第19話 異世界少女(?)と街へ出よう①
拝啓、父上様。
わたくしめは先ほど、小さくてクソ生意気な妖精に「ツラを貸せ」と言われたわけでして。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
拝啓、母上様。
その反抗的で攻撃的なチビ妖精は「ちょっとそこまで」とも言っていたわけですが。
「おちるっ!! おちるっ、おちるってばぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
なんで俺と有楽は空から落ちてるんだよぉぉぉぉぉっ!!
「まったく、こわがりですねぇふたりとも」
「なにのんびり言ってるんだよバカ妖精! 殺す気かっ!!」
「めくれるっ、めくれちゃうって! スカートっ! いやぁぁぁぁぁ!!」
うわっ、有楽が逆てるてる坊主状態に!? って、見ないぞ、絶対見ないぞっ!
「しかたないですねぇ……てやっ」
「ぐえっ!!」
チビ妖精が涼しい顔で俺たちのまわりをくるりと回った瞬間、身体に急ブレーキがかかったような衝撃が走って、思いっきり首が絞まった。
「ふぇっ!?」
有楽はというと、だんだんブレーキがかかったように減速して空中でふよふよと浮いていた。こ、このチビ妖精め……
「ちょっとはゆーがに、くーちゅーさんぽをたのしめばいーのにです」
「いきなり空中に放り出しといてそれかよ!」
「あー……すごかったぁ」
より下に落ちていた俺が釣られるように浮き上がると、逆てるてる坊主状態だった有楽がくるりと縦回転して、浮かんだままぺたりと座った姿勢になった。
「おいコラバカ妖精。ついてこいって言われたから来てみたら、いきなり昼間だわ山の上に放り出されるわで……いったいどこだよここは!」
「しかも、あたしも先輩も空を飛んでるし……」
「したにおりたら、できるかぎりせつめーするですよ」
なんでもないように言い放ったチビ妖精がまた飛び始めると、俺と有楽の身体も引っ張られるようにして空をすべり始めた。
わけがわからないままあたりを見回してみれば、とにかく山、山、山。まるで崖のように切り立った場所もあれば連なっているところもあって、中には湖や生い茂った森で包まれたような場所もある。
「きれいな景色ですね」
「こんなところ見たことねぇし、どこなんだよ、ここ……」
「日本じゃないのは確かでしょうねー」
「ついさっきまで夜だったもんな」
日が暮れてさあ帰ろうって言ってたはずが、澄んだ青空に雲がちょいとあったり、太陽が真上にあることから、日本じゃないのはわかる。かといって、上は空、下は山がずっと続く状況じゃ、どこかまではわからない。
今はただ、チビ妖精にされるがままになるしかなさそうだ。
「せんぱい、ちょっとこっちに来てください」
「なんだよ」
呼ばれて泳ぐように近づくと、なぜか有楽がじーっと俺をにらみつけてくる。
「あのー、ちょっと言いにくいんですけど」
「だからなんだって」
「せんぱいの身体、ちょっと透明になってません?」
「は?」
そんな馬鹿な、と思いながら自分の手を見てみると、
「……マジだ」
「ですよね」
確かに、かざした手の向こうには太陽がはっきりと見えていた。
「そういう有楽も、なんかちょっと透けてないか?」
「きゃっ!?」
「って、何故自分の身体を抱きしめる」
「いや、せんぱいが透けてるって言うから」
「そういうことじゃねえよ! 体ごと全部透けてんの!」
その恥じらいを収録でも持って欲しいけど、今はそんなアホなことを考えてる場合じゃあない!
「どれどれ……あ、ほんとだ」
「チビ妖精も透けてるし……まさか、俺らはコイツに殺されたのか?」
「ひとぎきわるいことゆーなです」
「じゃあなんだよ」
「かなとさるすけのたましいを、ちょちょいっとかりてひっぱってきただけですよ」
「死神!? コイツ死神かっ!?」
「そんなんじゃないですっ!」
いやいやそれ以外ないだろう、語尾がデスだし……と言おうとしたけど、さっきの俺の言葉にチビ妖精はぷんすかと怒っている。考えてみれば、俺の生殺与奪権はこいつに握られているわけで。
うん、これ以上は黙っておこう。そうしよう。
チビ妖精に怒られてからしばらくして、連なっていた山はなだらかに低くなって森へと埋もれていく。その中から、高い木造りの建物が頭をのぞかせていた。
「チビ妖精、あの建物はなんだ?」
「あれは、けーびよーのやぐらですよ。ピピナとルティさまは、あのやぐらまでにげてにほんにとんだです」
「警備用のやぐら……ねえ」
と言われても、あまりピンと来ない。外国ならまだしも、俺と有楽が住む日本じゃ馴染みのないものだ。
その森を抜けたあとには、舗装がされていない道の両端に田んぼか畑のような農地が青々と広がっていて、
「そろそろみえてきたですよー」
やがて、レンガ造りらしい低い建物がぽつりぽつりと見えてきた。
……って、レンガ造り?
