第2話 あなたの言葉をラジオに乗せてみませんか?①
〈ノートPCを持ち込まれるお客様の中には、今回の赤坂様のように電源が入らなくなったという方もかなりいらっしゃいます。ただ、ACアダプターを接続して起動出来る場合であれば、バッテリーを交換することで再度使えるというケースも多いですね〉
〈この子の場合は、まだバッテリーの交換は出来ますか?〉
〈ええ。この機種なら取り外しも簡単なので……はいっ、このように〉
〈あっ、ここにボタンがあるんですね〉
〈発売からまだ4年ですし、消耗する部品なので、メーカーは在庫を潤沢に用意していることが多いです〉
〈なるほどー。バッテリーって、だんだん劣化するんですか〉
〈使って充電してというのを繰り返すと、どうしてもそうなってしまいますね。なので、ノートパソコンの駆動時間が短くなってきたら、是非一度、当店やお近くの家電量販店でご相談下さい〉
『……と、あまりパソコンの知識がないわたしに丁寧に教えて下さったのは、オムラデンキ若葉東店のPC担当・
スタジオにいる赤坂先輩の声が、天井のスピーカーから降ってくる。
「あそこの店員さん、当たり外れが大きいですよね。瑠依子せんぱい、運がいいなあ」
「PCの担当さんはいいんだがな」
ぼやきながら、俺と有楽はスタジオ入口側の窓から先輩の放送を見学していた。
普段はただの通路だけど、ここで局の人が見守ったり、ゲストさんが来た時の待機場所になることもあって、小さいイスとテーブルが備え付けられている。
『今回の相談もですが、急なインタビューのお願いも快く受けて下さって本当にありがとうございました。来週土曜からの創業祭では無料のPC相談室を開くとのことですので、パソコンの調子が悪い方や、購入を考えている方は行ってみてはいかがでしょうか』
ほんわかとしゃべっていた先輩が、ちらっとモニターに表示されている進行状況を見てから、テキパキと目の前の機材を操作し始めた。
『それでは、大和さんから曲のリクエストを頂きましたので、ここで紹介したいと思います。奥様と出会ってから、今年で18回目の春、その出会いの時に聴いた思い出の曲をということでした。かわぐちなつきさんの歌で〈春待ち花の色は〉』
リクエストの振りから流れ始めた曲の音量を、先輩が調整卓のスライダーで上げていく。それと同時にカフ――マイクの音量を下げて、先輩はほうっと息をついた。
普通のラジオ局ならスタッフがやる音響機材の操作を、『ワンマンDJ』としてパーソナリティ一人で全部行うのがこの局での基本。先輩の番組『赤坂瑠依子の〈若葉の街で会いましょう〉』もそのスタイルで、若葉市の街中で出会った人たちへのインタビューをもとにフリートークをしたり、もらったリクエスト曲をかけたりしている。
「あ、SNSで大和さんがつぶやいてます」
「どれどれ……おお、喜んでる喜んでる。奥さんも一緒か」
スマートフォンでわかばシティFMのSNSを見ると、確かに大和さんとその奥さんらしいアカウントが、番組宛てに感想をつぶやいていた。
「当たり前ですけど、あたしたちの番組よりすごくつぶやかれてますね」
「そりゃあ、先輩は3年前から市内を巡ってるからな。無名な俺たちよりも、ずっとファンが多いよ」
赤坂先輩は去年の春にうちの高校――若葉南高校を卒業して、近所にある文鳳大学に通いながらボランティアとして番組作りに携わっている。
元々は、俺たちが今担当している南高の番組『ボクらはラジオで好き放題!』の3代前の担当。その頃から街中を取材して街の人たちとの信頼関係を築き上げて、『ボクラジ』の後も同じスタイルの番組を別の時間帯で続けていた。
世界中で流行りかけた新型ウイルスのせいで取材や番組が休みになったりしたこともあったけど、収束した今はまた街に取材に出かける日々を送っている。
「いいなー。あたしも瑠依子せんぱいみたいに、たくさんの人に聴いてもらえるようにがんばらなくちゃ」
心底羨ましそうに、それでいて気合いを込めて拳を握る後輩・有楽神奈。中学2年の時に声優事務所のオーディションに合格した声優のヒヨコで、若葉南高校に合格した日に放送部へ入部届を出しに来た変わり者だ。
「そういやお前、ブログとかSNSはやってるか?」
「ええ、やってます」
「だったら、仕事情報に俺らのラジオも入れとけよ。ちゃんと事務所の人から太鼓判もらってるんだし」
「入れてますよー。でも、アクセス数もフォロワーさんもちょっぴりで」
「マジか」
「しかもほとんどが、事務所の先輩か同期の子か、法務部の人たちなんです」
「切ねえ……」
「駆け出しはそういうものですよー」
事務所仲間の様子見か、所属声優の言動チェックぐらいしかないわけか。
「でも、今日のドラマはきっとアピールポイントになるんで、めいっぱい紹介しちゃいます!」
「しておけしておけ。ついでにアーカイブのリンクもしっかり貼っておけ」
それでも落ち込むことなくポジティブな有楽に、アドバイスついでの宣伝をけしかけた。
せっかく事務所の人にも部活の許可をもらっているんだし、俺らのラジオを少しでもアピールポイントにして欲しいもんだ。
『かわぐちなつきさんで〈春待ち花の色は〉をお送りしました』
スピーカーから流れていた曲のボリュームが下がって、重なるように先輩のゆったりとしたトークがまた始まる。
『まだわたしが生まれて間もない頃の曲ですけれども、母がよく子守唄のように歌っていたことを思い出します。きっと大和さんも、奥様との出会いを思い出されたのではないでしょうか』
