第15話 織星ハルト、デビュー 2

 

 慌てて画面を指差すと、すぐに段取りを思い出した織星が「あ、まずは俺のプロフィールだった!」とあせあせし始まる。

 やばい、チャット欄が「天然か」「草」「落ち着け」「大丈夫だよ」「深呼吸しとく?」「残念なイケメンキタコレ」「一旦水飲め」「まだ声デカくて草」「うるせぇwww」「スタッフさん頑張れ」と

 もおおおおおお……!

 

「俺のプロフィールです! 身長189センチ、体重は92キロ! 相方には『筋肉だるま』って言われるんですけど、さすがに酷いと思いません? 好きな食べ物は鶏肉とプロテイン! あ、でもマッチョの別に大会とかには出てないです。体を動かすのが好きなんですよね! 声量大きいから気をつけてます!!」

 

 全然気をつけてなくて草。

 俺の鼓膜もそろそろ限界を感じているよ。

 イヤホンつけてこの配信見てるリスナー、お前らの鼓膜なことは忘れないよ……。

 

「嫌いな食べ物は特になし! 配信タグは『#織星応援中』、ファンアートタグは『#織星絵』、サムネイラストは『#織星サムネ』でお願いします! えっと、そしてこれからやりたいことは歌です! さっきも言った気がしますけど」

 

 うんうん、鼓膜殺しにくる歌手の声量だよ、まったく。

 歌みたは聴いたことあるけど確かにめちゃくちゃ上手かったしな。

 

「あと、先輩の甘梨リンさんに連絡先を交換してほしいです!」

「「!?」」

 

 は?

 思わず満面の笑みを浮かべた織星。

 チャット欄も「は?」「え?」「どゆこと?」「甘梨ちゃん!?」「連絡先交換!?」「kwsk」「!?」と一気に流れが速くなる。

 それはそう。

 ライバー同士の絡みは「てぇてぇ」とされて好まれるが、男女の仲となると事情が変わる。

 男女のライバーはガチ恋勢がどうしても現れてしまう。

 そういうやつらはアンチに反転しやすいし、ひどくなればチャット欄荒らしや誹謗中傷を繰り返すようになる。

 もちろん最近はそういうやつを起訴することも簡単になったけれど。

 

「俺、事務所で甘梨先輩に会った時めっちゃくっちゃ可愛くって! 一目惚れしちゃったんだよ! ホンット青天の霹靂っていうの? この世界にこんな可愛い人いるの? ってなって! 結婚を前提に恋人になってくださいって頼んじゃった! でもさすがにすごくびっくりされちゃってさ、ヒナタにもスタッフさんにもマネージャーさんにも怒られちゃって」

 

 お、おいおいおいおいおいおいマジかコイツ……!

 初配信内容、提出内容と変えてきやがった!

 しかも、アマリに一目惚れした話を配信でする、だと!?

 思わず金谷を振り返ると、金谷も口を開けたままブンブン首を横に振る。

 金谷も聞いてなかったのか。

 コイツー!

 

「確かにいきなりあんなこと言って、びっくりさせて申し訳なかったなって思うんだけど、どうしても諦められそうにないんだ。どうしても甘梨先輩と結婚したい! だからみんなに色々相談に乗ってほしいんだ。甘梨先輩に鳩行為してほしいとかじゃないよ? でも俺の好きな人はみんなに知っててほしいんだ。それでやっぱり恋愛に詳しい人とかにアドバイスしてほしい! 甘梨先輩の配信は、俺もここ一ヶ月欠かさずリアタイしてるんだけどさ……同じ事務所でもやっぱり知り合って一年も経ってないし、初対面がそんな感じですごく警戒されちゃってるから、まずは警戒を解くところだと思うんだけど……スタッフさんにもわかりやすくガードされちゃってて……俺、ちゃんと順序を守って仲良くしたいと思うんだけど、ここからどうしたらいいかな?」

 

 血の気の引く思いをしながらチャット欄を見ると、「甘梨ちゃん可愛いのわかる」「スタッフさんにまで警戒されてるの草」「初手の敗北」「まさかの後輩がガチ恋勢」「草」「ガチで言ってる?」「営業じゃないの?」「マ????」と、リスナーからも困惑がうかがえる。

 まあ、それは本当にそう。

 

「営業じゃなくてマジマジ! 本当に好きになったの! ガチ恋っていうの? そう!」

 

 断言しやがったぁ〜〜〜〜〜!

 

「いや、まあ、結婚はやっぱりいきなり重すぎなのかな? とりあえず目下の目標はお付き合いかな? いや、まずは連絡先交換を目標にすべきだよね。ヒナタにもさ、『いきなりあんなこと言って、普通に不審者でキモい』って言われてさ。ね、ね、どうしたらいいかな?」

 

 本気のトーンに、リスナーたちもだんだん「時間を置くしかないんじゃない?」「相方辛辣で草」「相方ど正論やん」「草」「ガチ?」「不審者草」「不審者www」「やべー奴認定されてるの笑」と、受け入れ始めている。

 こういう売り方だと思われているのかもしれない。

 弱小事務所の箱内で、デビューしたばかりの二人なのでガチ恋勢もそれほど熱を上げる前だから可能な売り出し方――とか?

 イケるのか? これ。マジ?

 

「やっぱり時間を置くしかないのか〜。一応ね、出会って半年くらい経つんだ。それで、今日の初配信に集中してたんだけどさ、一ヶ月前に甘梨先輩がデビューしてから、配信ずっとみてたらやっぱりめっちゃ好き! ってなっちゃって。やっぱり絶対諦めきれないよってなっちゃって。どうしたら仲良くなれるだろう〜って!」

 

 声がでかい。

 しかし、柔らかい、誠実そうな美声にリスナーたちもだんだん「ガチなんだ」「甘梨ちゃんかわいいからな」「ガチ恋勢ライバー初めてみた」「ハルトくんイケメンだから迫れば一発じゃない?」「不審者認定されてるんじゃ難しいかも」「がんばれ」「ライバルじゃん」「甘梨先輩知らなかった、あとで見てみる」「応援するわ」――と、なっていく。

 マ、マ、マ、マジか!?

 

「あ、時間やばい! 今度ゆっくり雑談枠取るから、恋愛相談乗ってね! それじゃあ、そろそろ歌います!」

 

 織星が宣言して、前奏が始まる。

 あまりのジェットコースター配信にリスナーは「!?」「突然の歌!?」「ありがたいけど今!?」とまた困惑し始めた。

 思わず金谷を振り返る。

 アイコンタクトして、頷きあう。

 

 とんでもねぇ新人来たわ。これ。


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