第3話 常盤邸

「では、準備が出来たら先程案内したリビングルームに来てください」

「はい! 分かりました!」


 白髪混じりのきつそうな見た目の女性に、私は元気よく返事をする。


 彼女は佐々木ささき登代とよさん。

 この常盤邸に来た私を出迎えてくれて、屋敷の案内をしてくれたんだ。

 登代さんはこの家で働いているメイドを取りまとめているハウスキーパーって立場なんだって。


「元気が良くてよろしい」


 あまり変わらない表情でうなずいた登代さんは、エプロンのポケットから何かを取り出し私に差し出した。

 何だろうと思いながらも手のひらを受け取るような形にすると、ポトンと個包装されたミルクキャンディが落ちてくる。


「ですが初めから頑張り過ぎると疲れてしまいますよ? これでも食べて少し落ち着いてくださいね?」


 ポカンと口を開けて驚いている私に、登代さんは「ではまた後で」と言っていなくなってしまった。

 きつそうな見た目だし、あんまり笑わないから厳しい人なんだろうなって思っていたけれど、実は優しい人なのかもしれない。


「よし! じゃあ準備しなくちゃね!」


 貰ったばかりのミルクキャンディを口に放り込み、私は早速簡単な荷解にほどきをしてメイド服に着替えた。


 黒いワンピースドレスに、白いエプロン。

 あと、この頭につけるカチューシャはブリムって言うんだって。


 一通り着替えて、後はクロちゃんをどこに携帯しておこうかと考える。

 一見ただの棒にしか見えないからどこでも良いと言えば良いんだけど。

 あのベルトがあればなぁ……って未練みれんがましく考えてしまう。


「……あ、そうだ!」


 ふと良い携帯方法を思いついた私は、その後もちょっと作業をしていた。

 でもそのせいで思ったより時間がかかっちゃったみたい。


 キャンディも口から消えて、流石にそろそろ行かないとまずいかも! とあわてて部屋を出た。

 でもあわてたせいかな?

 ちょっと曲がる廊下を間違えたみたい。



「……ここ、どこ?」


 見覚えのない場所にちょっと焦る。

 つくりは同じだけれど、廊下の床に敷かれているカーペットの色が違うから明らかに案内されていない場所だって分かった。


 ど、どうしよう……。

 来ちゃいけない場所とかじゃないよね?


 途中までは部屋の前と同じ赤いカーペットだったから気づかずにここまで来ちゃったけど、さすがにこの青いカーペットは見覚えがない。


 と、とにかく赤いカーペットのところまで戻らないと。

 何とかそこに思い当たって、くるっと振り返ったときだった。


「きみ、誰?」


 足を進める前に後ろから男の子の声が掛けられる。

 気配が無かったから、思わずビクッてなっちゃった。


「あ、あの! あやしい者ではありません!」


 振り返りながらあわてて口走る。

 冷静に考えれば今日からお世話になる者ですって言えば良いと分かるのに、テンパっちゃった私はお約束みたいな言い訳を口にしちゃう。


「それ、自分があやしいって言っているようなものだよね?」


 案の定突っ込まれちゃったよ。


「いや、でも違うくて!」


 何とか誤解を解こうと相手の顔を見上げる。

 でも、口にしようと思っていた言葉を忘れちゃった。

 だって、その男の子はすっごいイケメンだったんだもん。

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