地獄のコミュ力アップブートキャンプ編
第16話 あいさつスキルレベル2
「おはよう」
〈GoF〉の夏休みイベントを無事に終えた当日、遅刻することなく登校し、俺は気持ちを奮い立たせて獅子王さん……に挨拶をした。
「うん! おはよー、兎野君!」
呆気にとられる
とはいえ、今の俺の限界値はここまで。
無駄のない洗練された動きで、そそくさと自分の席について呼吸を再開する。生きてるよな、俺。
しかし、昨日とは違う沈黙が教室を支配している。
何があったかのか俺に聞きに来る人はいないし、獅子王さんのところも同じだ。
それだけ俺と獅子王さんのやり取りが異質に見えたのだと思う。
「……マジでどうしたの、急に。昨日もだけどさ、レオナ。兎野と夏休みになんかあった?」
「マジマジ。レオにゃん、ウサ……ウサ、ウサノー? とドッキリテレビに参加中だったりするん? とりまメイクし直しとくか」
虎雅さんと豹堂院さんがツッコんでくれたおかげで、教室の沈黙が破られる。
ただ遠巻きに観察し、少しずつ声が増えてき、教室はいつも……より少し浮ついた空気だ。
獅子王さんはいうと顎に手を当て決め顔を作る。
「ドッキリとかないし。クラスメイトと挨拶するのに理由がいるのかい?」
「いや、それを否定する気は毛頭ないけどさ。昨日の今日だし」
虎雅さんが黒髪に指を絡ませながら、驚きを隠せないでいる。
教室のみんなの意見を代弁してくれたと思う。
残念ながら俺には場を収める力がないので、獅子王さん任せになってしまうのが心苦しいけど。
って、あれ? 小柄な豹堂院さんがツインテールをピョコピョコ動かして接近してくる。
なぜに?
俺が逃げ場を模索している間に、豹堂院さんが手をあげた。
「ウサノスケ、おいっすー!」
「………………ぉぃっすー」
実際はす、しか言えてないと思う。
豹堂院さんが親指で何かを弾き飛ばしてきた。
反射的にキャッチしてしまったけど……あ、確か今流行ってる世界動物グミだっけ。個別包装されているやつで、ホーランドドロップっていうウサギだった。
クラスメイトからお菓子を貰った経験がないので、作法が分からない。今すぐ食べるべき? それよりもなんで急にグミをくれたんだろう?
……はっ! まさか餌付け? 餌付けというよりもテイムされている? 猛獣を手懐ける的な意味で。グミもウサギだし……いや、とりあえず落ち着こう、考えすぎだよね。
「美味しいよー、ウマいよー、デリシャスだよー」
固まる俺を見かねて、豹堂院さんが手で包装を破くジェスチャーをしてくれた。
……やっぱりテイムかもしれない。
素直にしたがって、包装を破ってグミを食べる。
美味しいけど、味は……マンゴー? リンゴ? オレンジ? これだと断言できない不思議な味わいだ。
「デリシャス?」
「……ス」
また、すの一文字しか言えなかった。
「グッジョブ、ウサノスケー。アデュー」
豹堂院さんは満足そうにサムズアップし、獅子王さんたちのところに戻っていった。
本当なんだったんだろう……しかし、なぜにウサノスケ? もしかして今のでテイム完了してた?
「うん。レオにゃんの言うとおりだし。ハロハローにレーゾンデートルとかいらんくね?」
「でしょー。さすがシズぽよー! それに引き換え、虎雅殿は固定観念に囚われていかんですなー」
「いかんですなー」
豹堂院さんが椅子に座る獅子王さんのふとももの上に乗り、二人で虎雅さんをあおり始めた。
「はあ? 二人にだけは言われたくないし。あたしが一番常識人だろ」
今度は虎雅さんが立ち上がり、ずんずんと近づいてきて、俺を通り越して窓の方を見た。
「……お、おはよ」
「……よう」
虎雅さんには妙な親近感があるおかげか、豹堂院さんの時よりも一文字分多く声は出せた。俺の母さんっぽいからかな。もちろん雰囲気的な意味です。
だけど、今日は三人もの人に挨拶ができた。
これは俺にとってはかなりの進歩と言っていい……んだろうか? 分からない。
「……で、なにこれ?」
獅子王さんたちのところに戻った虎雅さんが、こめかみに手を当てて自問自答していた。
ごもっともな意見のおかげで、俺も冷静になれる。
虎雅さんには本当に申し訳ないけど、俺にはこの場を以下略とする。
「見た目に反してサクちゃむはウブですなー」
「ザコザコウブヨワサクちゃむですなー」
「うっさ。言ってろ。で? 本当になんなんだよ?」
「だから、言ってるじゃん。クラスメイトと挨拶するのに理由がいるのかい?」
獅子王さんはその空気すら楽しそうに受け止め、スマホを弄り始めた。
「レオナのくせして正論言うから混乱してんだけど? 兎野に指令書でも送ってんの? 無茶ぶりはかわいそうだからやめとけよ」
「おっ。昨日のスパイブームの続きなん? シークレットミッションオーダーオーケー?」
「ぶっぶっー。ざーんねーん二人ともハズレですー。ただのガチャタイムですー」
「ああー……そんなあ。貯めに貯めたシズコの一億レオマイルがご、は、さ、ん! シズコ、借金確定! アンダーグラウンドヒアウィゴー!」
「とりま、二人とも爆死しろ」
獅子王さんたちのいつものやり取りのおかげで、やっと教室の雰囲気が元に戻った。
スマホが震える。
バレないようにスマホを操作し、確認。
相手はやっぱり獅子王さんからだった。
『昼休み。体育館裏で待つ。弁当持参で来られたし』
虎雅さんの読みは当たっていた。
これは間違いなく指令書だ。
◆
昼休み、獅子王さんの指示どおり弁当持参で体育館裏に到着した。
獅子王さんはまだ来てないみたいだ。
俺と違って獅子王さんと昼ご飯を食べたい人はたくさんいるだろうし……辿り着くまで時間がかかりそうだ。
改めて指令書を見返す。
来てと書かれただけで、獅子王さん一人で来るとは書いてない。
もしかして虎雅さんや豹堂院さんも来るんだろうか。
いきなり三人と昼ご飯はハードルが高すぎる。
今のうちに精神統一でもしておこう。
「ふぅー……」
「ごめん、兎野君! 待った!?」
「はい!? 全然待ってませんけど!?」
背後から急に話しかけられたので、ここ最近で一番大きな声が出た気がする。
「おー……おう。ならいいんだけどさ」
振り返ると獅子王さんがビックリした瞬間で固まっていた。
見たところ虎雅さんも豹堂院さんもいない。
「大きな声出してごめん。でも、本当に待ってないからさ。獅子王さんの方こそ急いできたみたいだけど」
「誘ったのは私なんだから放置プレイはいかんでしょ。まあ、シズぽよと桜に説明する時間は必要だったから、ちーっとばかしスタダ遅れっちゃったね」
桜が虎雅さんの名前で、シズぽよ……は豹堂院さんで合ってるはずだ。
「それで俺に何か用事だよね? その、あの計画について?」
リアルならなおさら口に出しにくい光属性っぽい言葉だ。
イメチェン夏休み明けデビュー計画。
獅子王さんが命名した作戦名なので変更は利かないのである。
ちっちっちっ、と獅子王さんが人差し指を立てて左右に振った。
「兎野君や。友達とお昼ご飯を食べるのに理由がいるのかい?」
そして、虎雅さんや豹堂院さんに見せた時と同じ決め顔を作った。
……その口癖、獅子王さん的にマイブームなのかな?
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