第37話 成長を感じる

 

「悪いんだけど、今日のスタジオの予約は十四時までなんだよ」

「このあとは予約入ってるんすか?」

「織星と明星がボイス収録予定だ。お前がゲストの収録は来週」

「えーーー! ゲームしたいっすよー!」

 

 こ、こいつ。

 配信でゲームがまだできないからって……。

 

「明日初配信なんですよね?」

「そうっす! 松永ナカマルっす! よろしくお願いしまっす!」

「初配信、何時からなんですか?」

「十二時からっす!」

「じゃあ、昼過ぎにオレとコラボします? オレも少しならゲームするんで。えーと、FPSでよければ、ちょっとくらいなら」

「マジっすか!?」

 

 そう言い出したのは唄貝だ。

 確かに唄貝も歌中心だがゲームもやる。

 しかも、結構上手い。

 

「やりたいっすやりたいっす! ゲームなんでもいいっす!」

「じゃあ、十三時からやりましょ。ディスコのID教えてもらってもいいですか?」

「もちろんっす、もちろんっすー!」

 

 優しい。唄貝。

 感心していると、織星も「じゃあ俺も!」と挙手した。

 

「マジすか! 助かるっす! ゲームなんでもいいんで、なんでも誘ってほしいっす! 人とゲームやるの大好きなんっすよー!」

「わかるー! 人とゲームするのすごく楽しいですよね!」

 

 ワイワイ、とやりたいゲームの話で盛り上がり始めた男ども。

 明星が若干困っている。

 溜息を吐いて、話が盛り上がっている三人の肩を押す。

 

「ほらほら、明星と織星はこのままここでボイス収録なんだからコラボの話は事務所の控え室にでも行ってやれよ。あそこなら自販機もあるしさ」

「そうっすね! 唄貝さん、やるゲーム決めましょ!」

「はーい。織星さん、明星さん、今日はありがとうございました。占いの方はご予約お待ちしております」

「「あ、は、は、はい」」

 

 と、思わず声が重なる俺と明星。

 思わず顔を見合わせてしまう。

 視線が合って、なんとも言えない気持ちになる。

 気持ち、唄貝の表情がニヨニヨしているような――。

 

「唄貝さん、まだいらっしゃいますか?」

「金谷さん? はい」

「あー、よかった! 唄貝さんにプロモーションの案件ですよ!」

「えっ」

 

 今日の収録スタジオは賑やかすぎるだろ。

 入ってきたのは金谷と小池。

 小池はドヤ顔で「やったぜ!」って親指立ててる。

 

「唄貝さんがショートでオリ曲出していたでしょう? あれをWEB広告動画に使用したいとのことです。もちろん唄貝さんに歌っていただいて、とのことで!」

「ほ、本当ですか……!」

「はい! 『Starsスターズ』のお二人にも案件来てます! 別々ですけど……収録後にお話ししたいので、収録が終わりましたら事務所に寄っていただけますか?」

「はい!」

「は、はい!」

 

 おおー! なんと!

 うちみたいな弱小事務所に企業からの案件だってぇー!?

 マジか! 今まで茉莉花と夜凪に小さな案件くらいだったのに。

 いや、まあ、正直今回もそんなデカそうな案件には見えないけど。

 いやいや、案件ってだけでありがてぇよ。

 

「唄貝さんの案件は本当デカいですよ! 大手企業の化粧品メーカーからのものです。担当者さんが占い番組をすごく好きっておっしゃってました」

「え、あ、マジすか」

 

 と、金谷と小池が低姿勢で「どうぞどうぞ」「こちらです」とゴマスリ。きも。

 どうやら今回はかなりいいキャッシュらしい。

 

「唄貝も作曲するんだなぁ」

「曲は多分、私が作ったやつ……じゃないかな。前にショート用のを頼まれたので……」

「そうなの?」

「作ったっていうか、演奏? 演奏は私が……」

 

 ああ、そういえば明星は演奏もできたっけ。

 楽譜を手渡されて、演奏収録して手渡したらしい。

 ショート一本作るのに、作曲して演奏して歌を収録してミックスしてLive2Dで録画して編集して……本当に大変だよなぁ。

 でも、こうしてそれが案件に繋がったのならその努力も報われるってもんだよ。

 よかったな、唄貝。

 

「じゃあ案件の時も演奏は明星がやることになるのかもな。すごいなぁ。明星にも案件来ているって言ってたし、本当によかったな!」

「っ、あ……は、はい。頑張ります……!」

 

 本当に嬉しそうに笑って、見上げられて、ちょっと俺も嬉しくなってしまった。

 社会に一度見放されたような存在が、努力の末に社会に認められたみたいで嬉しくなるんだ。

 脱落者も、社会に適合できなくても、なにか形を変えれば十分人を楽しませたり人の助けになる。

 こういう時、Vtuber事務所にいられてよかったなって思う。

 

「さて、んじゃ、ボイス収録の方やるか!」

「「はい!」」

 

 ちなみに、ボイスはライバーたちからお題となるテーマを募集する。

 シナリオも本人たちで用意してもらう。

 アマリは自分で執筆したりしているし、苦手なら外注してもいい。

 大手のように頻繁に販売はできないが、織星はボイス出した途端にすげぇことになりました。売り上げがね。

 ボイスは手数料分を引いた金額をライバーに振り込むので、どえれぇことになってるぜ。

 今までこんなに売り上げがあったこたとないから、初めて売上表見せてもらった時はビビったわ。

 男性ライバーの人気舐めてましたね。

 まあ、それ抜きにしても織星は声がいい。

 ジムで働いているから体も鍛えているし、その体から出される声は低音も高音もバランスよく出る。

 演技も上手く、リアルでも顔もいい。

 リアルにこんな完璧なイケメンいるんだなぁ、と思っていたら、コミュ力も高い。

 ……改めて、こいつなんでVtuberやってるんだ?


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