第35話 変化

 

 なんて考えていた時期が俺にもありました。

 翌日出社した俺は、いつも通りに仕事を始めた。

 最近はやることも増えてきたから、休みの次の日は仕事が溜まっていることが多い。

 間もなく今月のデビューライバー、松永ナカマルがデビューする。

 明日、だっけ。

 松永ナカマルはゲーム実況ライバー。

 やっている内容はアマリと被りそうだが、FPSはプロレベルと自称していた。

 また、長時間配信を好むと申しており金谷は「健康が心配」とデビュー前からマネージャーに健康を心配されている。

 話してみるとかなり天然……というか世間知らず感がすごい。

 アマリも引きこもりで世間知らず感を醸し出しているのだが、彼の場合ゲーム中毒気味で高校をゲームのしすぎで中退したらしい。

 はい、ヤベェやつだわ。

 茉莉花と唄貝、『Starsスターズ』の専門番組に出演予定で、今日はデビュー前日の準備に追われているが明後日収録の予定である。

 で、今日は『スターズ・バトル!』の収録日。

 ゲストは唄貝カイン。

 そろそろスタジオ入りしている頃かな、と立ち上がって収録スタジオに向かう。

 

「おはよーございまーす」

「おはよう、唄貝。スターズの二人は?」

「わからないです。スタジオかもです」

「そっか」

「昨日のスターズさんと先輩たちと外部コラボ面白かったですね」

「唄貝も見てたのか」

「はい。自分、夜凪先輩のファンだったので……夜凪先輩の新しい一面見れてめっちゃよかったです。茉莉花先輩も超可愛かったですよね」

「ま――」

 

 茉莉花が、可愛い?

 あいつは『美人』のイメージ。

 だが、昨日のパーティーゲームのプレイでテンパるところはこれまでのイメージを覆す“可愛い”だったらしい。

 俺が目を丸くしているので、唄貝も「え?」という顔をする。

 

「あ――いや、ごめん。茉莉花は美人のイメージで、可愛いって言われてびっくりした」

「あー、茉莉花先輩マジ美人ですしね。でも、昨日の配信は可愛かったっすよ。――え?」

 

 スタジオのドアを開けると、唄貝が驚いた顔をした。

 ドアを開けて唄貝の方を振り返って先に入れてやろうとしたから室内はまだ見てなかったんだよね。

 俺も唄貝の驚いた視線の先を見る。

 そこにいたのは黒いロングヘアの姫カットの美少女。

 ピンクとブラウンのナチュラルなメイクとナチュラル系のスタイル。

 パッチリとした目と、目を引く赤い口紅の引かれた唇。

 え、美女。

 

「おはよーございまーす!」

「うわあああっ! ……お、織星……? え? じゃあ、こちらは……」

 

 と、思わず手のひらを黒髪の美人に向ける。

 織星がここにいて、これから唄貝をゲストに『スターズ・バトル!』のゲームバトル収録日。

 つまりここにいるのは、織星と――明星のはず、なのだ。

 

「あ、ですよね。いきなりイメチェンしてびっくりしましたよね! ヒナタです!」

「やっぱり!? 本当急にイメチェンしたな!? びっくりしたよ!」

「あー……」

 

 織星の説明に、予想通りの人物で俺は目を見開いて大声を出してしまった。

 だって仕方ないじゃないか。

 あんなシルバアクセ、ピアスジャラジャラの髪色三色ビジュアル系がナチュラル姫系になってるんだから。

 しかも、短い髪がロングになってる。

 さすがに急にこんなに髪が伸びるわけがないから、多分ウィッグだろうけれど。

 驚く俺とは違い、唄貝は「似合ってますよ、ね? 椎名さん」と話を振ってくる。

 

「え!? あ、あ、あぁ! 似合ってるよ!」

 

 これがどういう傾向なのかわからないけれど、どんな変化だとしても褒めてやる方がいいよな。

 と、思ったので咄嗟にうんうん、と全力で乗っかっておく。

 

「ほ、本当ですか? よ、よかった。椎名さんがどういうタイプが好きなのかわからないから……甘梨さんと系統寄せてみようかなって」

「へ、ぇ、あ!?」

 

 なんて?

 思わずキョロキョロしてしまう。

 どういう意味だ、どういうことだ!?

 目が合った唄貝に、親指を立てられた。

 違う、そうじゃない。どういう意味だその親指。

 

「あの、でも、椎名さん好みってどういう感じなのか、色々教えてほしいです……」

「え、あ、え? いや、でも、は? え? いや、ええと?」

 

 俺今なにが起こってるの?

 あたふたしている俺には織星の半笑いな顔も唄貝の謎に満ちたドヤ顔も、意味がわからない。

 

「姉ちゃん、椎名さんのこと好きみたいなので、姉ちゃんのこと女性に見えたらどうぞよろしくお願いします!」

「な――なに言ってんだお前ぇ!?」

「なに言ってんのお前!」

 

 ベシッと織星の背中を殴る明星。

 その顔は真っ赤だ。

 全身から脂汗が溢れる。

 

「……え? あ、あの、え? まさか、あ、あ、明星が言ってたの……あれ、まさか、本気……?」

「っ……!」

 

 まさか、とまた口から漏れる。

 俺の発言に明星が顔をますます赤くした。

 顔をスッと背けられて、耳まで赤くて、明星のあの日の言葉……告白が、である、と?

 

「そんっ……」

「へ、返事はすぐじゃなくて大丈夫です! あのあの、私もその、女の格好とかするの十年ぶりぐらいだし! だから自信ないし! じ、自信ないから椎名さんの好みとかに合わせていけたらなって思ってて!」

「っっっ!」

 

 あわあわと両手を振る明星。

 言われたことに、頭をぶん殴られたようだ。

 マジか、マジなのか? マジで……。


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