第7話 異世界のリスナーさんが、またひとり②

「まずは……そうだな、ピピナ」

「はいですっ」


 呼ばれてにぱっと笑うと、チビ妖精はルティの出した両手のひらの上にちょこんと座った。


「我を助け、この世へと連れてきてくれた友を皆に紹介したい。我が生まれた頃から共にいる、妖精の『ピピナ・リーナ』と言う」

「はじめまして、ピピナですっ」


 小さいなりではあるけど、チビ妖精が元気いっぱいに手を挙げて自己紹介する。


「ピピナには、我をこの世で助けてくれた友を紹介しよう。まずは、アカサカ・ルイコ嬢」

「よ……よろしく?」

「よろしくですっ、るいこおねーさん」


 理解が追いついていないのか、赤坂先輩はあいまいに返事したままチビ妖精のことを眺めていた。


「そして、ウラク・カナ」

「よろしくっ、ピピナちゃん! ああっ、かわいいなぁ~!」

「よろしくです。なかなかみこみのあるひとですねー」


 なんか聞き捨てならないことを言ってる気がするけど、有楽のやつ、ハァハァモードに突入して聞いてねえな。


「最後に、マツハマ・サスケだ」

「…………」

「…………」

「やんのか?」

「やんですか?」

「サスケ、ピピナ」

「じょ、冗談だよ」

「じょーだんですよっ」


 にらみ合っていたところに飛び込んできたルティの低い声に、あわてて笑顔で弁解する。でも、コイツは油断しちゃいけなさそうな気がする。


「ルティさん」

「どうかなさいましたか、ルイコ嬢」

「あの……本当に、本当に妖精さんなんですか? ピピナさんって」

「はいっ。私がいた国・レンディアールを守護する『豊穣の精霊』の幼子であり、友でもある妖精です」

「妖精さん……よーせーさん……」

「先輩、大丈夫っすか」


 いかん、どうやらキャパオーバー寸前らしい。


「るいこおねーさん、るいこおねーさんっ」

「ふぁいっ!?」


 チビ妖精がルティの手のひらから飛び立つと、赤坂先輩の目の前にふわふわ浮いてちょこんとおじぎをした。


「きょうは、ルティさまのことばをきいてくれてありがとーです」

「ど、どういたしまして。って、あれっ?」

「おお、ピピナも聴こえたのか」

「はいですっ」


 そして、笑顔でびしっと敬礼。


「ピピナ、そらをとぶ『こえ』がきこえるです。だから、ルティさまとるいこおねーさんのやりとりもきこえたですよ。るいこおねーさんのやわらかいこえ、ピピナもだいすきですっ!」

「あら……まあ」

「へえ。ピピナちゃん、ラジオの音が聴けるんだ」

「〈らじお〉がなにかはよくわからないですけど、ピピナのはねをぴぴっとしたら、すぐそこのたかーいとうからびびっときこえたです。るいこおねーさんのまえにすっごくこわいことをいってたのが、かななのですよね」

「そうそう! えへへっ、妖精さんにあたしの演技を聴いてもらえるなんて、夢みたいだなぁ」

「と、ゆーことはぁ」


 うれしそうに身もだえしてる有楽から、チビ妖精が振り返ってにんまりと笑う。


「……『こえぇよ! このしんにゅーせーこえぇ!』」

「っ! こんにゃろっ!」

「くすくすぷー」


 一回おしおきしてやろうと両手を伸ばしたけど、俺の手をすり抜けてルティの肩の上へ逃げやがった。


「あははっ、さるすけのなさけなーいこえもたのしかったですよー!」

「誰が『さるすけ』だとコラぁ!」

「ピピナ」

「はわっ!?」


 そのルティが、ケタケタ笑うチビ妖精の首元をつまんで顔の前へ持って行くと、


「そろそろ、おしおきが必要だな」

「ふにゃぁぁぁっ!?」


 空いていた右手で、チビ妖精のほっぺたをぐにゅぐにゅとつまみだす。


「初対面の相手に、無礼は厳禁と言っているであろう!」

「でもでもっ、あいつだってもぎゅっ!」

「くふっ、ふふふっ」

「赤坂先輩?」


 笑い声がしたほうを見ると、隣にいた赤坂先輩がこらえるようにして身を震わせていた。


「ごめんなさい。ピピナさんと松浜くんのやりとりを見てたら、つい」

「やーいやーいわらわれもがっ」

「ピピナもサスケも、ということだ!」

「ふたりとも、だね」

「えー」

「せ、先輩」

「当然だ」


 情けなく声を上げる俺とチビ妖精を、ルティが一刀両断で締める。情けない姿を先輩に見られるとは……不覚。


「でも、ちゃんと現実なんだね」


 笑いが収まった赤坂先輩は、ルティの手のひらの上でほっぺたをさすっているチビ妖精の顔をのぞき込んだ。


「わたしたちの世界には妖精さんがいないから、どう接したらいいのかわからなかったんです。ごめんなさい、ピピナさん」

「いーのですよ、るいこおねーさんっ」


 先輩が差し出した人差し指を、にぱっと笑ったチビ妖精が両手で握手っぽくにぎる。背中の羽と、ちょこんととがった耳以外は俺たち人間とあまり変わらないけど、ルティの手のひらにおさまる姿は、マンガとかに出てくる妖精そのものだった。

 とんでもなく生意気なことは除いてな!


