第4話 リスナーさんとの出会いは貴重です①
目の前に積み上げられる、皿とカップにサラダボウル。
「おかわり!」
それを築いた主は、片手を挙げておかわりを要求して、
「はーいっ、今すぐお持ちしますね」
日頃聞き慣れている元気な声が、真横のカウンターから響き渡った。
「あむっ、んむんむんむ……あむっ、んぐっ」
で、おかわりの主はそれに応えることなく3つ目のサラダに手を出して、
「すっげえな」
「はらぺこだったんですねー」
俺と有楽は、向かいの席に座る「エルティシア」という名前のフードファイターをただただ眺めていた。
「というか、俺とお前で500円ずつ出してはみたけど」
「ええ」
「これ、さ」
「越えてますよ、ね?」
エルティシアさんが一心不乱に食べているのは、トーストにスープ、サラダといった喫茶店でも安め中の安めなメニュー。それでも、数が増えれば当然その分積み重なるわけで。
「はいっ、おかわりのトーストとサラダをお持ちしました」
「うむ、かたじけない!」
トーストが4皿に、スープが2皿とサラダが3皿。それぞれ250円と200円ずつって単価だけど、計算してみれば……うん、完全にぶっちぎってるな。
「でもさぁ」
「はい」
「あむっ、あむあむ……んくっ、あむあむ」
「言えないだろ」
「言えませんよね」
「んくっ、んくっ……ふうっ」
「「『勘弁してください』なんて」」
実は彼女、俺たちが提供したお金で飲み食いしている。
理由はといえば、実に単純明快。
『お金が無い』
この5文字に尽きる。
目を回して「大丈夫、大丈夫だ」と言い張るエルティシアさんを問い詰めたら「おなかがすいた」って明かしてくれたけど、それを聞いたらはいサヨナラなんて出来るわけがない。
とはいえ、1000円でたくさん飲み食い出来るところなんて限られているわけで。
「ふふっ。佐助が連れてきた子、いい食べっぷりねえ」
「あの、母さん? それ、誰も頼んでないよな?」
「心配御無用、たくさん食べてくれたサービスよ。あの、よかったらこのミルクセーキも飲んでくださいね」
わかばシティFMの近くにある俺の家――喫茶「はまかぜ」で、手頃にエルティシアさんのお腹を満たそうと連れてきたわけだ。
「よろしいのですか?」
「ええ、美味しそうに食べて頂けましたから」
「行き倒れ寸前のところを助けて頂いただけではなく、飲み物まで……まことに申しわけありません。ありがたく、ちょうだいいたします」
エルティシアさんは母さんからグラスを受け取って一礼すると、そのままぐいっと煽った。
「んくっ、んくっ、んくっ」
「あらあら」
「か、かわいい……っ!」
微笑ましそうに頬に手を当てる母さんに、両手を口に当てて興奮する有楽。確かに両手でグラスを持って飲む姿は可愛いらしいけど、そこまでハァハァするものなのか。
「そうそう、佐助」
「うん?」
母さんに呼ばれて顔を上げると、
「これ、一応ここまでのお会計ね」
「あ、う、うん」
容赦なく、にこにこと伝票ホルダーを手渡してきた。いや、わかってた。わかってたよ。でも、心の準備ってものがさ。
どんな金額が書かれてるのやらと、伝票を見てみると、
『ワケありみたいだから、ひとまずお会計は待ってあげる』
「!?」
意外な言葉にもう一度顔を上げれば、笑顔のまま母さんが小さくうなずく。めっちゃ助かる申し出に、俺も笑顔でうなずき返した。
お会計分の手伝い、ちゃんとしないとな。
「ぷはっ……ふうっ。ありがとうございました、御母堂殿」
「こちらこそ、美味しそうに食べて下さってありがとうございます。おかわりは、どうしますか?」
「十分に堪能いたしました。あと、重ね重ね申しわけないのですが」
と、エルティシアさんが皿に残った半切りのトーストに視線を落とす。
「お腹を空かせて待っている友がおりますので、この半切れは持ち帰っても宜しいでしょうか」
「ええ、構いませんよ。もしよかったら、もう一枚焼きましょうか?」
「いえ。友は小柄なので、この量で十分かと思われます」
「わかりました。では、包みに入れてお持ちしますね」
母さんはまたにっこり笑うと、空いた皿とトーストの皿をトレイに載せてカウンターの中へ戻っていった。
「サスケとカナにも、大変馳走になった。まことにかたじけない」
「いえ。顔色も良くなったようで、よかったです」
「大丈夫ですかっ? ケーキとか、フルーツとか食べたくないですかっ?」
「だ、大丈夫。大丈夫だ」
「有楽、いい加減落ち着け」
ハァハァ継続中の有楽が財布を取り出したのを、エルティシアさんは慌てて両手を出して、俺は手にした財布を押さえつけてなんとか制した。こいつ、さらに自腹を切る気か。
