平気かな?」

「平気、だと思う」


 俺のウサミミフードのパーカーを見て、レオナさんも同じ意見を抱いていた。


「レオナお嬢様。戦いは会敵直後――エンゲージの瞬間が肝要かんようなのです」


 一緒に来ていた三毛みけさんが助言してくれる。


「爆発的で衝撃的で圧倒的な打撃を与え、一気にたたみかける。攻めて攻めて攻めまくるのです。

 お二人には湿気った権謀術数けんぼうじゅっすうより真っ向勝負の正面突破がお似合いでしょう。ツーマンセルのお揃コーデこそ! この戦闘において最適解の戦闘服なのです」

「な、なるほど。私は知らずのうちに最適解を編み出していたのか」

「いいですよ、レオナお嬢様。士気が上がってきましたね。そうです。勢いです。勢いがあればなんでもできるのです」


 三毛さんが力強く拳を握る。


「ねっ! 真白様もそう思うでしょう!?」

「は、はい。そう思います」


 プランなんてない。

 行き当たりばったりの出たとこ勝負。

 今日は本当にそんなことの連続だ。


「マスターのステータスは知力と器用の極振りですわ。HPは貧弱ですわ。簡単にノックアウト可能ですわ」

「ええ。戦果をあげて上官に認められたい一心で気がはやる愚かなルーキーにも及ばない。訓練初日の日陰モヤシ同然です」


 ……今さらだけど、三毛さんとデス美さんのレオナさんのお父さんへの評価が結構辛辣しんらつなような。


 まあ、そんな風に言えるくらい愛されているとも言えなくも……ない?


「レオナさん。俺、頑張るよ」


 手を差し出し、


「うん。応援してる。私も頑張るよ」


 レオナさんが握ってくれる。

 一緒に手をつないで部屋を出て、廊下を歩く。

 つないだ手から伝わる温かさが俺に勇気を与えてくれる。


「いい……尊みが……」

「三毛様? 前方不注意で事故だけはやめてくださいですわ。この場面では洒落しゃれにならないですわ」


 後ろではガラガラと台車を押してついてくる三毛さんとデス美さん。

 即席パーティーで家族団らんルームに到着する。


「じゃ、行ってくるね」

「うん。いってらっしゃい」


 レオナさんが部屋に入る。


「パパ、ちょっといい?」

「なんだい? レオナからお話なんて珍しいじゃないか。もしかしてなにか欲しいものでも――」

「違うよ、パパ。その、会ってほしい人がいるの」

「……え? ま、待ってくれ。レオナ。会ってほしい人? 今かい? 会ってほしい人? 今? それって」


 レオナさんの足音が近づき、扉が開く。

 無言で頷くレオナさんに応え、部屋に足を踏み入れる。


「だ、誰だい君は!?」


 レオナさんのお父さんの反応は当然だ。

 家に知らない強面の男子がいるんだから。

 困惑し、警戒し、激怒してもおかしくない。


 だから、今のうちに懐に飛び込む。

 背筋を伸ばし、腕を真っ直ぐに伸ばして太ももに添え、深々と90度に頭を下げ――十秒後、顔を上げる。


 深呼吸。

 当たって砕けろだ。


「初めまして! 自分は郷明きょうめい学園1年A組! 兎野真白です! レオナさんのクラスメイトであり! 本日よりレオナさんとお付き合いさせていただくことになりました! よろしくお願いします!」

「グハッ!?」


 お父さんが椅子から転げ落ちた。


「あらあら、まあまあ。じんったら驚きすぎデスよ。怪我はないデスか?」

「あ、ああ。大丈夫だよ。ありがとう、リオーネ」


 お父さんの震える手がテーブルにかかる。リオーネさんに支えられて、ゆっくりと椅子に座り直した。


「き、聞き間違えかな? 今、お付き合いと聞こえたような……? 友だちの聞き間違え――」

「いえ! 聞き間違えではありません! 初めまして! 自分は郷明学園1年A組! 兎野真白です! レオナさんのクラスメイトであり、本日よりお付き合いさせていただくことになりました! よろしくお願いします!」

「ガハッ!? 大事なことだからって二回言わないでいい!」


 また椅子から転げ落ちそうなところを、リオーネさんに支えてもらい窮地を脱していた。


「それと先ほどスニーキングダンボール試作五号で隠れていました! 盗み聞きをしていたことをお詫びします! 申し訳ありませんでした!」


 重ねてまた頭を下げる。


「え? ああ! 思い出した! 私も開発に関わっているスニーキングダンボール試作五号か! 使用感は――まてまて! どうしてそういう状況に……いやいや! 今はいい!

 とにかくだ! レ、レオナ! 今の話は本当なのかい!? パパにいじわるしたくて友だちに協力してもらってるだけだよね!? そうだと言ってくれ!」

「言うわけないじゃん! 真白君とは今日から恋人同士になったの! 私は真白君の彼女だよ!」


 レオナさんが俺の手を握って叫んだ。


「ブハッ!」


 お父さんが今度は左胸を抑えた。


「レオナさん!? 真白君!? 手つなぎ!? お揃パーカーコーデ!? クッ! ほ、本当に交際、初日……なのかい!?」

「はい! そうです!」

「そうだって言ってじゃん!」


 声を揃えて返事をする。


「グゥウゥ!」


 お父さんが左胸を鷲づかみにし、苦悶くもんの表情を浮かべ、ぜぇぜぇと呼吸が荒くなっている。


「ま、まずは……二人とも。席に座りなさい」

「はい。失礼します」


 レオナさんの分の椅子を動かし座ってもらい、最後に自分も座る。

 ……その頃にはお父さんはテーブルの上で手を組んで、顎を乗せていた。


 一番最初に見た優しい表情でも、さっきまでの慌てふためいた表情でもない。

 愛する娘を想う父親の鬼の形相になっている。


 ここからが本番だ。

 リオーネさんがお父さんの脂汗をハンカチで拭いている。


「ありがとう、リオーネ」

「ええ。どういたしましてデス」


 それが終わるのを待ってから話が進む。


「君の名前……兎野、君と言ったか。レオナとは遊び半分で付き合っているわけじゃないだろうね? もしそうなら断固として私は君を許さないぞ。あらゆる手段を用いて君を叩き潰してやろう。徹底的にだ」

「いえ、自分はレオナさんと真剣な気持ちで交際していくと決めています」

「真剣……か。つ、つまりけ――いや。その前に。君、レオナと同じ郷明に通っていると言ったね。将来の夢は――あるのかい?」

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