「ねえねえ、ルティちゃん。ピピナちゃんとはいつ頃ここに来たの?」

「おそらくではあるが、だいたい二日ほど前だろうか」

「二日前かぁ」

「うむ、これが三度目の夜となる」

「じゃあ、ふたりともそこで野宿してたんだ。着替えとか食事は?」

「そのようなものはない」

「えっ」


 なんか今、さらっととんでもないことを言いやりませんでしたか?


「少しばかり足を延ばして散策しようと思っただけなのだ。この身ひとつ、それだけで賊に追われてしまってな」

「あのおばかさんたち、ルティさまをさらってひともーけとか、ふてぇことをかんがえてたみたいです」

「ということは、ルティちゃんがふらふらになってたのって」

「二日間、何も食べるものは無かったもので……」

「おみずだけは、ここにくるひとたちのみずまきをこっそりまねしましたけどねー」

「……ふたりとも、ずいぶん大変な目に遭ってたんだね」

「だが、そなたらや〈らじお〉に出会えたのだ。全てが悪いこととは言えまい」


 からからと笑って言うルティだけど、なんつーハードな経験をしてるんだよ……


「じゃあ、ルティは今晩どうするのさ」

「再び、ここで野宿するしかなかろう」

「ルティさんとピピナさんが元いた世界には、戻ることは出来ないんですか?」

「そのようなことはないのですが、ピピナの力が元に戻るには時間が必要でして」

「ルティさまのたましいがぺこぺこにならないようにしたり、ここでピピナとルティさまがのすがたをかくそうとしたりすると、どーしてもピピナの『ぴぴっとぱわー』がたらないんです」


 隠れようとしたというのはわかるが『たましいがぺこぺこにならないよう』って、これまたずいぶん物騒なことを言いやがる。それに、春の屋上で野ざらしだなんて、いくらなんでも無謀すぎだろう。

 かといって、泊まる場所……なあ。


「あの、ルティさん、ピピナさん」


 そう思っていると、軽くうつむいていた先輩が顔を上げてふたりに話しかけた。


「ここで寝泊まりを続けるのは身体に悪いですし、もしよかったらわたしの家に来ませんか?」

「ルイコ嬢の、家に……そんなっ、我々がいてはルイコ嬢の御家族の邪魔になってしまいます」

「そんなことはありませんよ。父と母は今、ポーランド……えっと、遠くの国に住んでいますし、ルティさんとピピナさんが寝るところもすぐに用意出来ますから」

「しかし」

「それに、ですね」


 続いて先輩は、人差し指をぴんと立てて、


「もっと、おふたりの話を聞きたいんです」

「ピピナたちのおはなしですか?」

「はいっ。それには、もっと落ち着いた場所のほうがいいじゃないですか」


 名案とばかりに、にっこりと笑った。

 夕方、ルティのジングルを録りたいって言ったときもこんな風に笑っていたけど、楽しそうなことを思いついたときの先輩の表情はいつ見ても可愛らしい。


「そこまで、仰るのでしたら」

「ピピナ、よろこんでるいこおねーさんのとこにいくですよー!」

「ピピナ!」

「ふふっ、いいんですよ」


 ルティもチビ妖精も、その笑顔を見て納得したようだ。


「いいなー、瑠依子せんぱい」

「有楽も誘うつもりだったのか」

「いえいえ。うちは妹がいっぱいいますし、無理は無理なんですけど」


 そこまで言って、有楽がぎゅっと拳をにぎる。


「異世界の子を家に泊めるとか、ロマンのカタマリじゃないですか!」

「……俺にはそのロマンがよくわからん」


 コイツのサブカルトークには、時々ついていけなくなる。

 俺ん家の場合だと、母さんはともかくとして、父さんがアニラジアニメのラジオのパーソナリティ経験者……だとしても、いきなり現物のチビ妖精を連れて行ったら卒倒するだろう。


「ねえねえ、松浜くん、神奈ちゃん」

「なんすか?」

「ふぁい?」


 呼ばれたほうを向き直ると、相変わらず先輩がうれしそうに笑っていた。


「ふたりも、これからどうかな?」

「これからって、なにがです?」


 俺が聞き返すのと同時に、先輩がぽんっと手のひらを合わせる。


「わたしの家で、ルティさんとピピナさんといっしょにお話しするの」

「はいっ!?」

「いいんですかっ!」

「うんっ」


 有楽は即食いついてるけど、待て待て、ちょっと待て! ちょっとだけ年上だけど、女の子の家だよ!? 女の子の家!


「せ、先輩っ、もう夜の7時過ぎですし、そんな時間におじゃまするわけには」

「大丈夫だよっ」


 ああっ、そのキラキラした笑顔で言わないで下さいっ!


「おばさまにはわたしから電話するし、それにね」


 その上、近づいてこられたりなんかしたら、


「会わせてくれた松浜くんと神奈ちゃんとも、たくさんお話ししたいから」

「じゃ……じゃあ、喜んで」


 陥落以外の選択肢が、あるわけないじゃないですか。


「ほんと? ありがとっ!」

「あはっ、あははは」


 この瞬間、俺の人生で初めての女の子部屋行きが決定した。

 ……どうするよ、俺。

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