第26話 報告と相談

 私は教室に置いたままだったカバンを取って来て、柊さんと一緒に車へ急いだ。


「おや? 杏さまはどうなされましたか?」


 運転手さんの疑問には柊さんが答えてくれる。

 その間に私は今回の任務の上司でもあるお母さんに電話をかけた。

 数コール後、お母さんはすぐに電話に出てくれる。


『望乃ちゃん? どうしたの? こんな時間に電話してくるなんてめずらしいわね?』

「ごめんなさい、杏くんが拉致らちされてしまいました」

『えっ⁉』


 普段と変わりない様子のお母さんに、私は単刀直入に報告した。


「《朧夜》の例の男の子がクラスメートだったの。ごめんなさい、すでに入り込んでるって可能性を考えていなかった」


 説明している間にお母さんも状況を把握はあくしてくれたらしい。

 いつもの優しい声をきびしいものに変えて話す。


『その可能性を指摘してきしなかったこちらにも非はあるわ。でも反省は後よ。今は救出と対策をらなきゃ』

「うん」


 怒られる覚悟もしていたけれど、お母さんは一方的に責めることはしなかった。


『救出するにしてもまずは居場所を特定しなきゃならないわね』

「うん。でも私、杏くんのGPSは共有してなくて……」


 美奈都さんに言われて共有したのは柊さんのGPSだけだ。

 基本側にいる杏くんのものまでは共有していない。


『そうね。どちらにしろスマホのGPSくらいは犯人たちも気づくでしょうし、電源を切られていると思うわ』

「あ、そっか……」


 じゃあどうしよう……と考えはじめたとき、柊さんが声をかけてきた。


「ねぇ、GPSって聞こえたけれど、杏のGPSなら僕のスマホで確認できるよ?」


 自分のスマホを持ち上げた柊さんに「でも」と私はお母さんの言葉を伝える。


「犯人もスマホのGPSは気づくだろうから電源切ってるんじゃないかって、お母さんが……」

「いや、それは大丈夫。ほら」


 見せられた画面には学園から離れて行くマークが見える。

 あれ? スマホの電源切られてないのかな?


「僕と杏の制服にはGPS発信機を見えないようにいつけてあるんだ。これはその発信機を受信してるんだよ」


 柊さんの話では、中学になると一人で行動することも増えるからと美奈都さんが特注でつけてもらったらしい。


「心配性だなぁとしか思っていなかったけれど、こうなると良かったと思うよね」


 困り笑顔を浮かべる柊さんを見ていると、耳元から大きい声が響いた。


『ちょっと⁉ 望乃ちゃん? なにを話しているの?』

「あ、ごめん。柊さんが杏くんのGPS受信出来るって言ってて」

『は? ちょっと、スピーカーにしてちょうだい』


 言われるままにスピーカーアイコンをタップして柊さんの声もお母さんに聞こえるようにする。

 そしてさっきのやり取りを伝えた。


『ということは、美奈都も杏くんの居場所が分かるのよね? なら、柊くんは学園の外にいる護衛と合流して家に帰ってちょうだい。望乃ちゃんは折り返してまた連絡するから、杏くんを追ってちょうだい』

「うん、わかっ――」

「待ってください!」


 お母さんの指示に了解の返事をしようとしたけれど、柊さんにさえぎられる。

 ビックリして柊さんを見ると、真剣な様子で私のスマホ画面を見つめていた。


「僕も行かせてください。望乃さんは、僕が案内します」

『ダメよ、あなたは護衛対象なの。犯人がいる場所に連れて行くなんて出来ないわ』


 柊さんのお願いをお母さんはキッパリと断る。

 でも柊さんは食い下がった。


「わがままを言ってるってことは分かっています。でも、杏は大事な弟なんです。僕だけ大人しく帰るなんて出来ない」


 口調は冷静だけれど、その声や表情は必死だ。

 そしてチラッと私を見て、またスマホに視線を戻した柊さんは「それに」と続ける。


「少しでも、望乃さんを支えてあげたいんです」

「え……?」


 柊さんの言葉に、トクンと鼓動こどうが優しくねた。

 それどころじゃないのは分かっているけれど、さっき抱きしめられたことを思い出してしまう。

 私を落ち着かせてくれた、温かくて優しい温もり。

 さっきも今も、支えてくれると言ってくれた。


 胸の奥がキュウッと締めつけられるような感覚がしたと思ったら、お母さんが『あらあらあら!』と仕事モードから母親に戻って喜色きしょくの声を上げた。


『もう、柊くんったらカッコイイこと言っちゃって! そういうことなら仕方ないわね』


 そう言って別の方法を考えるお母さん。

 そういうことって、どういうこと?


『じゃあ、まずは学園の外にいる護衛と合流してちょうだい。その護衛も乗せて杏くんが連れて行かれた場所に向かい、その後は望乃ちゃん以外は車で待機すること!』


 これ以上の譲歩じょうほは出来ないと念押しすると、柊さんは「わかりました」とうなずいた。

 護衛対象である柊さんも一緒に行くのはちょっと心配だけれど、お母さんが良いと言ったんだから私が口を出すことじゃない。

 それに、なんでか安心感もあったから。


「良かった、一緒に行けて」


 と私にほほ笑む柊さんに、どうしてかドキドキする鼓動をおさえられなかった。

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