第17話 私に料理の話をふるのはギルティだぜ?
「もちろんイメチェン夏休み明けデビュー計画の話もあるんだけどさ。一番は兎野君とお昼食べたかったからだし。さ、準備準備ー」
獅子王さんが日陰にシートを敷くのを手伝う。
今日は比較的気温が落ち着いて、日陰は涼しく感じられる。
「獅子王さん、ありがとう」
「ん? なにがー?」
勝手な想像だけど、俺がまだ大人数で昼飯を食べるのがきついと考えて、
それを言っても獅子王さんは軽く聞き流してしまうだろうけど。
「あ、そうそう。今日の挨拶はいい感じだったよ。二人も好感触だったし」
「そう、だったのかな? ならよかったけど」
好感触と受け止められる挨拶をできた気がしない。
「親友である私が断言するから信頼率百パーセントだよ。シズぽよも信頼のノスケ級がでたし、桜も男勝りなとこあるけど心は乙女で純情だからね」
俺は親友と言葉に弱い。
その時点で反論し、否定する言葉が全て消えてしまうくらいに。
「虎雅さんと豹堂院さんは初等部から一緒なんだっけ?」
「そそ。奇跡的にずーっと一緒のクラス。腐れ縁ってやつ」
カラッと笑う獅子王さん。
その笑顔には色んな思いが込められてる気がした。
俺にはそういった相手がいないから羨ましくも思える。
……昼飯時に辛気くさいのはほどほどにして、切り替えよう。
シートを敷き終え、一緒に座る。
「おー。いつも見てて思ったけどさ。兎野君レベルだと必要なエネルギー量も増えるよね」
クーラーバッグから取り出した大きな二段弁当を見て、獅子王さんがうなる。
「悩みはいっぱいあっても、身体は正直っていうか。お腹は空いちゃうよね。獅子王さんのも……」
多くない? と三段重箱を見て言える度胸があれば、入学当初から男友達と昼ご飯を食べられていたと思う。
「私の? どした?」
獅子王さんにとってはいつものお弁当らしく、首を傾げている。
忘れちゃいけないのが、
高等部から入学した外部生の俺みたいなのが例外で、獅子王さんを初めとした内部生には名家のご令嬢やご令息もいる。
昼ご飯でも高級な弁当を平然と食べている人は見かける。
ただ量の話になるとまた違うというか。
一段ずつのサイズは俺の弁当よりも小さいけど、それでも女子の弁当にしては多く見える。
運動部の人が食べるくらいの……でも、獅子王さんも俺と同じ帰宅部のはずだ。
……そういえば、
体型的には身長が高めくらいで他は普通の獅子王さん……いや、邪な考えではなく、もちろん俺も男子高校生ではあるし、とにかく中々にエネルギーを蓄えられそうだなと思っただけで。
「あ、分かっちゃったぜー。兎野君、おかずの交換こしたいんでしょ?」
「え!? えっと、その、はい。そうです」
そういうことにしておかないと、罪悪感に押し潰されそうだった。
無条件降伏し、弁当を献上する。
「おおー。これはザ・男子高校生のお弁当ですな。どれも美味しそうー」
獅子王さんの言うとおり俺の弁当はごくごく普通だ。
一段目がおにぎりゾーンで、二段目がからあげ、玉子焼き、サラダなどのおかずゾーン。
「では私は……玉子焼きをいただこう。はい、兎野君もどーぞ」
獅子王さんの三段重箱は一段目がサンドウィッチ軍団で、二段目は見たことのない綺麗なおかずゾーン、三段目はフルーツゾーンになっていた。
サンドウィッチとかフルーツはおかず交換の趣旨に反しているし。
二段目から選ぶわけだけど、どんな料理で味なのか分からない。
「えっと……獅子王さん、これは?」
刻まれたオクラやキュウリにトマトなどの野菜がゼラチンで包まれているみたいだ。
「おっ、さすが兎野君。なかなかの目利きだねえ。それはテリーヌだよ。フランス料理。ママの得意料理の一つだよ」
「じゃあ、そのテリーヌを貰ってもいいかな?」
「どうぞどうぞ。等価交換には十分相応しい一品だよ」
おかずの交換を終え、昼食を食べ始める。
「玉子焼き、うまっ! 夏においても瑞々しさを保ち、ほどよい甘さと玉子の風味が口の中で広がり、優しい旨味がじんわりと身体に染みこんでいく……。どうかなっ!? 私の食レポ!」
「うん。良かったと思うよ」
「ありがとっ。でも、本当に美味しいー!」
獅子王さんはあっという間に玉子焼きを食べきった。
……あれ? もしかして俺もやる流れ?
