第15話 泉を温泉に

 妖精の隠れ里では、安心して1夜を過ごすことができた。

 翌朝になって旅立つことを告げると、半分近い妖精たちはがっかりした表情をし、もう半分はほっとしていた。


「そうか、もう行ってしまうのか……」

「小生は大食漢だからね。いつまでもここにいたら、作物も下草も全部食べ尽くしてしまう」

 冗談半分で言ったつもりだったが、隠れ里の様子を見ると、数日もあれば可能なのだから困ったものだと思ってしまった。


 小生が背を向けたとき、ピクシーの青年の一部が残念そうに言った。

「ユニコーンが残ってくれたら、引っ越しの荷運びがだいぶ楽になりそうなんだけどなぁ……」

「いやいや、病人が出たときに心強い……今からでも気が変わってくれないかなぁ……」



 隠れ里から出ると、マリーヌは機嫌が良さそうな雰囲気でこちらを見た。

「前向きな人も多かったね。旅が一段落したら隠れ里に住まない?」

「考えておこうかな……?」


 そう言いながら、山道を進んでいくと、やはりヒラヒラとチョウチョが飛んでいた。

 色も7種類あり、眺めているだけなら綺麗なものだ。


「今日の天気は大丈夫かな?」

 マリーヌが質問してきたので、小生はすぐに答えた。

「今のところは、大気も安定しているかな……だけど、山の天気は変わりやすいから油断はできない」


 そう答えると、小生は一休みすることにした。

 ただし、朝食がわりに草を歯向かうわけではない。本当にほんの少し休憩するだけだ。



 1分ほど景色を楽しむと、小生は歩き出し、10分ほど歩くと、また1分ほど休憩をとる。ということを繰り返しながら、2時間ほどでけっこう歩いた。


「泉が見えたね。ここで長めの休憩をしようか」

 そう伝えると、マリーヌも頷いた。

「そうだね。まだシロンスは朝食もとっていないのだし……」


 泉へと近づくと、小生はすぐに様子を眺めた。

 崖から水が流れ落ちて、滝壺のような雰囲気の泉だが、少し歩くと、近くにある岩を蹴って細工をするだけで、水風呂になりそうな場所がある。


「さて……よっと!」

 脚先で即席の水風呂を作ると、角を赤々と光らせてから、水風呂を睨んだ。

「マリーヌ、肩に乗って」

「う、うん!」


 マリーヌが移動したことを確認すると、小生は炎をまとった角を即席の露天水風呂に突っ込んだ。

 すると、角がジュッウッという音と共に、水の中へと入り、露天水風呂の温度を少しずつ上げていく。


 10分ほど炎魔法で働きかけを行うと、だいぶ水の温度も上がってきたらしく、湯気が立ち込めるようになっていた。

「そろそろかな……?」



 湯船に脚を踏み入れてみると、湯加減はちょうどいい。

 そのまま小生は、腰のあたりまで湯船に浸かると、少しずつ筋肉がほぐれていくのを感じた。今まではそんなに気にならなかったが、本当はかなり体中に疲れが溜まっていたようである。


 ゆっくりと休んでいると、肩の辺りから鼻歌が聞こえてきた。

 どうやら、背中に乗っているマリーヌも足湯を楽しんでいるようだ。彼女もこのまま湯船を楽しめるように、今の姿勢を維持しておくか。



 15分ほど、湯船を2人で楽しんでいると、風に乗って牝馬のにおいを感じた。

 なぜ、匂いと表現しなかったのかと言えば簡単だ。彼女は知り合いで、確かにいい匂いがするのだが、一癖ある性格の持ち主なのである。


「……エレオノールペルルか」

 そう呟くと、足湯を楽しんでいるマリーヌも、すぐにこちらに視線を向けてきた。

「それは……誰?」

「幼馴染の一角獣だよ。モノの考え方が……ちょっと小生とは違っていてね」


 そうは言っても、会わないという選択肢はなかった。

 彼女もまた優秀なユニコーンであり、小生の探し物についてもよく知っている。もしかしたら、情報を手土産として持ってきてくれるかもしれない。

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