第22話 初コラボ 1

 

 俺は普通に出社である。

 そろそろ休みが欲しい、と思いながらも仕事が楽しい。

 後片付けはアマリに頼んで、二駅隣のビルに出社した。

 デスクを片付け、パソコンを開く。

 ヘッドフォンをつけて、文字入れのセリフと音声の最終確認。

 それが終わってから、パソコンの下にある時計を確認すると九時になる。

 編集を終わらせてWordを開いて、ついでにアマリのチャンネルを確認するとちょうど茉莉花とアマリのコラボが始まったところだった。

 アマリと茉莉花、双方枠を取って配信している。

 簡単な自己紹介から始まり、やや緊張気味な甘梨リンは茉莉花のリスナーにかなりぺこぺこしていた。

 その謙虚な姿に、茉莉花の枠のリスナーからは好感触のコメントが流れていく。

 アマリの枠の方は「茉莉花美人」「茉莉花様きた」「お姉様感つよつよ」など、やはり茉莉花を知ってるリスナーが多いみたいだ。

 二人の話題は早速、コラボを誘ったのは茉莉花で、自分のマネージャーが甘梨のプロデューサーでもある、なんて言い出した。

 俺、プロデューサーにされてしまった。

 あながち間違ってない、のか?

 

『だから甘梨さんのことは妹みたいに感じるの。なんでも相談してほしいわ〜』

 

 と、茉莉花がフリを投げる。

 アマリはおずおず『あの、それじゃあ相談したいことがあるんです』と切り出した。

 打ち合わせしておいたであろう、スムーズな流れ。

 

『なになに? なんでも聞いて?』

『実は、デビュー当時から私の話題を配信の度にしてくれているライバーさんがいるんです』

 

 アマリが切り出すと、チャット欄がものすごい速さで流れ始めた。

 それはもう「まさか!」「あの人ですね!」「知ってる」「むしろあの人の配信からきてる」「もしや」「キターーー!?」「きちゃー!」「織星くん!」と、中には名前まで出しちゃってる人までいる。

 ライバー本人が名前を出してない場合は、ギリギリ鳩になりかねないので注意してくれぇ。

 

『それってもしかして織星くん?』

『茉莉花さんも知ってました?』

『何回か配信見たことあるもの。熱烈だったわね』

『は、はい。でも、こういうのってその……お兄ちゃんにも相談したんですけど、エンターテイメントとして取り扱われていることはいいのかな、とか、ちょっと考えちゃって』

『そうねぇ、確かに真剣に交際してほしい、って言い寄られてる方としては、複雑よね』

 

 あえて甘梨リンとして、茉莉花という女性の先輩ライバーに相談するというテイ。

 ただ、俺の質問にアマリは「別に気にならない」と答えている。

 だがそれは俺がアマリの兄で、Vtuber事務所スタッフという立場もあってのことで「そういうものか」と思った可能性もあるのだ。

 他の大人、同性の意見も聞いてみるのは必要だと思う。

 

『私自身はあまり、気にしたことないんですけど……兄はその辺が少し気になったみたいなんです。茉莉花さんは、どう思いますか?』

『そうねぇ……わたしはぶっちゃけ――嫌、かなぁ』

『嫌、なんですか』

『そう。本気なら、わたしにだけ向き合ってほしい。リスナーの意見はアクティブユーザーの中でもコメントを残してくれる人の意見しか、わたしたちの目には映らないでしょう? でもね、配信を見ている人はその倍以上。アーカイブで見てくれる人はもっと多いし、そういう恋愛リアリティって他の動画番組とかでもあるじゃない。ああいうのって、結局のところ台本があるのよね。大きな流れというか、プロデューサーが仕込みをどうしたってやってる。そういうのと同じような目で見られるような気がするのよ』

『あ……』

 

 茉莉花の意見に、アマリは今気づいたようだ。

 確かに、テレビ番組や動画サービスなどでも恋愛リアリティ番組を取り扱う。

 織星と甘梨リンのやりとりはワイチューブのVtuber業界で、初の『恋愛リアリティ』といえる。

 リスナーたちも、ある意味そういう『新しい恋愛リアリティ番組』の感覚で観ているのだろう。

 織星にその意識はないのかもしれない。

 恋愛をエンターテイメントとするのだから、どうしてもそうなるのだが。

 

『そこまで考えたことなかったです……』

『あ、困らせたらごめんね。ただ、真剣に交際を考えてるのならこのままでどうなのかなって疑問に思っただけなの。甘梨さんが気にならないのなら、いいと思うわよ?』

 

 しかし、リスナーのコメントも「ぶっちゃけそうだと思ってた」「それは考えてなかった」「恋愛リアリティっぽいよね」「ガチなん?」「織星応援してた」「考えてなかったんかいー」「茉莉花姐さんよう言った」などやはりいつものアマリや織星のところとは質が違うものが流れていく。

 盛り上がる織星の配信を見ている時とは違う。

 第三者の意見のようだ。

 

『ただわたしは――わたしは、ね? 本当に好きな人には、わたしだけを見てほしいの。みんながいる前で恋愛の話をするほど、若くないっていうのもあるかもしれないけどね。織星くんが恋愛相談をリスナーにするのも、悪いとは言わないわ。本人たちが納得済みなら別にいいと思う。嫌って思うのはわたしの意見だから』

『は、はい』

『それに嫌な理由はもう一つあって、どっちかっていうとこっちの方が理由としては大きいかしら』

『え、なんですか?』

 

 なんだろう?

 俺もチラリとモニターの方を見てしまう。



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