第27話 救出へ
合流してくれる護衛の人が来るまでの間、私は車の中で着替えさせてもらっていた。
もちろん柊さんと運転手さんは車の外に出てもらってね。
今後の方針が決まると、運転手さんが「望乃さん、こちらを」と平たい箱を差し出してきた。
「迎えに行く前にこの品を引き取って来てほしいと奥様に頼まれたのです」
そうして渡された箱の中身はメイド服だった。
でもこれはいつも着ているようなものとは違って軽い生地で作られているもの。
腰部分にクロちゃんをさし込んで携帯できるようなミニバッグがついていて、スカートも戦闘時動きやすいようにって簡単にたくし上げて留められる金具がついている。
そうなると足をさらしてしまうからって、ハーフパンツ型のペチコートもついていた。
私専用の、戦闘特化のメイド服。
先週末、美奈都さんがクロちゃんを携帯できるミニバッグをプレゼントしてくれるって言った。
でも、もっと取り出しやすい方がいいんじゃないか。メイド服のスカートでは戦いづらいんじゃないかっていう話にまでなって……。
最終的にはフルオーダーメイドにしようってことになっちゃった。
メイドととして過ごすのもあと一週間だけなんだけど必要なのかな?って思ったんだけど、美奈都さんが乗りに乗っちゃって……。
もう私が口出しできる事じゃなくなっていた。
もしかしたら一度しか着ないかもしれないのにもったいない。
と思いつつ、今の状況では戦闘特化の服があるのはありがたかった。
やっぱり動きやすい方が助かるもん。
着替え終える頃には護衛の人も合流してくれて、私たちは四人で杏くんのGPSが示す場所へ向かう。
ついた場所は
建物もあまり
車の外に出て、両脇にある金具でスカートをたくし上げてとめた。
こうするとちょっと
ペチコートもはいているから、はしたないなんて言われないよね?
「じゃあ行ってきますね。柊さんはちゃんと待っていて下さい」
「あ、待って」
準備を終えてさあ
その手にはスマホといつも持っているコウモリのロボットがある。
「先にこれで中の様子を
「偵察?」
コテンと首をかしげると、柊さんはコウモリのロボットを飛ばしてスマホを操作し始めた。
「ほら、これで操作できるしカメラもついてるから中の様子を探るくらいは出来るだろ?」
「たしかに。すごいですね!」
そういえば前学園の女子にからまれたときに偵察のテストをしていたって言ってたっけ。
「支えたいって言っただろ? 一緒についてはいけなくても、僕にできることは全部しておきたいんだ」
「っ⁉」
ドキンッて、心臓がはねた。
ついて来てくれただけでも心強いのに、そんなことまでしようとしてくれるとか……。
杏くんが心配だからっていうのももちろんあるんだろうけれど、私を支えるためっていう言い方にドキドキしてしまう。
どうしよう……私、自分の気持ちの変化に気づいちゃったかもしれない。
「さ、向かわせるよ」
自分の気持ちを自覚しはじめた私の横で、柊さんはコウモリのロボットを操作してビルの方に向かわせる。
私はハッとして柊さんのスマホ画面に意識を集中した。
なんにせよ、今は杏くんの救出が最優先だよ!
コウモリのロボットはまず一階の窓に近づいて行く。
ビルは閉められていたけれど、ロールカーテンが下げられているだけだからすき間から中の様子はうかがえた。
一階は受付っぽい場所があって、ロビーって感じ。
電気もついてなくて暗くて、人がいる様には見えなかった。
「いなそうだね。じゃあ二階に」
つぶやきながら、柊さんはコウモリロボットを器用に操作する。
二階はドラマとかでよく見るオフィスって感じの場所。
ここも暗いし人の姿は見えない。
「ここもいない。じゃあ三階だな」
そして、三階の部屋。
「いた」
窓から見て左側に社長室って札がかけてある部屋があって、そこ以外は特に何もないホールみたいになってる。
杏くんはそのホールに後ろ手に
口にはガムテープが張られているけれど、足は拘束されてなくて自由みたい。
でも、周りを何人もの男の人に囲まれていて逃げられる状況じゃない。
座った状態の杏くんは、囲んでいる人達の中の一人・梶くんをずっとにらみ上げていた。
「この宵満学園の制服を着てる子って……」
「はい、彼が杏くんを連れ去った《朧夜》のヴァンパイアです」
答えながらグッと
数時間前に味わった後悔が胸に広がった。
今度こそいいようにされたりしないんだから!
決意を込めて、ビルの三階をにらむ。
ビルの大きさからして、今まで見た部屋以外はトイレとか階段くらいしかないと思う。
「柊さん、ありがとうございます。これですぐに杏くんを助けに行けます」
「良かった……あ、あともう一つ」
「え?」
柊さんはすぐにでも向かおうとした私の両手を取って向き合った。
「これ以上は一緒に行けないから……だから、おまじないさせて?」
「おまじない?」
何だろうと思っていると、額にトン、と柊さんのくちびるがふれる。
「え?」
おでこに、キスされた?
理解して、さっと顔が熱くなる。
でも目の前の柊さんはあくまで真剣で、ふざけたりしているわけじゃなかった。
「額へのキスは祝福。君に幸運がありますようにっておまじない……杏を……弟を頼むよ」
「っ! はい!」
弟の心配をする彼に、少しでも私の支えになってくれようとする柊さんに、私は力強く返事をした。
***
「お母さん、今から潜入するよ」
柊さんが車に乗りなおしたのを見届けてから、お母さんに最終的な指示を貰うため電話をかけた。
『場所は郊外の三階建てビル。情報では《みすずゲームス》の本社ビルってことになってるわね』
美奈都さんに杏くんのGPS情報を聞いたのか、場所を特定していたらしい。
『きっと《みすずゲームス》の関係者が今回の犯人ね。他にも《朧夜》のヴァンパイアがどれだけいるか分からないわ、警戒はおこたらない様に』
「うん」
『それと、人質の無事が確認できたら突入出来るようにハンターが向かってるわ。杏くんを保護出来たら連絡をちょうだい』
「分かった」
一通り話し終えると、お母さんは一度黙ってからいつもの明るい声を出す。
『望乃ちゃんは、ハンターになるためにってずっと頑張って来たわ。おばあちゃん直伝の棒術も習得したあなたは、大人のヴァンパイアにだって簡単に負けないくらい強くなってる。頑張って、望乃ちゃんなら出来るわ』
「お母さん……」
普通だったら、中学に上がったばかりの娘に戦えなんて言わない。
でも、お母さんは私を信頼して送り出してくれる。
その信頼が、私に力をくれた。
「うん、行ってくる!」
『気をつけて』
最後にそれだけ言うと、通話が切れる。
私は柊さんから貰った幸運と、お母さんから貰った信頼を胸に目の前のビルを見上げた。
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