異世界ラジオのつくりかた ~千客万来放送局~【改稿版】
南澤まひろ
プロローグ
第1話 音と声の世界へようこそ!
重い木の扉が、きしみながら開く。
『ねえ、エリシアちゃん。ごはん、一緒に食べましょう。ここ数日何も食べていないんだし』
心底心配しているように、語りかける女性の声。
『食べないと、体調崩しちゃうよ? お兄さんだって……ウィルさんだって、きっと悲しんで――』
『ねえ、リューナさん』
その声に、幼い少女の声が被さる。
『ひとつ、質問してもいいかな?』
『え、ええ、いいわよ』
女性――リューナの答えを聞いて、少女――エリシアが歩み寄る。
『どうして、お兄ちゃんだけが死んじゃったの?』
『えっ?』
『事故を起こしちゃったのは、リューナさんなんでしょ?』
『……ええ、そうよ』
『だったら、どうしてリューナさんは生きてるの?』
『…………』
『ねえ、教えて?』
『っ……』
『答えて?』
『……精製薬が爆発しそうになったとき、ウィルさんが私をかばって助けてくれたの』
『へえ』
『それで――』
『それで、お兄ちゃんは丸焦げになっちゃったのに、リューナさんは髪が焦げただけだったんだ』
『ど、どうして、それを?』
『おじいちゃんにお願いして聞いたの。どうしてあたしに何にも言わないで、お兄ちゃんをお墓に入れちゃったのって。そうしたら、あたしには見せられないぐらいひどかったって言ってた。それでいて、リューナさんの髪が短くなってるんだもん。わかるよ』
うろたえるリューナへ、あくまでも天真爛漫に答えを告げるエリシア。
『エリシアちゃん……』
『だからね、お姉ちゃん』
その無邪気な声が――
『返して』
鋭い言葉の槍へと変わって、
『あたしの大好きなお兄ちゃんを……返してよ』
『ひっ!』
地の底から響くような呪詛が、リューナに叩きつけられる。
『返して。返して、返してよ。あたしのお兄ちゃんを……たった一人のお兄ちゃんを』
ガタンと音がして間もなく、ガラスが割れるような音が耳を叩く。
『お姉ちゃんが死ねばよかったのに……なんで、なんでお兄ちゃんじゃなく、お姉ちゃんが生きてるの!?』
『ごめんなさいっ! ごめんなさいごめんなさいっ!』
『謝ったってお兄ちゃんは帰ってこないの! お姉ちゃんが、お姉ちゃんがお兄ちゃんを殺したんだからぁ!』
木製の何かが倒れたかのような音と、血を吐くような叫び。
「いやー」
スピーカーから流れるそれを聴きながら、俺は思わず声を漏らした。
「これ、本当に
「そうれふよー」
テーブルを挟んで向かいの席に座る後輩が、のんきにマドレーヌを食べながら首を傾げる。
「松浜せんぱいも食べましょうよ。せっかく
『いいもん……あたしが、お兄ちゃんを取り戻すんだもん……あたしの、あたしだけのお兄ちゃんを……』
「なんか、お前の裏と表みたいで怖ぇ」
「あたしはあたしですってばー」
ぱたぱたと手を振って笑いながら、後輩はもう一個に手を伸ばした。
「
「あ、はいっ」
「
「わかりました」
俺と後輩のはす向かい、放送用の機材席にいるディレクターに返事をすると、スピーカーから流れていた重々しい音楽が悲しげなクラシックへと変わった。
『若葉南高校放送部制作、ラジオドラマ〈ダル・セーニョ〉、第1回〈ラメント〉。ただいまの出演は』
『ウィル・テスラ・ユーフォリィ、3年・
『リューナ・ユーフォリィ、3年・
『エリシア・ユーフォリィ、1年・
「えへへ」
エンディングの読み上げを聴いていた後輩――有楽神奈が、自分の声を耳にしたとたんに嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「嬉しいか?」
「嬉しいですよー。あたしの名前が、初めてスピーカーから流れたんですから」
「狭いエリアだがな」
「ネットでも聴けるじゃないですか。マネージャーも事務所の先輩も、ネットで聴いてくれるって言ってました」
「なるほどね」
声優のヒヨコにとっては、自分の演技が外へ流れるってのがなにより嬉しいんだろう。
『――音響、2年・
「10秒前」
スタッフの読み上げが終わるのと同時に、ヘッドホンを耳にあてたディレクターが左手で機材のつまみを動かして、右手でカウントを振り始める。
音量が上がりきった音楽が、しばらくして急速にフェードアウト。それからディレクターの手が大きく振られて――
「というわけでお送りしました、若葉南高放送部の新作ラジオドラマ『ダル・セーニョ』の第1回。皆様いかがだったでしょうか?」
「いきなりダークな物語で疲れてませんかー? エリシアの狂気、いかがでしたかー?」
明るくポップなBGMが流れてすぐ、エンディングトークの時間が始まる。
「去年みたいなドタバタラブコメが好きだった人はごめんなさい。ここはひとつ、前任の桜木ブラザーズの趣味ってことで」
「はーい、はいはーいっ。せんぱい、あたしの演技はどうでした?」
「とかはしゃいでるのが、新入部員にして妹のエリシア役をゲットした有楽神奈です。どうです皆さん、このはしゃぎっぷりとドラマとのギャップは」
「クイックレスポンス所属の新人声優・有楽神奈、初めて名前付きの役をもらえましたー!」
心から嬉しそうに、有楽が両手を挙げる。弾みでちょいとお山が揺れてるのはご愛嬌だ。
「おめでとさん。しかし、演じてると全然雰囲気が違うのな」
「あたし、ちゃんとエリシアになれてました?」
「なれてたなれてた。つーか、有楽って本当はエリシアみたいな性格じゃないだろうな」
「エリシアなのはドラマでだけですよ。いつもは、あくまでもあたしです」
「本当かぁ?」
と、いじった途端に有楽の表情がすうっと消えて、
「『……お兄ちゃん、信じてくれないの?』」
「えっ」
「『あたしは、ずっとここにいるのに……』」
「やめいっ!」
か細く冷たい声に、押されて仰け反る。
「『あたしを裏切るなんて……そんなの、絶対許さない!』」
「役に絡めんな! それと無表情でこっちに乗り出すんじゃねえ!」
「と、いったところで『若葉南高校放送部・ボクらはラジオで好き放題!』、そろそろお別れの時間がやってきましたー」
「怖ぇよ! この新入生超怖ぇ!」
刺されるような視線から一転、にぱっと笑ってマイクに乗り出す有楽。入学してまだ1ヶ月経ってないのに、2年生の俺を手玉に取るなんて……なんて恐ろしい子!
