世にも奇妙な短編集 『歪んだ花畑』

しょうゆ水

第1話 猫になりたい

 俺は人間の群れと猫1匹と同居している。ご主人様は人間の群れのリーダーでもあるが、基本平日は夜と早朝しか家にいない。ご主人様の代わりに、いつもニコニコ笑顔のご主人様のパートナー通称ママとその子供1人と過ごしている。


毎日朝晩、ママに散歩に連れていかれる。楽しみではあるが、正直に言うと気分によっては行きたくない時ももちろんある。けれどもママがニコニコしながら俺に紐をつけて準備をしてくるので、俺も悪い気はせずについ身体がついて行ってしまう。


だがしかし、猫は違う。基本的に家からは出ず、窓際に設置されたモコモコ素材のタワーで過ごしたり、ソファに置かれたクッションやブランケットに潜ってゴロゴロしたり、自分のペースで自由気ままに過ごしている。俺が散歩に連れ出される時も、お気に入りの場所でゴロゴロしながら俺をチラリと一目見て、また自分の世界に入っていく。俺はこれから地面を歩かなければならないというのに。日中の気温で温まりすぎた地面や真冬のキンキンに冷えた地面は、歩くのが辛い時がある。そんな時はつくづく思う、猫が羨ましいと。


 俺は頭が良いがゆえに、色々な芸を覚えさせられる。ご飯の時は毎回毎回、お手や伏せ、待て、おかわりなどをご主人様やママに毎日やらされている。最初の頃はチンプンカンプンだったが、今ではこれを言われたらこのポーズと身体が覚えてしまって咄嗟に出てしまう。2人とも俺をたくさん褒めてくれるので悪い気はしないが、猫にはさせているのを1度も見たことがないので、単純に謎である。俺にはスムーズにご飯を食べさせてくれないのかよと、不満にすら思う。俺だって、芸をしなくてもご飯を食べて良しとされてみたい。なぜ俺だけが。猫が甚だ羨ましい。


 ご主人様とママの間には子供が1人いる。3年前に仲間入りを果たした人間で、俺や猫よりも弱そうな存在だ。少し前までは見下すというより、俺が見守ってあげなければと思うほど弱そうだった。しかし、最近は耳元で大声を上げるし、俺の背中に乗ろうとするし、俺の自慢の全身の毛を掻き乱そうとするし、キャッキャキャッキャ楽しそうに力強く叩いてくる。していることは迷惑なのに、ママに似たニコニコ笑顔でちょっかいを出されるとつい許してしまう。これもまた、俺限定で猫にはそんなことはしない。何故なのだろうか、俺ばかり。


 俺には苦手なことがある。それはお風呂だ。ご主人様やママは定期的に結構な頻度で俺にシャンプーをする。始めにシャワーで、全身びちょびちょにされる。これがもう身体が重くなって仕方がない。ブルブルっと身体を振ってみるものの、びっしょり濡れた毛は重すぎてうんざりする。唯一の幸せは、自分の体臭とは違う何だか良い匂いをつけられて、全身をマッサージされているかのように揉み洗いされることだ。

気持ちよさに浸っているとまた、シャワーをかけられる。急に現実に戻される気分だ。最後の仕上げのドライヤー、これも結構嫌いである。とにかく音が怖い。目や口をしっかり閉じておかないと、暖かい風が入ってきて不快な乾きに襲われる。猫も時々この時間があるようだが、頻度は俺より遥かに少ない。猫は絶叫して暴れるからだろうか、それとも俺が汚いとでも思われているのだろうか、真相は不明だがとりあえず猫が羨ましい。


 俺は家族みんなが大好きだから、みんなの元にいる。日中はママと子供のそばに、夜はご主人様が帰ってきたら足元から離れないように過ごしている。俺のことを撫でて可愛がってくれるのだが、1つだけ不満がある。猫がみんなの元に猫自身から寄っていくと、みんなの反応がやたら大きい。俺はいつもみんなのそばに駆け寄るのに、時々気が向いた時しか寄りつこうとしない猫が来てくれた方が、みんな嬉しいのだろうか。俺はいつだってみんなのことを考えて過ごしているというのに。自由気ままに好きなように過ごしている猫の方が信頼されているのだろうか。きっとそうではないと思うのだが、俺は時々思う。猫になりたい。

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