第42話 アマリの戦い 2


 滅多にないが、それでも暴れるようならそれはもう人の言葉が通じない怪物である。

 法的処置の通告対象となり、そこまでくると会社での対応だ。

 アマリは手を引いてもらって問題ない。

 ライバー自ら怪物の相手などする必要もないのだから。

 最後は必ず会社が守るので、手心など加える必要はない、と説明する。

 もちろん、今回は初期対応。

 やんわりとしたら注意喚起を雑談配信に混ぜて行う。

 冒頭で行うパターンもあるが、今回は人が増えてきた中盤あたりに「あ、そういえば言いたいことがあったんだけど」と、思い出したかのような流れで伝えるのがいいだろう。

 明星はかなり切羽詰まっていて、雑談配信冒頭で注意喚起を行ったがアマリの場合は「なんとなく今思い出した」風の、あまり重要視しているわけではない感を演出する。

 理性のなさそうなやつ相手では通用しない方法だが、理性のある相手ならば「ヤバい、自分だ」とすぐにわかるからな。

 

「わかった。じゃあ、私も台本作った方がいい?」

「台本というか……言いたいことをまとめておく方がいいな。余計なアドリブは入れずに、言うべき要点をまとめてメモして付箋で貼りつけておこう。今回アマリのパターンだと『織星との関係については今のところ交際するつもりはない。今後織星のことを知っていって、交際に発展する場合は改めて報告したいと思うが、今のところその予定はない』という旨を説明する。もう一つ『また、最近チャット欄やコメント欄に織星と交際しろ、というコメントが残ってるが今のところ予定もないことだし織星くんの配信でも注意されていると思いますが、見守っていただければと思います』――って感じで“今のところその予定がない”っていうのを強調しよう」

 

 恋愛リアリティ、面倒だけど踏襲しておいた方がいいなぁ、と反省しつつ『未来のことはわからない』『今のところ織星に恋愛感情はない』『今のところ交際するつもりはない』というのを明確に悪質リスナーに告げることに重点を置いた。

 コメントの内容を見る限り、甘梨リンと織星ハルトをくっつけ隊、っていうタイプの正義マン。

 まじ余計な世話だよバーカ! って思うんだが、自分たちが正義だと思ってるので話は通じなさそう。

 とはいえ日本語が通じない知性なき化け物レベルではないので、こう言えばおそらく鎮まる。

 アマリには言っていないが、織星のガチ恋勢による嫌がらせの場合――無理やりくっつけようとすることで、逆に甘梨リンの気持ちを織星ハルトから遠ざけるも目的の狡猾なタイプだとしても、この言い方をすればおとなしくはなるだろう。

 どうやったって今は甘梨リンは織星にそこまでの興味がない、ということなのだから。

 正直、それなりにクソなクレーマーリスナーを見てきた俺からすると、注意喚起するレベルに見えないぐらいだ。

 だが、ライバーの心身を守るのもスタッフの仕事だしアマリは俺の可愛い妹なので、このくらいならしてもよかろう。

 あまり底辺悪質リスナーを見過ぎで、俺の感覚がおかしくなっている可能性もなきにしもあらずだしな。

 悪意に慣れすぎていたのかもしれない。

 俺が「こんな程度でも傷ついてしまうのか」とちょっとだけ驚いたのは、内緒にしておく。

 感じる痛みは人それぞれだもんな。

 アマリは繊細なのだから、そのくらい傷ついていても仕方ない。

 

「う、うん。わかった。えっと……織星くんとは今のところなにもないこと。じゃなくて、最初は織星くんとの関係についてのコメントが目立ちます……からの、織星くんとは今のところ連絡先を交換したのみで、仕事の同僚、みたいな感じ……的な?」

「そうだな」

「……ねぇ、お兄ちゃんはこういうコメントを流してる人たちはどんな気持ちでやってるのかな……」

「は?」

 

 心の底から「は?」って聞き返しちゃった。

 アマリ、なんでそんなことを。

 まさか、言葉が通じる生き物だと思っているのか?

 ……聖女か? 心が清らかすぎてびっくりしたわ。

 

「えーと、うーん、そうだなぁ……ネットという匿名性の高い場所ならなに言ってもいいと思ってるんじゃないかな。……実はさ、俺マザーテレサの言葉が結構好きなんだけどさ」

「うん?」

 

『思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから』

『言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから』

『行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから』

『習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから』

『性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから』

 

 ――っていうやつ。

 俺はこれ、ネット社会においてとても重要だと思っている。

 一部で『ネット初心者は三年ROMロムれ』ってのも、この言葉を体現しているのではないか?

 様々な思想の飛び交うネット社会において、三年ROMってどういう思考の人がいるのかを観察し、客観的に見られるようになること。

 匿名性が高いからと好き放題している人間もいれば、匿名性の高い場所でも他者に対して礼儀正しく振る舞う人間もいる。

 自分がどっち側になりたいのかをゆっくり吟味する時間というのは大切だ。

 それこそが『思考』。

 ROMったあと、いざそのネットの中で発言するようになった時、三年のROM時間の中で培ったものが現れる。

 それが『言葉』。

 言葉は誰かに届けるものして発せられる。

 わかりやすく、ライバーに対しての対応が投げかける言葉で人間性が現れるよな。

 そして今回のような、相手に『悪意がある』と、受け取られる『行動』に繋がる場合。

 初めてのやつもいるかもしれないが、そういう自分本位に育ったリスナーは他のライバーのところでも同じように暴れるだろう。

 そう、『習慣』だ。

 繰り返されていく悪質行為を改善できず、自分が正しいと凝り固まった思考、性格、行動、習慣は……ネットの中だけではなくなる。

 もう、現実でもそういう『性格』になるのだ。

 ネット内だけでなく、現実でもそんな『性格』の人間がどうなるか、なんて……考えるまでもないだろう。


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