第5話 リスナーさんとの出会いは貴重です②

 *  *  *


 スタジオ前での空腹騒動から、数十分後。


『〈赤坂瑠依子の「若葉の街で会いましょう」〉。通りすがりの身ではあるが、我、エルティシアがこの可憐な声に祝福を捧げよう』

「おお……」


 エルティシアさんはスタジオ前のベンチで、スピーカーから流れる出来たてのジングルに聴き入っていた。

 何か食べましょうと言う俺たちに「どうしても聴きたい」と言い張って、ついさっきまでうつろだったはずの緑色の目が、スタジオ上のライトに照らされてきらきら輝く。


『本日最後を彩るジングルは、とても可愛らしい外国人の女の子・エルティシアさんから頂きました。今もスタジオの前で聴いてくれているエルティシアさん、わたしの声を祝福してくださって、本当にありがとうございます。この祝福、大事にしますね』

「っ!?」


 続くエンディングトークの中で、スタジオにいる先輩が窓の外に軽くお辞儀をしてみせると、その輝いた目をいっそう見開かせた。


『それでは、今週もそろそろお別れの時間が近づいてきました。来週訪れるのは――』

「き、聴いたか!? 我の声が聴こえただけではなく、ルイコ嬢から礼を言われたぞ!」

「よかったですね。先輩……えっと、赤坂さんも喜んでましたよ」

「エルティシアさんの声、とてもあたたかいですからねー」

「まことか? まことか!?」

「ええ」

「はいっ」


 ふたりして、ベンチの両隣にいる俺たちの手を握ったエルティシアさんに大きくうなずいてみせる。俺も有楽も直接聴いてそう思ったんだから、間違いない。


「そうか。我の声はあたたかいか……」


 よっぽど嬉しかったのか、両手を胸元に置いたエルティシアさんは噛みしめるように何度も、何度もうなずいた。


 *  *  *


 その時のエルティシアさんの仕草と、今ここにいるルティの仕草が重なって見える。


「まず、我の声がどう聴こえるかを知ることが出来た。その声で紡いだ言葉が、誰かに喜んでもらえたのも初めてであったな」


 見た目や仕草は子供っぽい彼女だけど、ジングルを録ったときの凛とした姿や、こうして俺たちと向かい合って話しているときの物言いはとても真っ直ぐで、しっかりとした言葉が心地いい。


