魔女の魔性

はるまきまき

第1話 魔女の館

この国では王族や貴族、学ぶ機会が与えられない貧しい子どもさえ親に教えられることがある。

”魔女の館には近づくな”

そしてその館に今、借金で首が回らなくなった悪徳貴族の娘を貢ぎ物として捧げられようとしていた。


嵐の夜、こんな天気の中怪しげな森を一台の馬車がものすごい速さで走っている。

手綱を握る運転者に中年の男は高価そうな衣服が濡れようが汚れようが構わずに馬車の中から前のめりに運転者に指示を出す。

「早くしろ、約束の時間に間に合わん!くそっ!あの老いぼれ裏切りやがったな!」」

馬車の中では中年男ともう一人、ナイトドレスを着た美女が乗っていた。

ただならぬ雰囲気に美女が戸惑いを見せる。

「い、一体どちらへ?」

「うるさいっ!お前は黙っていろっ!」

そう言うと口元にハンカチを押し付けられ、そこからの記憶がない。




「あら、いらっしゃい。」

「や、約束だぞっ。これで、今回のことはっ、」

誰かが言い争っている声で遠退いていた意識が少しずつ戻ってくる。

目を開けると目の前にいつも見慣れている馬車の天井が映っている。。

私は、……?何でここで寝かされて……。

ボーッとする意識の中、なんとかさっきまでの出来事を思い出しながらゆっくりと起き上がる。

上体を起こすと頭がくらくらして目眩がする。

おそらく口を塞がれた時にハンカチに何か睡眠薬でも嗅がされたのだろう。

幸か不幸か話し声は馬車の扉の近くから聞こえている。

体が思うようにならないから扉に倒れるように上体を傾ける。

ここは落ち着いて状況を把握するために会話に耳を傾けた。

「用が済んだのだから私の前から今すぐ消えなさい?」

「なっ、……この魔女め。」

魔女?!昔から言い聞かされてきた馴染みのある言葉。

その魔女がこの扉を隔てた向こうにいるってこと?

恐怖より興味が勝って少しずつ自由になってきた体を動かして窓から少しだけ顔を覗かせる。


そこには美女と言われれば幼い見た目で美少女と言われれば雰囲気が妖艶すぎる人物が館の前に立っていた。

名乗られずともわかる。あの人が魔女なのだと。

目が合うとにこやかな笑みで手を振られた。

やばい!気づかれてしまった!

