第7話 推しと出会う 1
「演技はやったことないんですよね」
「はい」
「大丈夫です、色々相談してくださいね」
と、言って金谷がソファーから立ち上がる。
八潮はこのあと面接があるとかでこのまま応接室に残って、自販機からお茶を買い直していた。
アマリに付き添う形で俺も収録スタジオに向かおうとした時だ。
前方から背の高い男と、頭ひとつ分その男よりも低い小柄な男が歩いて来た。
派手な赤い髪と緑色のメッシュを入れて、カラーコンタクトで目が大きくなっている背の高い男。
なんだあの大男は。
顔が良すぎないか?
リアルであんなイケメン存在していいのか?
背が高く、顔がよく、派手なメッシュに違和感がない。
小柄な法はもっと派手で、黒髪に赤、青、緑、ピンク、黄色のメッシュが入っている。
耳にもピアスが大量で、アマリだけでなく俺も一瞬固まった。
「あ、金谷さん! 収録終わりました!」
「おー、
「初めまして! 織星ハルトです! 特技は歌と筋トレ! 二十歳です!」
は? 声までいいんだが?
しかも快活な挨拶。
初手好感度が高すぎる。
なんだこのいい男は、Vtuber……だというのか?
マジで言ってる?
「あー、初めまして。椎名です。茉莉花のマネージャーとスタジオ収録の手伝い、番組スタッフや機材関係、画像編集なんかやってます」
「よろしくお願いします!」
うわ、スッゲ……。
社会不適合者七割と言っても過言ではないVtuber業界で、こんなコミュ強の中身茉莉花以外で初めて見たかもしれん。
っていうか、マジで背高いな。
190近くないか? こいつ。
しかも顔がいい。マジでいい。
茉莉花で美人にはそれなりに耐性が高いと思っていたのだが、男の美形には耐性がなかったらしい。
ぐぅ、この顔と声で名前を呼ばれたらスパチャ投げたくなるな!?
とんでもない逸材見つけてきたな、うちの事務所。
で、後ろの男を見るとこちらは安心と信頼の社会不適合者感。
まあ、うちの妹もそう言ってしまえば社会不適合者なので彼をどうこう言える立場ではないんだが。
見た目が毒々しすぎて話ができるのか不安だ。
「ヒナタ、ほらちゃんと挨拶して」
「あ、う……わ、わかってる。……えっと、明星ヒナタです。二十歳。特技は作詞と作曲とMIX……ギターとベースも弾けます……あと、その……イラストと小説とかも描きます……」
「え! すごいですね!」
とても“明星”っぽくない容姿と低めの声から放たれた特技の数々に思わず食いついてしまった。
なんだそりゃ、超人か!?
そんな人材がよくうちみたいな雑魚事務所に来てくれたな!?
「だろ? すごいだろ? 俺の大学の後輩なんだよ」
「いや、本当にすごいよ! たとえ“広く浅く”だとしても、どれもなかなかやろうと思ってできることじゃない! デビュー楽しみにしていますね!」
「っ……」
最初は怖い印象だったが、彼の特技の数々には俺もすっかり尊敬の眼差しと念を送らせていただいた。
俺だって色々勉強しているが、どれも中途半端。
いや、まあもちろん作詞作曲とMIXができるって点でもー、お手伝いしていただけないだろうか、という下心丸出しである。
だって外注するより安く済ませられそうで……ゲフゲフ。
「あ! アマリも自己紹介しておきなよ。先輩か後輩になる人たちだし」
「……う、あ……は、はじめ、まして……えっと……」
「甘梨リンといいます。この子も今度デビュー予定で、まだ明確なデビュー日は決まってないんですけど」
「それなんだけどボイスの収録と歌みたが完成したらすぐにでもデビューできそうだし、二ヶ月後デビューを目指してみたらどうかな? グッズも一ヶ月後には届くだろう? 一応余裕を持ってそのくらいがいいと思うけど」
「そうだな。それなら茉莉花とのラジオコラボも先に収録しておけば……」
「可愛い……」
ん?
呟くような声に、顔を上げる。
見下ろしていた織星の瞳が、やたらとキラキラ輝いているような?
その視線は、アマリに向けられているような?
「か、可愛い! すごく可愛いですね、甘梨さん! あ、俺織星ハルトと申します! ぜひお友達になってください! っていうか、もっと仲良くなったら結婚を前提に恋人になってください!」
なんて?
「え? えっ、え? え、あ、え?」
そりゃあアマリも大混乱。
ちらりと後ろのアマリを見ると、八潮と金谷に顔を覚えてもらうためにマスクを外している。
そんなアマリの顔を見た織星は、「一目惚れです!」と言い放つ。
そんなことある?
俺もアマリも頭真っ白状態で固まっていると、金谷と明星が慌てて織星を引き離す。
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