「おわっ」
「よいしょっと」
かなりのスピードがついたまま降り立った俺はつんのめって、有楽は二、三歩あるいてきれいに降りてみせた。その足下の土の道にまったく影がないってことは、今の俺らは本当に魂だけなんだな……
「ここが目的地か?」
「そーですよー」
先に降りていたチビ妖精に声を掛けると、ふわふわ浮きながらくるりと振り返って、
「よーこそ、レンディアールへ!」
そして、小さな身体で大きく両手を広げてみせた。
「は?」
「えっ?」
「ここは、へんきょーとしのヴィエル。ピピナとルティさまがすんでるところなのです」
なんだか自信満々だけど……コイツ、妙なことを言ってないか?
「なあ、チビ妖精。聞き間違えじゃなきゃ……ここが、レンディアールだってのか?」
「そーですよ」
「……えー」
「なんですか。ひとにきーておいて、そのふくざつそーなかおは」
「いや、だって……えー」
辺りを見てみると、高い建物もほとんどないし、門の向こうへ伸びている道は土から石畳に変わっている。門番らしき人は鎧を着込んでいて、町の人たちの服装はいたってシンプル。確かに俺たちがいる若葉市、というか、日本とは全然違うことは違う……んだけど。
「ねえねえせんぱいっ、これって異世界転移ってことですよね!」
「どうしてお前はすぐ納得するかなぁ!?」
俺はまだ理解が追いつかないってのによ!
「だって異世界ですよ! 異世界! 空想大好きっ子のあこがれの場所ですよっ!」
目はキラキラ、息はハァハァさせながら有楽が思いっきり喜んでいた。そうだな! こいつはそういうヤツだったな!
「だからって、どうして俺らの魂をレンディアールに連れて来たんだよ」
「まーまー。とにかくいくのですよ」
相変わらず、俺の恨み言なんてどこ吹く風って感じでチビ妖精が街の中へと飛び始める。仕方なくあとをついて歩き始めると、俺も有楽も魂だけだからか、門番さんや道を行く人たちからはまったく見向きもされなかった。
「さっきもいったとーり、ここはレンディアールのへんきょーとし、ヴィエルです。となりのくに、イロウナとのこっきょーにせっしている、にぎやかなまちなのですよ」
「入ってすぐにお店とかが広がってるんだねー。あっ、見たことがないフルーツとかいっぱい……って、取れないよっ!?」
「魂だからな、俺たち」
めざとくオレンジ色のリンゴっぽい果物か野菜を取ろうとした有楽だけど、伸ばした手はスカッ、スカッと空を切る。幽霊モノのドラマのあるあるを、まさか俺たちが実感するとは。
「こっちのくかくは、こっきょーがわのもんにせっしているから、とりひきしやすいようにおみせがあつまっているのです。そのぶん、はんたいがわにじゅーみんのくかくがあるですよ」
「キレイに半分ずつって感じか」
「んー、ちょっとちがうかも。とにかく、このおーどーりをずっといくのです」
チビ妖精に導かれるまま、門から伸びる大通りを歩き続ける。左右にはいろんな店や市場、食堂が広がっていて、そのどれもがレンガ造りかがっしりとした木造で建てられている。シンプルな服を着ている人たちに混じって、足下まで隠れる長いワンピースを着たり、きらびやかなドレスに身を包んだ人が店の人たちとにぎやかに言葉を交わしていた。
「おいおい、この間より買値が高くないか?」
「いいってことよ。おたくさんが仕入れたの、こっちじゃ評判だからよ」
「ありがとな。じゃあ、その分そっちの品を――」
立ち止まって話を聞いてみると、純白のドレスを着た勝ち気そうな女の人が店の親父さんと布らしいもののやりとりをしている。
「商売に関しちゃ、どこもいっしょみたいだな」
「えっ? 松浜せんぱい、言葉がわかるんですか?」
「わかるけど、有楽はわからないのか?」
「全然です」
「ええっ、なんでさるすけがわかるですか?」
いや、そっちのほうこそ俺が知りたい。
「確かルティは、チビ妖精にキスしてもらって日本語がわかるようになったんだよな。だとしたら、俺がチビ妖精になにかされたかっていうと……羽でビンタされたぐらいか」
「そんなのでですっ!?」
やですーやですーと言いながら、頭を抱えるチビ妖精。それはむしろこっちのセリフじゃい。
「ねえねえピピナちゃんっ、あたしにもビンタ! ビンタ!」
「お前はドMか!」
「かなにはそんなことしないですよ。きすですよ。きーす」
にこっと笑ってから、チビ妖精が有楽の頬へと近づいて軽く口づけをする。その瞬間、淡い光が頬から全身へと広がっていって、最後はぱっと散らばっていった。
「これで、だいじょーぶなはずですよっ」
「そうなの?」
えっへんと胸を張るチビ妖精を見て、有楽が自分の身体をぺたぺたと触りだした。しかし……チビ妖精のキス、予想以上にメルヘンな画だったな……
「ありがとよ、おっさん。次来たときはもっといいの持ってくるからさ」
「おう、期待してるぜ!」
「き、聞こえるっ! 聞こえたっ!」