「っ来い!」

「いたっ!」

それに気づいた男がすぐに女を馬車から引きずり下ろし、自分の盾にするように目の前に立たせる。

近くで見る魔女は、黒髪に金色に輝く瞳、この世のものとは思えないほど綺麗な容姿をしている。その魔女がタキシードにピンヒールを違和感なく着こなし、優雅に立っている。

「は、早く金を出せ!」

「はいはい。」

女を連れてきた男は魔女からお金を受け取ると、一度も振り返らずそそくさと館を後にする。

強く引っ張られたせいで痛む腕を擦りながら遠ざかって行く馬車を唖然と見つめていると、

「レティシア・クレシェント。あなたはたった今売られたのよ。それも実の父親に。」

魔女があっさりと言い放つ。

しかしレティシアは泣き崩れるわけでもなく、暴れるでもなく、ただ立ち尽くしていた。

捨てられる。今夜馬車に乗った時どこかで察していた。

まさかそれが魔女に売られるとは思わなかったけど。

いざ現実でそうなってしまうとさすがにキツいものがある。

「少し濡れたわね、着替えを持って来させるわ。」

歯を食い縛り静かに涙するレティシアを魔女は館の中に招いた。

中に入り玄関の扉の前から頑なに動こうとしないレティシアを見て魔女が複雑そうな顔をする。

「あんな親でもあなたには情があったみたいね、可哀想な子。」

「っ!!」

「一般的な貴族というものは長いものに巻かれろだの、仲間意識があるものだけど、あなたを助けようと思った人は誰一人いなかったわ。」

「……。」

「でも、私が居てあげる。」

魔女がレティシアの首に触れると、触れた部分が光り始めた。

その輝きが落ち着いた瞬間首元に違和感が。

そこでレティシアが魔女に首輪を嵌められたのだと気づく。

「なっ、ふざけないでっ!隷属の首輪なんてまるで奴隷ですわっ!」

「あら、よく隷属の首輪ってわかったわね。」

「わかりますわよ、それくらい……」

レティシアは自分の首元に手を伸ばした。

そこには思った通りの硬くて冷たい感触が指先から伝わってくる。

今まで身に着けたどんな豪華な装飾よりも重みを感じる。

「それもそうね、あなたの家ではよく、見掛けていたでしょうから。」

「っ……」

「まさか自分がこんなことになるとは微塵も思っていなかったでしょうけど。」

「……いいえ、どうせこの首輪があろうがなかろうが、私はクレシェント家の奴隷みたいなものですわ。」

今まで怒りでメラメラと輝いていたロゼの瞳が光を失っていく。

まるで過去に囚われてしまっているように。

「可哀想な子、レティシア。」

「人に首輪をしておいて可哀想なんて一ミリも思っていないくせに!いくら何でも貴族の娘にこんなこと許されるはずないですわ!」

「元、貴族よ。今はクレシェント家から私に所有権が移った。もう奴隷なのだからクレシェントの名は名乗れないわ。まあ名乗りたい家名かは別として、ただそれだけのことよ?あなたは賢いからよくわかっているはず。」

わかってはいる。クレシェント家の長女として生まれた時から親の駒として幼い頃から上級貴族の婚約者になるために素養を身につけてきた。厳しかった両親や従者たちの子どもに課すには大きすぎるハードルを何度も叩き割るように乗り越えてきたというのに。

どこかの上級貴族の目に留まるように美貌に磨きをかけ、殿方を越えない程度にバカを演じて、笑顔を貼り付けて愛嬌よく振る舞う。

全ては親の出世のために。そうすることが娘の、女の務めだと教わってきた。

成人が近づいてきて理解が出来ないほどの年上の貴族と会食を何度もしているうちにああ、この人の側室になるんだと一ミリも動かない心で呟いていたけど。

父親が事業に失敗した上に仲間に裏切られ、今までの色々してきた悪行が暴露されて借金地獄。

決まっていただろう私の婚約も破談になり、その代わりが王国全体で恐れられている魔女の物になっただけのこと。

まるで他人事みたいにありえないことが連続して起きている現状に頭がまだ整理しきれていない。

「あの変態趣味のあるジジイより私のような美魔女に嫁げてよかったわね。」

「あ、あなたはどこまで知って、」

「ミア。ミア・フローレンスよ。あなたたちは誰も名前を呼んでくれたことはないけれど。どこまでと言われればクレシェント家のことなら全て、とでも言っておきましょうか。」

体から力が抜ける。怒りを通り越して呆れた、自分自身に。

「私にはどんな面の皮も通用しない。全てのことが私の前に差し出されるの。」

「ああ、そうですか。」

そこまで言われてしまえばレティシアは虚勢を張ることさえ諦め、開き直る。

そんな様子にミアは満足そうに微笑む。

交戦的な雰囲気が無くなったことを確認すると、

「ふふ、ニーナ入ってきて。」

「はい、ミア様。」

突然目の前に短い青髪の耳にはピアスばちばちの燕尾服を着た美少年(?)が現れる。

「女、ですよ?」

「……ぇ?」

レティシアの心の声がわかっているかのような返答だ。

ニーナもレティシアと同じ首輪をしていた。

「ニーナは私の執事よ。レティシアに着替えを。」

「こちらに用意しています。好きなものをお選び出来ます。」

「あら、聞いていたのね。じゃあ今日は好きなのに着替えてゆっくり休みなさい、自室も用意してあるから。」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ!」

