第2話 中の人がバレても慎重でなければならない
確か親が獅子王グループの大財閥のお嬢様だっけか。
綺麗な顔立ちの美人で一見厳しそうな印象もあるけど、気さくな性格でよく笑う人だ。
教室でも獅子王さんの楽しそうな笑い声はしょっちゅう聞こえてくる。
不思議な親しみやすさがあるせいか、多くの男子が告白しては玉砕したとか、女子からの幅広い相談に乗っているカリスマ的存在だとかの噂話は数えきれない。
一年にして既に学園一の有名人だ。
とはいえ、その程度の接点しかないわけで。
制服の着こなしでさえ、俺とは違って見えてしまう。
俺が初期ステのノービスの無課金プレイヤーなら、獅子王さんはレベルカンストの廃課金プレイヤー。
それくらいのレベル差が俺たちの間にはある――と回想するくらい俺の動きは止まっていた。
「今のごめんなさい、って声。兎野君の?」
「あ、はい。そうですけど」
「ごめん! 驚かせちゃったよね。誰もいないと思ってつい心の衝動を叫んじゃった」
獅子王さんは手を合わせて申し訳なさそうに頭を下げる。
「え? いやいや! 獅子王さんは悪くないよ! 勝手に反応した俺が悪いし!」
「勝手に反応って。私、そんなにガチギレしてた?」
「……えっと。まあ、はい」
学園中に俺のニックネームが響き渡るくらいの怒声だった。
まあ、誰も俺とは思わないだろうけど……あれ?
じゃあ、なんで獅子王さんは知ってるんだ? もしかして俺が知らないドラマかアイドルグループにそんな名前の人がいるのか?
けど、「あ、うん。いいよ」から結婚なんてワードまで一致する偶然があるんだろうか? ちょっとした真夏のホラー?
「そっか。はあ、なにやってんだろ、私。ダサいよね。リアルにまで引きずって。兎野君にまで悪い気分を押しつけちゃって……まじメンブレ」
「本当に気にしないでいいよ。誰だって叫びたくなる時はあるし。偶然なんだけど、俺も獅子王さんと同じでリアルにまで影響してさ。俺がやってるゲームのキャラのニックネームだと思って過剰に反応しちゃっただけだから。いや、本当に獅子王さんが俺のニックネームを知っているわけがないのにね」
こんな饒舌になったのは初めてだと思えるくらい、言葉が止まらない。
それだけ誰かに聞いて欲しかったのかな、俺は。
獅子王さんと話したことなんて挨拶くらいなのに。けど、不思議と獅子王さんに対しては物怖じせず話せる。
まるでレオと話してる時みたいに……あれ? 獅子王レオナ? 獅子? レオナ? ライオン? レオ?
いやいや、まさか。そんなマンガみたいな展開あるわけが……と思いながらも、獅子王さんと目が合う。
獅子王さんの綺麗な顔が険しくなり、腕を組んで首をかしげる。
「……兎野君のゲームキャラのニックネームもウサボン? 兎野。うさ、の? 兎? ラビット? アンゴラウサギ? それにこの声って……」
漏れた言葉が俺の確信を強くした。
「今までありがと、ウサボン」
最後に聞いた言葉を、声をなぜか思い出した。
驚きが理性を上回り、口が勝手に動いた。
「
「ローリングアンゴラ!?」
声が重なった。
お互いに指を指し、昨日まで結婚していた相手キャラクターの正式名称を言い当てた。
その後、沈黙。
お互いにネトゲプレイヤーだとしたら、焦りは禁物だ。
本当に本物かを確かめる必要がある。
なりすましは許されない。
セミの喧しい音をBGMにお互いにジリジリと距離を測る。
いや、獅子王さんがそんなことをする人とは思わないけど。
ただ信じられないという感情を解消したいだけです。
「……ローリングアンゴラのジョブの名前とステ振り傾向は?」
「ハッ!?」
俺の問いに獅子王さんの表情に真剣味が帯び、顔に手を当てる。
表情、振る舞いは歴戦のゲーマーのそれだ。
「壁用耐久の体力と知識の平均振りステのビショップ。レベルは140」
「……正解」
レベルも付け加えての即答だった。
「……じゃあ、LeoLeo777のジョブの名前とステ振り傾向は?」
「火力特化。知識極振りの残り器用の紙耐久のウォーロック。レベルは142」
「……正解」
俺も即答し、正解を当てる。
お互いになぜか妙な間を作ってしまったのは、なんかそんな空気だったくらいで理由は特にない。
「ウサボンのニックネームの由来にもなったローリングアンゴラの
「
「正解」
「LeoLeo777が一番好きなスキルは?」
「メガプロミネンス・エクスプロージョン」
「正解」
「ローリングアンゴラがロジックコードにアップした最新の落書きのキャラは?」
〈GoF〉関係から少し外れた変化球はどうだろうか。
「デフォルメのドラさんとちょこさんのスイーツ食べ放題で満腹状態バージョン」
「正解」
「LeoLeo777の今期アニメの推しキャラは?」
獅子王さんも変化球を繰り出してきたが、悩むまでもない。
「アマリリスエースの
「正解」
その後もお互いに質問を繰り出し、正解を当て続け、
『本当にレオ?』
『そっちも本当にウサボン?』
最終的にスマホのロジックコードで一対一のチャットで確認をした。
「……最初からこうすればよかったね」
「……まあ、もし間違っていたら大惨事になってただろうし」
「だね。いきなり中の人について確認してきたら怖いしヤバい。色んな意味で」
お互いのスマホの画面を確認し合い、ふっーと息を吐き、汗を拭う。
「兎野君。凄い汗だよ。大丈夫?」
「うん。なんとか。獅子王さんも……平気?」
ボブカットの金髪がおでこや首筋に張り付き、半袖のブラウスもしっとりと汗で濡れている。
「さすがに熱中症になったら危ないし、校舎に入ろっか」
「うわっ、マジだ。知らない間にビッショビショじゃん。兎野君の意見に完全同意。退避退避ー。ほんと今日は暑いよねー。昨日までの快適ライフが恋しいよー」
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