窓ガラス越しに見る先輩は、機材の傍らに立てかけたタブレットPCを眺めながら微笑んでいた。きっと、先輩も大和さんのさっきのつぶやきを見ているんだろう。
『ここで一旦CMを挟んで、次は北若葉駅の駅前商店街、わくわくロードさんでの模様をお送りします。いろんなお得情報もありますので、この後もぜひ聴いて下さいね』
先輩が予告した途端、スマートフォンのSNSに『俺の店が来る!』『瑠依子ちゃんが食べたパフェは春限定!』『この後私が言った合言葉を店頭で言うと、お好きなパンが1個無料になります』といったつぶやきが「#ruiko_radio」と書かれたハッシュタグと一緒に流れ始めた。みんな、ここぞとばかりに宣伝してやがる。
「せんぱい、せんぱいっ」
「何だよ」
「珍しいですよ、外国人のお客さん」
有楽が指さす方を見てみると、長い銀髪の女の子がスタジオの大窓の向こう――歩道側にあるベンチから、赤坂先輩のことを見ていた。
「ああ、あの子な」
「知ってるんですか?」
「んにゃ。先輩の放送が始まる前にカーテンを開けたら、ベンチに座ってたんだよ」
「結構前からいたんですねー」
放送中の様子を見ることが出来るオープンスタジオってこともあって、時々こうして番組を見学する人がいる。でも、外国の人を見かけるのは初めてだ。
先輩もそれに気付いたのか、女の子にひらひらと手を振ってみせた。向こうも手を振ってるけど、驚いてるようであたふたしている。
「いいなぁ、瑠依子せんぱいは外の人とやりとりできて」
「仕方ないさ、決まりは決まりだ」
「他の学校も生放送にすればいいのに」
「他校には他校の事情があるの」
「でもですねー」
なだめる俺にぶーたれ続ける有楽だけど、まあ、気持ちは分からなくもない。
土曜の14時から16時までの間、わかばシティFMでは「Wakaba High School Zone」と題して、市内にある高校のうち4つの放送部が30分ずつ番組を担当している。
基本的に生放送がモットーなウチら南高以外は時々生放送だったり、全部完パケ――録音・編集し終わったものを放送したりと、形態はみんなバラバラ。だから「ネット・リアル問わず、放送時間中に外部とコミュニケーションをとってはいけない」なんて決まりが作られていた。破れば「1ヶ月放送休止」と、かなり痛いペナルティ付きだ。
それでも、やっぱり他の番組みたいに外のリスナーさんとやりとりできるのは、俺だってうらやましく思う。
『〈赤坂瑠依子の「若葉の街で会いましょう」〉、わくわくロード商店街の会長、
『オムラデンキさんに続いて、自転車で北若葉駅前にやってきました。今日は、西口のわくわくロード商店街さんにおじゃましてみたいと思います』
商店街の会長さんによるジングルに続いて、先輩のトークが駅前のざわめきをBGMにして流れ始めた。事前に収録済みってこともあってか、中の先輩は窓の向こうにいる女の子に顔を向けたままでいる。微笑ましいな――
「ん?」
と思っていたら、先輩がくるりとこっちへと振り返った。
そして、笑顔で手招き。
「あたしたち、ですか?」
「あー……アレ、かな」
「アレ?」
首を傾げる有楽をよそにスタジオへの重い防音扉を開けると、赤坂先輩は待ってましたとばかりにICレコーダーを差し出してきた。
「先輩、ジングルですか?」
「あたり!」
先輩から受け取ったICレコーダーはもう電源が入っていて、いつでも録音OKな状態。きっと、今すぐ録音してきてほしいんだろう。
「やっぱり。あの外国人の子ですよね」
「うんっ」
「了解っす。練習通りやってみます」
「ありがとう、よろしくねっ!」
ぽんっと両手を合わせる先輩に、俺は軽く敬礼してからそっと防音扉を閉めた。
「あの、何するんです?」
「ジングル録り。前に、お前もしてもらったことがあるだろ」
「ええ、してもらいましたけど……って、あの子のですか!?」
「そ」
ジングルっていうのは、CM明けや番組のコーナーを区切ったりするときにかける、5秒から15秒ぐらいの音声のこと。番組それぞれに独自のものが作られる『看板』みたいなもので、先輩の番組だと、さっきみたいに街の人たちの声がジングルに使われている。
「でも、日本語が無理だったら」
「前に先輩と練習したし、大丈夫だろ。……多分」
「た、多分って」
「心配すんな。雑用歴1年1ヶ月の経験、見せてやんよ」
「微妙に短かすぎません!?」
覚悟を決めて、廊下の奥にある通用口へ。それを開けると社用車の駐車スペースへ抜けられるようになっていて、そのまま表に出ればスタジオ前の歩道。で、さっきの子は……うん、いたいた。
「えっと、えくすきゅーず、みー?」
陽が落ちかけたスタジオ前に駆け寄って、俺はベンチに座っていた女の子に話しかけた。
「?」
座ったまま、俺を見上げて小首を傾げる女の子。銀色の髪は腰の辺りまで伸びていて、くりっとした緑色の目が俺のことを捉えていた。
「あー。きゃん、ゆー、すぴーく、じゃぱにーず、おあ、あざー、らんげーじ?」
「???」
俺の問いに、女の子はますます首を傾げる。初歩的な英語だから、他の国の人だとしても少しは通じると思うんだけど……
「そなたは、何を言っているのだ?」
「へっ?」
戸惑った表情に続いて開かれた口から出てきたのは、かわいらしい日本語だった。
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