「ルイコ嬢の言葉、今も温もりとなって心に残っているぞ」

「そう言っていただけると、わたしもうれしいです」


 それは、さっきからルティの後ろに立っていた赤坂先輩も同じようで、


「る、ルイコ嬢!?」

「驚かせてごめんなさい。お話し中に割り込むのはどうかなって思ったんですけど、エルティシアさんの言葉がうれしくて」


 顔を真っ赤にしてあわあわしているルティに、赤坂先輩も少し顔を赤くしながら微笑みかけた。


「松浜せんぱい、そっち寄ってもらえます?」

「おう。赤坂先輩、こっちへどうぞ」

「ありがとう、松浜くん、神奈ちゃん。おばさま、ミルクティーを頂けますか?」

「はーいっ」


 俺と有楽が寄って空いたスペースに、カーディガンを脱いだ赤坂先輩が座る。その向かいで、ルティは先輩をまじまじと見ながら口をぱくぱくさせていた。


「改めて、はじめまして。『わかばシティFM』で放送局員のボランティアをしています、赤坂瑠依子です」

「わ、わっ、我は……んんっ……いえ、わたくしの名は、エルティシア。エルティシア・ライナ=ディ・レンドと申します。ぜひ、ルティと呼んでください」

「ルティさん、ですね」


 息を整えたその口からは、母さんに接したときと同じていねいな言葉。大人に対しては、こうやって敬意を持って接しているらしい。


「先程は、わたしのラジオを聴いて下さってありがとうございました」

「私こそ、拙き言葉だったにも関わらず、受け取って頂いてまことにありがとうございました」

「ルティさんのあたたかい祝福、とてもうれしかったです。突然のことで、驚かれませんでした?」

「驚いたというよりも、不思議なことを頼むものだなと。ですが、流れてくる声のひとつひとつへ優しく語りかけるあなた様に、今は言葉を預けてよかったと思います」

「わたしも、ルティさんの声を聴けてうれしかったです。でも、不思議ですか……そう言われたのは、初めてですね」

「何故、ルイコ嬢はそのようなことをなさるのかと思いまして」


 そのルティの疑問に、赤坂先輩がにっこりと笑ってみせる。


「出会った人たちの言葉を、多くの人に聴いてほしいからです」

「言葉を、聴いてほしくて?」

「さっき聴いてもらったとおり、わたしの番組は街でいろんな人たちとお話しして、それを放送するものです。毎回4、5人の方とお話ししたものを流していますけど、まだ番組を始めたての頃に『ちょっとだけでも宣伝したい』とか『なにかひとこと言わせて』って、高齢の方や小さなお子さんたちに言われたことがあって……どうにか出来ないかと局のみなさんと考えたのが、ルティさんにも録っていただいた『11秒のメッセージ』でした」

「『なにかひとこと』……ですか」

「例えば、ご年配の方が昔の同級生の方々に対して『今度将棋の大会をするから鍛えとけよ』と伝えたり、会社員の旦那さんがお嫁さんにこっそり『いつもありがとう、大好きです』って言ったり」

「その一週間後に、その夫婦がスタジオ前に来てラブラブなメッセージを残していったこともありましたよね」

「あったわねー」


 先輩はほのぼのと笑っているけど、「大好きです」「私も大好きです」って言い合うラブラブっぷりを真正面で収録させられた俺としては、参ったなんてもんじゃなかった。

 来る者拒まずだから仕方ないけど。来る者拒まずだから、仕方ないけど!


「まるで、伝言板のようなものですね」

「あっ、ぴったりですね。声の伝言板って言っていいかもしれません」


 ルティの言葉がうれしいのか、先輩が両手をぽんと合わせた。


「言いたいことがある人って、少なくないと思うんです。でも、面と向かって言うのは恥ずかしい人や、たくさんの人に伝えたいっていう人もいるわけで、そういう人たちにとっての受け皿になれたらいいなって」

「あたしも、すっごく受け皿になってもらったんだ」

「カナもなのか?」

「うんっ」

「神奈ちゃん、3年前に番組で『声優になる』って宣言して本当に叶えちゃったんですよ」

「叶えたというか、まだまだ叶えてる真っ最中というか。『声優になる』って宣言してたくさんの人に聴いてもらったら、もう後には引けないかなって」

「な、なんと豪毅な……」

「今から思うと、大胆だよねぇ」


 たははーと笑ってから、有楽があっけらかんと言い放った。

 去年の夏休み、高校の体験入学の日に放送部へ突撃して「来年からよろしくお願いします!」ってあいさつに来て、合格発表の日に本当に入部届けを出しに来たあたり、こいつは本当にキモが据わっていると思う。


「確かに大胆だが……そうか、そういう伝え方もあるのか」

「ただ、今日のはわたしのわがままだったんですけどね」

「と、申しますと」


 話し中ということもあってか、静かにやってきた母さんからソーサーごとティーカップを受け取った先輩は、ミルクティーをひとくち飲んでから口をまた開いた。


「窓の向こうの女の子に手を振ったら手を振り返してくれて、とても可愛いらしくて。この子の声はどんな声なんだろうって思ったら、いてもたってもいられなくなっちゃったんです」

「なるほど。だから、サスケとカナに我の声をと頼んだのですか」

「そういうことになりますね」

「だとすれば、光栄の至り」


 少し恥ずかしそうに笑う先輩に、ルティが深々と礼をして返す。


「ルイコ嬢に呼ばれて、とてもうれしく思います」

「わたしも、ルティさんに祝福して頂けてとてもうれしかったです」


 そして、ふたりして笑い合う。

 見た目が小学生高学年か中学生ぐらいのルティと、少し背が高くて落ち着いた雰囲気の赤坂先輩。どう見ても歳が離れているふたりだけど、ルティの堂々とした振る舞いと先輩のほんわかとした受け答えが、ふたりの距離を近づけているみたいだった。