自分の言いたいことだけ言うミア。

レティシアは言い返す間もなく、さっさとミアは部屋から出ていく。

そばで控えていたニーナと部屋に取り残される。

レティシアは気まずそうにしているのとは対照的にニーナは構わず自己紹介を始める。

「初めまして、ニーナです。見てわかると思いますが奴隷ですので名字はありません。ミア様の命で本日はレティシア様のお世話をさせていただきます。」

「いえ、結構です。着替えなら一人でしていましたし。」

「そうですか。それならせめてレティシア様の部屋までの案内と着替えを運ばせてください。何かしないと私がミア様に叱られてしまいます。」

「……じゃあ、お願いするわ。」

部屋に案内される間ニーナの話にただ耳を傾けているとすぐに部屋についた。

ニーナが扉を開けて中にはいるように促す。

「今は客人ですが、明日からは同じ立場になると思います。出来るだけ逃げないようにしていただけると手間が省けますのでよろしくお願いします。」

「わ、わかってるわよ。別に逃げたりなんかしないわ。」

「そうですね、もう帰るところさえないんですから。」

「……この館の人間は言いたいことだけ言って人を不快にする天才ですの。」

「それは光栄です。では風邪を引かないように着替えてからお休みください。」

「わかってますの。」

レティシアが入室したのを確認してニーナが出ていく。足音が遠くなるのを確認してから備え付けのベッドに腰掛ける。

その座り心地はクレシェント家の自室のより良く、何故か無性に虚しくなった。

この館は外観の禍々しさとは裏腹に奥に進めば進むほど綺麗で洗練されていた。

とくに魔女の館だからといって普通の貴族の屋敷と変わらない。恐ろしい実験部屋みたいなものはなさそうだし。

ずっと気を張っていたせいで体が重い。用意されている服の中から適当に選んで着替える。再びベッドに寝転がればあっという間に寝てしまった。


その頃ミアの自室では、

「あら、もう終わったの?」

「はい、筒がなく。」

「そう。あとでご褒美をあげるわ。」

「こ、光栄ですっ!」

さっきまで淡々と仕事をしていたニーナが少し頬を赤らめてソワソワしていた。



次の日の朝、いつも起きる時間より早めにニーナに起こされる。

「おはようございます、まだお嬢様気分が抜けていませんね。これからあなたが担当する仕事を教えます。」

朝が苦手なレティシアはニーナの皮肉を言い返す気力もなく、窓の外を見る。まだ日が出始めたばかりのようだ。

回らない頭でニーナからメイド服を受け取り、袖を通す。

鏡に映る自分が今まで見てきた使用人たちの格好をして存在感のありすぎる首輪をつけている様を見ていると、嫌でも目が覚めてきた。

「サイズは大丈夫そうですね。さて、今日は初日ですから館の間取りを覚えて貰うところからですね。それから簡単な清掃ぐらいでいいでしょうか。」

「簡単な?」

「全ての部屋を隅から隅までホコリ一つない状態にしてもらいます。」

「なっ、全ての部屋ってどれだけあると思っているの!」

「魔法を使えばいいじゃないですか。」

「使えるものなら使っているわよ。」

そう、レティシアは貴族にも関わらず魔法が使えない体質だった。

それゆえに幼い頃から両親には邪魔者扱いされ、結婚相手がなかなか見つからず兄妹からも待遇に差をつけられていた。

そんな思い出も今となっては懐かしくもどうでもいいことになり始めていた。

「では清掃は私がフォローしますからとりあえずは完璧に間取りを覚えてください。いつ何時ミア様に呼び出されるかわかりませんから。」

「……。」

「では私についてきてください。」

早足で歩くニーナに置いていかれないように急いで足を動かす。

ニーナから説明を受けながら部屋を案内される。その都度レティシアは生まれて一度も持ったことのない掃除道具を使って床を掃いたり、窓を拭く。とはいえ元からニーナが掃除をしていたのだろうほとんどすることはなく、ただ本当に間取りを覚えることになった。

