第6話 護衛メイド

 不安はあるものの、とにかくお仕事なんだからと割り切ることにした私。


 夜には美奈都さん夫婦とも会って、「息子たちをよろしくね」と頼まれたし。


 ちなみに美奈都さんはもちろん旦那さんも私がヴァンパイアだって知ってるらしい。

 でも他の人にはバレないようにねってほほ笑みながら言われちゃった。


 血を吸ったりしない限りバレないと思うし、「それは大丈夫です」って胸を叩いて宣言しておいたよ。

 吸血衝動どころか、血を飲みたいなんて今のところ思わないからね。


 それに万が一飲みたくなっても、ハンター協会に申請すれば血液パックを送ってもらえるらしいし。

 今回の依頼で必要になるからと買ってもらったスマホでちょいちょいと操作すれば簡単。


 まあ、しばらくは使わないだろうけれど。



 そんなこんなで、次の日から私のお仕事がはじまった。

 とはいえ入学式までの二日間は学校に行く必要もないので、もっぱら三男の紫苑くんの遊び相手になってる。


 他の二人はあまり自分の部屋からは出てこないみたいだし。



 まだ三歳の紫苑くんには保護者代わりのお付きの人がいる。

 佐々森ささもり玲菜れいなさんっていう若い女の人。


 家の外に出るときは男の人の護衛もつくんだって。

 だから堂々と大人がそばにいられる紫苑くんに対しては、私の護衛はおまけみたいなもの。

 基本的に護衛の仕事は仲良くなれそうにない兄二人に対してみたい。

 不安はあるけれど、まあなるようになるよね?


***


「紫苑さまー。どこですかー?」


 玲菜さんが声を張り上げながら庭を見回す。

 私も隣でキョロキョロと紫苑くんを探していた。


 今は庭でかくれんぼをしていたんだけど、紫苑くんが見つからないんだ。


「いませんね?」

「ええ。どうしよう、もしかして遊びスペースの外に行ってしまったんじゃあ……」


 庭には紫苑くんが遊べるスペースと、池などがある庭園としてのスペースがある。

 庭園スペースに行ってしまったとしたら危ない。


「行ってみましょう!」

「そうね」


 すぐに遊びスペースの外も探そうってことになった。

 大きな岩が並べられているところとか、池の近くとか。

 そういう危険な場所にいないかまず探しに行って、そこにはいなかったんだけど……。


 ふと視線を上にあげて見つけた。

 小さな紫苑くんが木に登って細い枝の上にいるところを。


「っ⁉」


 一瞬見間違えかと思って固まる。

 だって、三歳の男の子があんな立派な木に登れるとは思わなかったんだもん。

 でも、まばたきしてもそこにいるのは紫苑くんで間違いはない。


「玲菜さん、あそこ!」


 下ばかり見ていた玲菜さんは、私の指差した方向を見て息をのんだ。


「紫苑さま⁉」


 叫ぶと同時に玲菜さんは走り出す。

 私も追いかけるように走り出した。


 紫苑くんがいるのは地上から二メートルはある枝の所。

 小さな子供だから細い枝でも折れないみたいだったけれど、いつ手を滑らせて落ちてしまうか分からない。

 案の定、私たちに気づいた紫苑くんが片手を枝から離し、ズルリと枝から落ちる。


「紫苑さま!」


 次の瞬間、私は躊躇ためらいもなくヴァンパイアとしての身体能力を解放した。


 いつもは抑えている身体能力。

 こんなときに使わないでいつ使うのってやつだよ。


 強く地をけって、一足飛びで紫苑くんのいる木の根元まで行く。

 そして落ちてくる紫苑くんをしっかりと受け止めた。


 ドスッ


 とはいえ、落ちる勢いもあったからそのまましりもちをついてしまったけど。


「紫苑くん、大丈夫? ケガしてない?」


 ちゃんと受け止めたけれど、一応聞いてみる。

 すると、紫苑くんはくしゃっと顔をゆがませて泣き出してしまった。


「ふぇ……ふわあぁぁぁぁん!」

「え⁉ だ、大丈夫? どこか痛いの?」


 あわてる私に、近くに来た玲菜さんが「怖かったんですよね」と紫苑くんの代弁だいべんをしてくれる。


「そっか、そうだよね。落ちたら怖いもんね」


 よしよしと背中をなでてあげるけれど中々泣き止まない。

 途方に暮れて玲菜さんにあずけようかと思ったけれど、紫苑くんは私のメイド服をギュッと掴んで離さなかった。

 玲菜さんがそのままなでてあげてくださいって言うからとにかくなで続ける。


 ギャン泣きがすすり泣きくらいになると、玲菜さんが「ありがとう」とお礼を言ってきた。


「望乃ちゃん、護衛のためにこの屋敷に来てるって本当だったのね。さっきは間に合わないかと思ったもの」

「え⁉ あ、はい」


 ヴァンパイアの身体能力を使ったら大抵は人間離れしてるって思われる。

 昔友達の前で見せちゃったときはそうだったもん。

 まあ、気のせいだよって言って誤魔化したけど。


 とにかくそんな感じだから、こんな風に素直に受け止められるとは思わなくてビックリしちゃった。


「改めてありがとう、望乃ちゃん。紫苑さまを助けてくれて」

「いえ、当然のことですし」


 護衛なんだから当然だし、そうじゃなくてもあの状況で私しか助けられないんだったらそうするよね?

 お礼を言われるほどのことじゃあ、と謙遜していると、腕の中の紫苑くんがもぞっと動いた。


「ののねーちゃん、どーぞ」

「え?」


 見ると、手のひらを私に見せている。

 そこには小さく可愛らしい桜の花があった。


「桜?」

「どーぞ」

「あ、ありがとう」


 戸惑いつつも受け取ると、玲菜さんが説明してくれる。


「紫苑さま、きっと望乃ちゃんと仲良くなりたいのよ」


 何でも、桜が満開のときは玲菜さんが取ってあげて、紫苑くんは一輪ずつ家族や仲の良いお手伝いさんに渡していたんだとか。

 また取りたいと言われてももう葉桜だからないですよって説明したらしいんだけど。


「遅咲きで一輪だけ残ってたんですね。望乃ちゃんに渡したくて木に登っちゃったんですか?」


 玲菜さんの質問にコクンと頷く紫苑くん。

 どうやら本当に自力で上ったらしい。


 それにも驚いたけれど、仲良くなりたいと思ってくれていたことも驚いた。

 一緒に遊んではいたけれど、まだよそよそしい感じがしてたから。


「紫苑くん、私と仲良くしてくれるの?」


 聞くと、ためらいもなく「うん」と返って来た。


「ののねーちゃん、きれいですき」


 そして天使の笑みを浮かべるものだから、私はきゅーん! となって紫苑くんを抱きしめる。


「ありがとう。でも、もう危ないことしないでね?」

「うん」


 そうしてギュッとしていると、紫苑くんは泣き疲れたのと安心したのとで眠ってしまった。

 寝顔がまた可愛いな。



 この出来事の後から、紫苑くんはとっても私になついてくれるようになった。

 不安だったけれど、紫苑くんと仲良くなれたことで私も少し元気が出てきたんだ。


 まあ、入学の日は「しおんもののねーちゃんといく!」なんて言って困っちゃったけどね。

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