女の人と店の親父さんのやりとりは、無事に有楽にも聞こえたみたいだ。
「そっかぁ、こうやってルティちゃんも日本語がわかるようになったんだね」
「そーゆーことです」
「ふっふっふっふっ……これであたしも異世界の超能力をゲェェェェェットッ!」
「……かな、なんでおどってるです?」
「俺たちの世界の一部の人間は、普通とは違う力を持つのが夢なんだとさ」
「さるすけはどーなんですか?」
「俺は別に」
大はしゃぎの有楽を見て、呆れながらため息を吐く。
しっかりと勉強をして、しっかりと部活をして、大学に行ってアナウンスの勉強をしてアナウンサーになる。俺にとっては、それが一番の夢だったわけだが……
「なあチビ妖精よ。俺と有楽は、ちゃんと日本に戻れるんだろうな」
「そんなのとーぜんですよ。よるになったら、ピピナがにほんでふたりをとばしたじかんにかえれるです」
「はぁ!?」
「それって、あたしと松浜せんぱいのところに来た時間にってこと!?」
「です。じかんをこーらせて、かなとさるすけのたましいだけをつれてきたんですから、ちゃんとあのじかんのあのばしょにもどれるですよ。しんぱいすることはねーです」
「って、大丈夫なの? ピピナちゃんの力、ほとんどからっぽだったんでしょ?」
「こっちにいるあたまのかたーいおてつだいさんとちがって、るいこおねーさんはごはんをたくさんたべさせてくれたです。だから、おもったよりもはやくぴぴっとぱわーがたまったですよ」
「それで、俺たちを?」
「はいです。たましいだけなら、ぱわーもほんのちょこっとだけでいーですし」
さっきからなんでもなさそうに言ってるけど、どれもこれも俺の理解の範囲を超えている。手のひらサイズのマスコットにしか見えないってのに……コイツ、ほんとに妖精なのか。
「で、ですね。ふたりにはおねがいがあってここにつれてきたです」
「さっきは相談だとか言ってたよな」
「はい。それもふくめてなんですけど、このヴィエルのまちをみてほしいのですよ」
チビ妖精はそう言うと、くるりと前へと向き直った。
行く先にあるのは、3階建てのレンガ造りの建物と、その中に建てられているさらに高い時計塔。どっちも大きな作りで、でんと構えるようにして建てられていた。
「このまちで、らじおきょくがつくれるのかどーか」
「お前、ルティがやりたいことも聞いてたのか」
「はい。それに、さすけとかながさっきいってたこともきいてました」
「じゃあ、作るのが難しいってのも知ってるわけだな」
「です」
俺たちに背を向けているチビ妖精の言葉に、お気楽さはない。
「ルティさまはげんきいっぱいでしたけど、このくににはらじおになるようなものなんてどこにもありません。〈すたじお〉も〈ぽけっとらじお〉も、みーんなちきゅーのせかいでうまれたものです。それをさがすなんて、さばくでみずをさがすくらいむずかしーはなしなんですよ」
「ルティに、そのことは言ったのか?」
「いえるわけないじゃないですかっ!」
そして、勢いよく振り返ったチビ妖精からも笑顔が消えていた。
「あんなにたのしそーにしてたルティさま、とってもひさしぶりでした。それをくもらすことなんて、ピピナにはできません! だから、だから……」
「ルティに言う前に、ここで本当にラジオができるかどうかを知りたかったのか」
「はいです。かなもさすけも、ルティさまのことをまじめにかんがえてくれてました。るいこおねーさんもですけど、あのひとにはいっぱいいっぱいおせわになっているから、これいじょうは……」
「なるほど、な」
ここに俺と有楽だけが連れてこられたことに、ようやく納得がいった。俺たちを見上げるチビ妖精の目は、まるですがるようだったけど――
「せんぱい、いいですよね」
「おう。無事に帰れるんだったら問題ない」
そんなの、コイツには似合わない。
「だから、ピピナちゃんもいっしょに作れるか考えようよ」
「ぴ、ピピナもですか?」
「この世界の情勢とか地理とか、今はお前だけが頼みだ。きっと、ルティの助けにもなると思う」
「だからお願い、ピピナちゃん。ヴィエルを見回りながら、レンディアールのこととか教えてくれないかなっ」
少し大げさに、有楽がぱんっと手を合わせてピピナに頭を下げる。それほどあからさまじゃないけど、片手を顔の前に持って来た俺も軽く頭を下げると、
「も、もちろんですっ。ピピナにできることがあるなら、なんだってやっちゃうです!」
きょとんとした顔で見ていたチビ妖精は、また元の可愛らしい笑顔を取り戻していた。
俺らも手詰まり同然だったから、事情を知ってるヤツがいれば心強い。
「それじゃあ、ヴィエルのまちをあんないするですよっ!」
元気に俺たちの前を飛び始めたチビ妖精に、俺と有楽は顔を見合わせて笑いあった。
生意気ではあるけど、コイツには元気なほうが似合ってるよ。
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