第3話 来世ショッピング

 「ん?ここはどこだ?」


長谷川文雄、32歳独身、職業大工。彼は気がつくと真っ白な空間にいた。


 ある日、いつものように作業をしていると

「危ねぇっ」と親方の大きな怒声が聞こえた。それとほぼ同時に、今まで経験したことのないくらいの衝撃を頭に受けた。そして目を開けたら、今の空間にいるという訳である。


「あぁ。俺の人生32歳で終わっちまったのか。何だ?じゃあここは天国か?真っ白だもんな。死んだら地獄行きかと思ってたが、まぁ良しとするか」


 しばらく歩くと商店街のようなものが見えてきた。歩いている人や犬、猫などの動物もいる。自分と同じように死んだ生き物がここへ集まるのだろうか。近づいてみると、思っていた商店街とは少し違っていた。店の中に商品がない。長谷川は1番手前のお店を見てみることにした。


「いらっしゃいませ」


奥から店員が出てきた。見た目は若く、まだ20代前半のようにも見える、細身の可愛らしい女性だ。


「えぇと…」


のぞいてみたものの、何て聞いたらよいか分からなかった。長谷川がしどろもどろになっていると店員が教えてくれた。


「あっ、この商店街は初めてですね。大丈夫ですよ。うちのお店、商店街の1番最初にあるので、何も分からない方がよく来るんですよ」


女性はにっこりと笑顔で長谷川に話しはじめた。


「この場所では、皆様が亡くなった時点での貯金額に応じて、来世で自分がなりたい条件を選んでいただきます。いわば、ショッピングのようなものです。何を組み合わせるかは皆様個人の自由です。さっそく選んでみますか?」


長谷川はタブレットを手渡された。画面には「なりたい姿」と書かれている。画面をタッチするとたくさんの動物の写真が出てきたら。


「人、鳥、猫、犬…色々あるんだな。…苔?海藻??こんなのもあるのか?」


「はい、地球上の全ての生物を選択できるようになっています。ただ、1番右上に書かれている数字があなた様の全財産で、その範囲内での選択しかできません」


「というと、俺は5,003,582だから、この金額以内で選択しなきゃならないんだな?人は3,000,000だから…えっこんなにするんだ?…シカは45,000,000??」


「はい。この数字はリピート率を元に変動します。数字が大きいからと言って、生まれ変わったら幸せになれるとは限りません。数字が小さい生物であっても、満足度が高い方々はたくさんいらっしゃいます」


「なるほど。じゃあ、俺がもしまた人を選んだとして、残りの俺の手持ちはどうなるんだ?」


「他の場所で他の物を選択できます」


「他の物?」


「はい。色々ありますよ。生まれる地域や職業、家族構成、見た目、体質、頭脳、性格など選ぶことが可能です」


「そんなにあるんだな。…そもそも自分の持ち手が足りなかったらどうするんだよ」


「ご自身で選択しなかった部分についてはランダムです。はどうしても欲しい選択肢があるのなら、来世で借りを作って選択することも可能です。大概の方はそうしているので、だからこそ人生山あり谷ありなのです。ただ注意したいのが、前借りは自分の持ち手の半分の数字までに収めること。そうでないと来世がものすごく辛くなります」


「なるほどな。まぁ、俺はまた人間が良いから、とりあえず人間を選択させてくれないか」


「分かりました。では、人間をタッチしてもらって良いでしょうか?」


長谷川が人間をタッチすると、チェックマークがつき、右上の手持ちの数字の横に人間のマークが追加された。そして手持ちの数字が2,003,582に変わった。


「では、他のお店も同じ仕組みですので、お好きな所に行ってみてください。このデータは全てのお店で反映されますのでご安心を」


「お姉さん、ありがとな。じゃあ、次の所に行ってみるわ」


長谷川は女性にお礼を言うと、お店を出た。

商店街を見渡すと、結構な数のお店がある。

きっと自分の手持ちでは好きな物全てを選択することはできないので、行き当たりばったりでお店に入ってみることにした。


お次のお店はレトロな雰囲気の、すぐ向かいのお店。入ってみるとおばあさんが椅子に座って待機していた。


「いらっしゃい」


「おばあさん、ここは何が選べるの?」


「うちはね、『最後』が選べるよ。見ていくかい?」


「最後って?死に方ってこと?俺は現場で頭やられて死んでるからなぁ…」


見てみると、様々な最後が載っていた。家族に看取られながら大往生、眠るように寿命を終える、様々な事故死、病死、どれも結局は死についてなのでうんざりしてくるが、生き物である以上仕方がない。