「大体覚えれましたか?」

「完璧ですわ。」

「記憶力は問題無さそうですね。そういえばまだ仲間を一人紹介していませんでしたね。」

ニーナと並んで廊下を歩いていると、扉の前から食べ物のいい香りがする。

確かにもう一人シェフがいると言っていたからここは厨房だろうか。

「……カザリ、新人を連れてきました。開けますよ。」

「はーい!入って入って!」

ニーナがノックして中に入ると、元気な声が聞こえる。

……これは、

「……犬耳?」

広い厨房の奥から白い物体がすごい速さで近づいてくる。よく見るとロングストレートの白髪の天辺に真っ白な耳がツンとたっている。

「あ、新人ちゃんいらっしゃーい。カザリだよー?」

「は、はじめまして。レティシアといいます。」

「見ての通りここのシェフやってるんだー。美味しい物作るのが趣味?みたいな。レティシアちゃんて言うんだ、可愛い名前だねー。」

ミアよりは少し大きいが、レティシアよりも小柄な体を目一杯使って周りをちょこちょこ動き回りながら話し掛けてくる。見掛けも可愛らしいし、優しい人なのかもしれない。

「でもね、僕は犬みたいな下等な生物じゃないんだよー?わかってるんだよね、冗談で言ったんだよねー?」

微笑まれてはいるが、獣人特有の狩りをする時の眼光を目の当たりにしてただの令嬢だったレティシアが敵うわけもない。優しいどころか失礼なことを言ったら一瞬で消されそうな雰囲気だ。

「カザリはフェンリルです。見かけによらず短気ですからあまり怒らせない方がいいですよ。」

「それはもう少し早く言って欲しかったですわ!」

「レティシアちゃんの首ってどんな味がするんだろー、味見してもいいー?」

「じょ、冗談ですわ!あの偉大なフェンリル様ってわかっておりましたわ!」

プライドが高いと有名だったレティシアもこの館に来てからは自然とやったこともない土下座をするまでプライドは折れ始めていた。

「あら、騒がしいと思ったら面白い遊びね。」

「っ!」

「「ミア様!!」」

レティシアの背後で声が聞こえたと思い、振り返れば面白い玩具を見つけた子どものような笑みを浮かべるミアがいた。二人がミアのもとに駆け寄る。

さっきまで怒っていただろうカザリも尻尾が振り切れそうな勢いで動いている。

ミアは二人の頭を一頻り撫でると、レティシアの方に歩み寄っていく。

「どうかしら、魔女の館は。もう覚えられた?」

「……覚えましたわ。」

「そう、賢い子は好きよ。」

生まれてきてあまり褒められてこなかったレティシアからすれば間取りを覚えただけで褒められる環境に少し心の奥がむず痒くなる。


「今日の夜、私の私室にいらっしゃい。首輪、よく見ていたなら何をするかはわかるわよね?」

「っ、わかってますわ……」



夜、ミアに言われた通り私室の前まで来て後一歩が踏み出せず立ち尽くしている。

もちろん何をするかはわかっているマナの供給だ。

隷属の首輪には主人がマナを定期的に注ぐ必要がある。もし首輪のマナが切れると首輪をつけている者はこの世から消えてしまう。

マナを注ぐ方法は主人が隷属の首輪に触れて流し込む方法と体の一部に触れながら流し込む方法がある。

それも主人が自由に決めることが出来る。

クレシェント家にいた時はお父様の部屋から夜な夜な奴隷たちの悲鳴が聞こえていた。そこでお父様が何をしていたか考えただけでもおぞましい。

そんなことを今から私も……?


