2 捻じ曲がる歴史

 解散する少し前、宝田から後で体育館の裏で話したいと伝えられた俺は校門前で別れるふりをした上で奴と落ち合った。


「今度は何だ? 俺は大塚さんと駅まで帰りたかったんだが」

「そんな場合ではありません。というのは、エリアスさんの無意識が再び現実を侵食し始めたからです」

「またそれか……」


 俺は宝田の電波な発言に呆れた訳ではなく、やれやれという態度は面倒な事態がまた起きたことに対してのものだ。



「でも、どうしてだ? 日焼け止めの校則はともかく体育祭の縮小は別に難しい話でもないだろう。エリアスが機嫌を悪くするとも思えんが」

「彼女は感覚的にしか気づいていないでしょうが、原発の廃炉が進む中で火力発電の割合が増えてきていて大気中の温室効果ガス濃度は一向に減少しません。日本の二酸化炭素排出量を補うほどには諸外国も火力発電を減らしていないので、今年も来年も夏の暑さは改善されない訳です」

「そうか……。で、エリアスの無意識が現実世界に影響してこれから何が起こるんだ?」

「具体的には、火力発電所の数が減ります。それも今この時点で存在するものが消え去るのではなく、火力発電所の需要そのものがなかったことになるのです」

「というと?」

「火力発電所の需要は原発の廃炉によるもので、日本政府が原発の廃炉を進めたのは東日本大震災で福島県の原発が甚大な被害をもたらしたからです。逆に言えば……」

「もういい、それ以上言わなくていい」


 エリアスは単なる傍若無人な女ではなく、自らの無意識的な感情によって歴史を捻じ曲げることができるはた迷惑な女である。その動機が熱中症対策に限局されているのが唯一の救いだが、これまでも化石燃料を使用不可能にするために進化の歴史を書き換えたり牧畜によって発生するメタンなどの温室効果ガスを根絶するために人類全員をヴィーガンにしようとしたりして、その度に俺たちが阻止してきた。


 俺は単なる一般人だがエリアスの無意識から発生する歪曲時空に生身で突入できる唯一の人間であり、目の前にいる宝田は歪曲時空では俺の身を守る鎧となる。


 大塚さんの正体は時空監督局のエージェントで、塩見は書き換えられた歴史を修復することのできる異次元人だ。大塚さんが歪曲時空の存在を探知し宝田がそれを俺に伝え、俺は宝田と共に歪曲時空へと突入してエリアスの無意識が歴史を書き換えるのを食い止める。既に書き換えられた歴史は、ある程度であれば塩見が元に戻してくれる。



「どうする宝田。このまま放っておくと東日本大震災自体がなかったことになるんだろう?」

「その通りです。もちろん多くの命が救われますが蓄えられた地殻のエネルギーは必ずどこかで爆発しますし、その時点で日本が原発廃炉へと向かわなければ後々になって比べ物にならないレベルの事故が起こります。下手すると日本という国が滅びかねません」

「化石燃料やヴィーガンの時も相当だったが今回は本当に洒落にならんな。今すぐ突入できるか?」

「エリアスさんは現在遅めの昼寝に入られたようで、ちょうどいいタイミングですね」

「よし、今のうちに食い止めるぞ!」


 俺の発言に応じて宝田は姿を変え、実体のない意識だけの存在になった。


 目前の何もない空間にゲートを展開し、生身の俺は宝田の意識を伴って歪曲時空へと突入した。

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