「楽しきものですね、〈らじお〉というのは」

「ええ。ルティさんは、あまりラジオを聴かれないんですか?」

「いえ」


 先輩の問いに首を振ったルティは、コップに残った水で口を潤すと、


「私の国には、〈らじお〉というものがないのです」

「えっ?」

「ら……ラジオが、ないんですか?」

「やっぱり」


 俺にとっては、なんとなく予想出来た答えを告げた。


「や、やっぱりって、どういうこと?」

「ルティに初めて話しかけたとき、まったくラジオのことを知らない様子だったんですよ」

「えっ、そ、そうでしたっけ?」

「お前はずっとハァハァしてたもんな」

「いかにも、我に〈らじお〉が何たるかを教えてくれたのはサスケであった」

「じゃあ、ルティさんはどちらの国から?」

「おそらく、ルイコ嬢もサスケもカナも知らぬとは思いますが……『レンディアール』という国から参りました」

「「「レンディアール?」」」

「なんと言えばいいのか」


 そんな国、聞いたこともない。

 でも、ルティはいたって大まじめで――


「……ああ、カナが演じていた声の劇の言葉を借りるならば」

「あたしの、ラジオドラマ?」

「うむ」


 その真剣な表情を崩さないまま、


「あの中のような、異なる世から来たと言えよう」


 堂々と、ありえないことを言い放った。


「えっと」

「異なる、世……異世界、ってこと?」

「ま、またまたご冗談を」

「冗談などではない」


 いや、確かに緑色の目や銀色の髪、それに透き通るように白い肌から海外の人には見えるけど、そんな、異世界から来ただなんて……ファンタジーじゃないんだから。


「恥ずかしい話ではあるが……賊に追われている最中に、この世へと逃げて来たのだ」

「賊に追われたって」

「う、うむ」


 有楽の問いに、ばつが悪そうにして目をそらすルティ。その仕草からは、ウソやデタラメなんてカケラも無さそうには見えるんだけど……


「銀貨や金貨を全て奴らに投げ打って、それでも追ってこようとするから……結果的に、そなたらにこのような迷惑をかけてしまってはいるが。だが、まことのことなのだ」


 空のコップに視線を落として悔しがる姿に、一瞬納得しそうになる。

 でも、異世界だなんて言われても……信じられるわけがない。


「それが本当だとして、ひとりでここに来たんですか?」

「いいえ、私だけではありません。友が、この世へと逃してくれたのです」

「そういえば、そのパンって」

「友への土産だ」


 さっき母さんが先輩のミルクティーといっしょに持って来た包みを見て、そんなことを言っていたのを思い出した。


「じゃあ、その友達って今はどこにいるんだよ」

「近くにある、高き塔の上で身を休めておる」

「塔?」

「あったっけ?」

「あの〈らじお〉の近くにあるではないか」

「えー」


 局の近くに、そんなファンタジーなモノは無いだろうに。


「あのー、せんぱい」


 と思っていたら、有楽が控えめに手を挙げていた。


「どしたよ」

「なんとなくですけど、心当たりが」

「マジか」


 さすが、放送部一のサブカルクイーンマニア。でも、そう言った当の有楽は難しそうな顔でうーんと唸っている。


「ねえ、ルティちゃん。あたしたちもそこへ行っていいかな」

「無論だ。そなたらに我の友と会ってほしいし……それに、助けを借りたい」

「どういうことです?」

「塔の中へ入れなくなってしまったのだ」

「なにさ、それ」

「あ~~~~~~」

「っ!?」


 意味不明な内容に呆れかけたところで、有楽が奇声を上げた。


「やっぱりね、あー……『塔』だね、確かに」

「神奈ちゃん、どうしたの?」

「瑠依子せんぱい」


 そして、顔を上げたかと思うとそのままの勢いで赤坂先輩へ向き直る。


「もしかしたら、瑠依子せんぱいの助けが必要かもしれません」

「わ、わたしの?」

「どういうことだよ」

「たぶん、行けばわかります。ルティちゃん、案内してくれる?」

「ああ、もちろんだとも」


 ルティがうなずいて席を立つと、有楽も続いて席を立つ。

 いや、まだ夜も早いからいっしょに行くのは別にいいんだけど……


 塔って、どこだ?

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