「部屋は合ってるわよ、入ってきなさい。」

「っ!失礼しますわ……」


気配でバレていたのか、もう逃げ場がなくなったレティシアは覚悟を決めて中に入る。

ミアはベッドの縁に腰掛けて待っていた。

レティシアを呼び寄せようと手をあげると、その動作で大袈裟にレティシアは体をビクつかせる。


「ふふ、レティシアの妄想のようなことはしないからこっちへいらっしゃい。」

「へっ?!は、はい……」

言われるがままミアの隣に腰掛ける。

「緊張しているの?」

ミアは悪戯な笑みを浮かべながら隣にいるレティシアの背中を指先で撫でる。

「ひぃっ!あ、あの、優しく、してくださいまし……」

ミアの只ならぬ雰囲気に顔全体を赤らめながら必死にネグリジェの裾を掴んで震える体を抑えようとする。

「どんなやらしい勘違いをしているのかしら。あの変態ジジイのせいね?」

「ち、ちがっ……」

「やっぱり肉親とはいえ、この手で消しておけばよかったかしら?」

今まで落ち着いていた金色の瞳に炎が灯ったような鋭い輝きが見えた。

それも一瞬で元に戻ったが、自然と冷や汗が流れて心臓を鷲掴みにされたような感覚に生きた心地がしなかった。

「あら、ごめんなさい?レティシアにはまだ早かったわね。すぐに済ませてあげるからここに頭を乗せなさい。」

ミアの言った場所に恐る恐る頭を膝に乗せる。

レティシアに要求したのは膝枕だった。

全て身を預けるのを確認すると、頭を撫でてくれた。

「綺麗な髪ね。触り心地がいいわ。」

レティシアの髪は母親譲りの綺麗な金髪で長く毛先に少しだけ癖があり巻かなくても自然なカールが出て、手入れいらずでそこだけは昔から褒められていた。

撫でてくれるミアの手がレティシアに触れている間首輪が輝き続ける。

元々魔法が使えない身のレティシアは体に温かいものが通っていく感覚が心地よかった。

ある程度輝き続けると触れていても首輪が光らなくなった。

「はい、これで終わりよ。」

「……へ?」

マナの心地よさと膝枕なんてしたこともされたことのないレティシアはその良さに名残惜しくなってしまっていた。

「あら、物足りなかったのならもっと違うことでもいいのだけれど。」

「ち、違いますわよ!」

「ふふ、首輪のマナは少しずつ失くなって赤く光り始めたら供給が必要になるわ。そうなったらまたいらっしゃい。」

クレシェント家の恐ろしい記憶からただただ温かい記憶となった。




レティシアが館に来て一ヶ月経ち、


「ご、ご主人様…」

「何かしら?」

「マナを……ください……」

「あら、もうそんな時間?今手が離せないの、少し待ちなさい。」

「は、は、はやくっ、おねがいしますっ!」

「……私に指図するの?」

「ひっ!滅相もございませんっ!奴隷のお願い、です……」

あれからレティシアはミアの手によってマナ中毒になっていた。

あまりにもマナの相性が良すぎたのもあるが、ミアの膨大にあるマナを無尽蔵に取り込んでしまうレティシアの体はマナ全てをミアのマナに書き換えてしまったのだ。

なので定期的にミアのマナを体内に入れないと体を保つことが出来ない体になってしまっていた。

それもミアのさじ加減で1ヶ月持つときもあれば1日も持たない時もある。

なのでレティシアはより長くマナを入れて貰うため飢え始めると従順に媚び諂うのだ。

「……少し荒療治過ぎたかしら。」

「し、しんじゃうっ、このままじゃ……な、なんでもっ、なんでもしますからっ!」

「あなたの何でもは聞き飽きたのだけれど、そうね……じゃあ、明日から教会に通いなさい。」

「……っ!」

レティシアにとって教会とはバカにし続け、避けて通っていた場所。

そんな信仰心の欠片もないで有名だった没落令嬢がそこに行くということはどういうことになるか、想像もしたくない。

「……他のことなら何でもします。それだけはどうか、」

「嫌なら待ちなさい、あと2時間もすれば終わるから。」

絶望した。すでに首輪は赤く光り、さらにレティシアの体は薄く透け始めている。体が透けるのは自分の身が消え去る前の禁断症状でこれ以上待つということは死刑宣告されているようなものだ。

レティシアにはもう頷くしか選択肢が残っていなかった。


次の日の朝、


「……ご主人様、行って参りますわ。」

「ええ、良い子でね。」

「……はい。」


教会に行く事になったレティシアをミアたちが館の玄関ホールで見送ろうとしているところだ。

ミアは別にただ罪を償わすという意味で教会に行かせたいわけではない。


「レティシアよく聞きなさい。最近教会で悪い噂を耳にすることが増えてるの。だからあなたに調査してほしいの。」

「調査……?」

「あなたは私のスパイになるのよ。没落して傷心して何もかも忘れてしまったバカな令嬢を演じるのよ。出来るわよね?」

「……出来ますわよ。」

悪徳子爵で育ったレティシアは親から期待もされず出世のための駒として幼い頃から育てられていた。

歪な関係であってもミアからの期待はレティシアの欲していた物。

生まれてきてから貰ったことのない感情に嬉しくないはずがない。

「このレティシア、元子爵令嬢としての意地をご主人様に見せてあげますわ!」

昔から得意の虚勢で全身を固めていく。

それを満足そうに見つめるミア。

「期待しているわ、私の可哀想な子。」

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