テリーヌなんて人生で一度も食べたことないからどんな味かも想像がつかない。
でも、いつまでも物怖じして食べないのは失礼だし、一口。
「……美味しい。初めて食べたけど、夏にピッタリな爽やかな味だね」
ハーブっぽいソースに、塩っ気のある感じのゼラチン、野菜の味もしっかりとあるし、と俺の
「カハッ!?」
「え!? 獅子王さん!?」
獅子王さんが突然胸を押さえ始めたかと思うと、真顔で俺を見て手を合わせてきた。
「兎野君の純粋さのおかげで、私は大事なことを忘れていたよ。上手いコメントを考えるばかりで、料理と素直に向き合うことをね。感謝」
「ど、どういたしまして」
獅子王さんのノリは独特で、ジェットコースターみたいだ。アップダウンが激しい。
「でもさー。マジで玉子焼き美味しかったよ。……まさか兎野君作じゃないよね?」
そしてすぐに平常運転を再開したりする。
「違うよ。お弁当は父さんが作ってくれたやつだよ」
「そっか。セーフ……」
「セーフ?」
「あ! こっちの話だから気にしないで!」
なぜかあたふたする獅子王さん。
これ以上セーフの意味について追求しない方がよさそうだ。
「で、でも、そっかー。兎野君の家はパパが主夫として家庭を切り盛りしてるんだっけ」
「うん。前は料理人だったけど、母さんの仕事が軌道に乗ってからは家事は基本父さんだね」
「なるほどねえ……そういう夫婦関係もあるよねえ……」
獅子王さんはしみじみと呟きながらサンドウィッチを食べる。
……獅子王さんが〈GoF〉で離婚を切り出したのも、両親の思いを知りたかったからだ。夫婦の在り方に思うところがあるんだろう。
少しくらいは俺も獅子王さんの相談に乗れるといいんだけど、中学以降はほぼ独りといっていい生活だ。人生経験が乏しすぎる。
でも、父さんの玉子焼きを褒めてくれただけで俺は嬉しかったし、相談でなくてもいいのかもしれない。
「このテリーヌも本当に美味しいよ。フランス料理で思い出したけど、獅子王さんのお母さんってフランスの人なんだっけ?」
「そ。フランス出身だけど……まあ、変な期待はしない方がいいよ? 日本に来て大分経つし、中身は私と同類だし。元々聖地巡礼したくて留学した生粋のオタクだし」
なるほど獅子王さんの突拍子もない言動と趣味はお母さん譲りなのかな。
そんなことを考えてる間にテリーヌは胃袋の中に消えてしまった。
「このテリーヌ。俺にも作れるのかな」
ぼんやりと呟いてしまうくらいに、この味が気に入ってしまったらしい。
「カハッ!?」
「獅子王さん? 今度は一体何が……?」
「……兎野君ってさ。イラストはママに教わったんだよね?」
言わんとすることは分からないけど、頷く。
「そうだね。まあ、人並みよりはのレベルだけど」
……将来その道のプロとして食べていこう、なんて考えはなく。あくまで趣味の範囲でしかない。
「ま、まさか料理はパパに教わってるなんて言わないよね? ね? 兎野君、私は信じてるよ?」
獅子王さんがすがるように手を震わせ、聞いてくる。
だけど、こんなことで嘘を言うのも忍びないし。
「えっと。たまに手伝うくらいで。大した物は作れないよ? 目玉焼きとかオムライスとかチャーハンとか」
「カハッ!?」
さらに獅子王さんがオーバーリアクションを発揮した。
「だ、大丈夫?」
獅子王さんはサンドウィッチを一口食べてから、遠くを見つめて語り始めた。
「私も一度さ。ママの料理の手伝いをしたんだけどさ。ママにさ。レオナ、将来
「……聞く人が聞いたら国際問題に発展しそうだね」
妙にカタコトだったのはお母さんの真似をしていたのかな。
「けどさ、けどさ、兎野君。考えてみてよ。ハイパー高度情報化社会の今だよ? あらゆる物が自動化、AI管理されつつあって、自動調理機器なんていっぱいあるし。別に料理できなくても生きていけるじゃん? 料理できない人を笑うのは料理ハラスメントだと思わない!? 料ハラに断固抗議する!」
「そ、そうだね」
力説する獅子王さんに圧倒され、思わず頷いてしまった。
「でしょ! 料理は美味しく作れる人が作るべきなんだよ! つまりママの料理も兎野君のパパの料理も美味しい! それで十分なんだよ!」
最終的に獅子王さんの料理の腕前はうやむやにする形で、この話題は収まった。
獅子王さんと話す時に料理関係の話題は、なるべく触れないように注意しようと思う。
その後は〈GoF〉やマンガにアニメ、次のテストなど他愛ない話をしながら、昼ご飯を食べ終わる。
お互い弁当の量があったので沈黙している時の方が多かったけど、全然気にもならなかった。
色々と学びがあった昼食会だったと思う。
獅子王さんは見た目に似合わず大食い気質があるとか、料理が苦手……らしいとかも。
「じゃあさ、兎野君!
しかし、今日の昼休みはまだまだ長引くこと必至だった。
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