「〈らじお〉に導いてくれただけではなく、空腹であった我を助けてくれたことに感謝が絶えない。今は何も出来ないが、またいつか、何らかの形で埋め合わせをさせてもらいたい」
「気にしないで下さい。こちらこそ、いいラジオの素材を頂きました」
「だが」
「いいんですって」
「むぅ……」
納得いかないように、エルティシアさんがちょっぴり頬をふくらませる。そんな姿も、なかなか愛らしい。
「ならば、我と普通に話してはくれまいか」
「普通に、ですか」
「恩人達に、敬うように応じられるのは忍びない。歳もさほど変わらないのだろうし、それくらいはよかろう?」
「あの、エルティシアさんは何歳で?」
「14だ。来月で15歳になる」
「ということは、あたしのいっこ下かぁ」
有楽の一つ下、か……もうちょっと下にも見えるけど、言わないでおこう。
「じゃあ、エルティシアちゃんって呼んでいいのかな?」
「『ルティ』でよい。姉上たちにはそう呼ばれている」
「なるほど。じゃあ、ルティちゃんで」
「うむ」
「よろしく、ルティ」
「サスケもよろしくな」
満足いったように、エルティシアさん――ルティが、にっこりと笑顔を浮かべた。
さっきまでの空腹でへろへろだった姿はどこへやら、スタジオの前で会ったときみたいに元気な笑顔だった。
「しかし、やはり何もせぬのは忍びない」
「いいんだってば。瑠依子せんぱいもとっても喜んでたし、あたしも参考になったもん」
「参考になった、とな?」
「あたし、声優をやってるんだ。まだまだ駆け出しだけど」
「セイユウ……?」
「あ、えーっと……『声優』っていうのは声だけで演技をするお仕事のことで、いろんなお話の登場人物になりきってしゃべったりするの」
「なるほど、声だけの演劇のようなものか。そういえば、ルイコ嬢の〈らじお〉の少し前にもそのような劇を聴いたな」
「えっ」
もしかして……
「あのー、それってもしかして、こんな感じかな?」
有楽も気付いたのか、嬉しそうに言ってからすうっと細く息を吸った。
「『お姉ちゃん……どうして、この棺は開かないの?』」
「っ!?」
「『お兄ちゃんに最後のあいさつをしたいのに、どうして? どうして、わたしだけ見せてくれないの?』」
役に引き寄せられているのか、笑顔から無表情へと一変した有楽を見てルティが怯えだす。
「『取らないで……わたしから、お兄ちゃんを取り上げないで』」
「そ、そうだ! 確かにそのような演技だった!」
「じゃあ、あたしたちの番組を聴いてくれてたんだね!」
「な、なんという変わり身の早さなのだ……もしや、劇の後に怯えていたのは」
「……うん、俺」
うっわー、アレも聴かれてたとは……でも、目の当たりにした俺やルティが本気で震え上がるあたり、有楽の演技が真に迫っているってことなんだろう。
「せんぱい、せんぱいっ」
「ん、どした?」
「リスナーさんですよ! リスナーさん! ルティちゃん、あたしたちの番組を聴いてくれてたってことですよね!」
「リスナーさん……おおっ、言われてみれば確かに!」
「なんだ? その〈りすなぁ〉というのは」
「ああ、『リスナー』っていうのは、ラジオを聴いてくれた人の呼び名みたいなものだよ」
「あたしたちのラジオを聴いてくれてありがとう。えへへっ、まさか聴いてくれた人に会えるなんて」
「我こそ、面白きやりとりを聴かせてもらった。空腹をすっかり忘れて、あのざまをさらしてしまったがな」
「いや、楽しんでもらえてなによりだよ」
おどけるルティに、俺も笑って応える。身内以外で聴いてくれた人に会えたうえに、番組のことまで話してくれるなんて。
芸能人がパーソナリティを担当するAMやFMのラジオ番組と違って、放送地域が狭くアマチュアがパーソナリティを担当することが多いコミュニティFMは、どうしても聴かれる機会が限られる。
ましてや、俺らのような学生パーソナリティになると、聴いてくれるのは学校の友達や部の人間、他校の放送部員に卒業した先輩ぐらい。先代の先輩にもメールはたくさん来ていたけど、純粋なリスナーさんからのメールは月に数通くればいいぐらいだったのを考えると、偶然とはいえこうして話せるのが本当にうれしい。
「ルティはどうだった? 自分の声が、ラジオから聴こえてきて」
「我の声が、か」
俺の問いかけに、ルティはしばらく緑色の瞳を宙に向けてから、
「実に、不思議のかたまりであった」
右手を胸元に置いて、先輩に名前を呼ばれたときと同じ、めいっぱいの笑顔でうれしそうに応えた。
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