「俺は独身だったし、今度は家族に看取られて大往生が良いなぁ。でも5,000,000か…」


長谷川の持ち手の残りは2,003,582、前借りも怖いので諦めようとすると、おばあさんが声をかけた。


「大往生ではないけど、家族に看取られるだけなら800,000だよ」


「ん〜、悩むなぁ。何が原因で死ぬかは分からないんだ?」


「そうだね。病気か事故か寿命かそれはランダムになっちゃうね。ただ、家族に看取ってもらえるだけだね」


「ちなみに、家族って誰だ?両親?お嫁さんと子供?それとも孫?」


「それはね、家族構成のお店に行って選択すれば自分の希望通りになるよ。選択しない場合はランダムになるよ」


「なるほどな。1人で急に死ぬよりはマシかもな。やっぱり来世は家族にそぼにいて欲しいよなぁ。おばあさん、これでお願いします」


長谷川の手持ちは1,203,582になった。


次に入ったお店は、出生国が選べるお店だった。


「フランス、アメリカ、モロッコ、コスタリカ、フィンランド…すごいな全部の国があるのか。ん〜迷うなぁ、でもどこで生まれても同じか?やっぱり中身が重要かなぁ。他を見てみよう」


次は性別と容姿が選べるお店。手渡されたタブレットを見ると女性と男性の選択肢があった。


「なるほど。性別から選ぶのか。女性も捨てがたいけど、やっぱりまた男性かな。父親になってみたかったんだよな」


長谷川は男性の枠をタッチした。すると、可愛い系、渋い系、塩顔、童顔、世界的なイケメン、学校でモテるイケメンなど、ツッコミを入れたくなるような選択肢も出てきた。興味本位で色々見ていると、気になる物が出てきた。


「職場で1番人気の女性と結婚できるイケメン???なんかものすごくお得じゃないか?

けど1,200,000か。ほぼ手持ちが無くなるのか…」


もしこれを選ぶと3,582しか残らない。今までの金額が大きかったのもあるが、果たして少額で選べる物は他にあるのだろうか。そこで長谷川は店員に質問した。


「すみません、もし仮に、3,582を手元に残したまま来世に行くとどうなりますか?」


丸眼鏡が良く似合う賢そうな若い男性店員は、にやりと笑うとこう答えた。


「その分、来世で良いことがあります。どんなものかは来世になってみないと分かりません。大きな良いことが1つだけかもしれませんし、小さな良いことが複数あるかもしれませんし。残高が多いほど、良いことの度合いも大きいのは確かなのですが、調査は不可能なので詳しいデータはありません」


長谷川はしばらく考えると、店員に宣言するように伝えた。


「よし。決めました。俺は来世で『職場で1番人気の女性と結婚できるイケメン』になります!!!」


「承知いたしました」


店員は静かに微笑んだ。


 長谷川は商店街の終わりに向かっていた。もう残りの持ち手も少なく、他に目移りをしてしまってはいけないので、お店に立ち寄らないことに決めていた。


商店街の終わりが見えてくると白い大きな扉があり、門番なのだろうか羽が生えた人のような者が2人立っていた。


「来世に行きますか?こちらがその扉になります」


長谷川は大きな声で「はい!」と言った。


「まだ持ち手が少し残っているようですが、小さな希望でしたらまだ選択可能ですよ?」


門番は少し心配そうな顔になった。


「いえ、もう好きな選択肢を選んできたからこれで良いです。足りない分を前借りして、何か選ぶと来世が怖いですし。残りは来世のためにとっておきます」


「そうですか。それも良い選択肢ですね。では、お好きなタイミングでこのドアから出てください。来世に行けますよ。お気をつけて」


「はい」


長谷川は返事をすると、ドアの前に立った。


「俺の来世は人間で、職場で1番人気の女性と結婚できるイケメンで、最後は家族に看取ってもらえる人生なんだ。精一杯楽しむぞっ」


こうしてまた1人と、新たな命の物語が始まる。

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