「それじゃあせんぱい、締めて締めて」
「切り替え早ぇなぁオイ。えっと、今年度のこの番組は、若葉南高校の放送部がいつもみたいにラジオドラマを作ったり、松浜佐助と有楽神奈の二人が先輩やリスナー、他校放送部から放り込まれた無理難題をクリアしていくのがテーマです」
「あたしたちに無理難題をふっかけたい人や、番組にお叱り・ご意見・苦情を送りたい人は『わかばシティFM』のホームページにあるメールフォームか、番組のSNSから送って下さい」
「ちなみに今週のメールは8通でしたー」
「バラすんですか!」
「しかも身内は6通でしたー」
「多っ! 身内成分多っ!」
はっはっはっ、いつもの事だ。
「まあ、今日からラジオドラマが始まったわけだし、その感想とか送って頂ければ。特に、声優のヒヨコ・有楽神奈さんへのアツい叱咤激励をお待ちしてます」
「遠慮無くお願いします!」
見えやしないのに『押忍!』とばかりに両腕をクロスさせ拳を握りしめる有楽。それだけ、この番組に気合いを入れてるってことなのかね。
「てなわけで、本日のお題『先輩後輩の立場を入れ替えてやってみよう!』を送ってくれた若葉総合高校のラジオネーム『天下は我にあり』さんには、昨年度分のラジオドラマ『だめ×だめ ダメ人間の事情×2乗』が入ったCD-R、全3巻をプレゼントします!」
「ううっ、先輩を呼び捨てにしないといけないなんて辛かったです……」
「ウソつけ! 『サスケ、焼きそばパン買ってこい。十秒でな』ってノリノリだったくせに!」
「えへへー」
「笑ってごまかしたよコイツ」
舌まで出しやがって。
「それではこの時間は俺、某ラジオ局アナのボンクラ息子・松浜佐助と」
「声優事務所『クイックレスポンス』のヒヨコ声優・有楽神奈がお送りしましたっ!」
「このあと4時からは『若葉芸術劇場・クラシックボックス』、そして5時からは我らが
「あっ、明日の夜9時半からの『クイックレスポンスアワー・急いでやってます!』にもあたしが出ますから、よかったら聴いてくださいねー!」
「事務所の先輩にしごかれる様を、ぜひぜひ聴いてやってください」
「ひどっ!」
「それでは皆様、また来週」
「もー、また来週ー!」
むくれたような有楽の言葉から少し間を置き、息を整えてから最後のお仕事。
「この番組は、若葉南高校放送部と」
「若葉市学校放送部協会、わかばシティFMの協力でお送りしました!」
クレジットを読み終えてから少しして、ディレクターが手元の調整卓のレバーを奥の方へとスライドさせていく。同時に音楽のボリュームがだんだんと上がっていって、少し間をおいてから手前へ引くと、同じようにゆっくりとフェードアウトしていった。
『土曜夜十時は、声優事務所・クイックレスポンスのベテランと若手がお送りする』
『クイックレスポンスアワー』
『『急いでやってます!』』
「は~……おお、有楽んとこのCMだぞ」
「あ、ほんとだっ」
どっと疲れが来た俺に対して、有楽はそのまんまの勢いで喜んだ。
「お疲れさまでした、松浜せんぱい」
「ん、お疲れ」
「二人とも、お疲れさま」
お互いねぎらい合っていると、卓の操作を終えたディレクター――赤坂瑠依子先輩が、ヘッドホンを外して俺たちにねぎらいの言葉をかけてくれた。
「先輩もお疲れさまです。ディレクション、ありがとうごさいました」
「あたしも、時間配分とかいろいろ助かりました。ありがとうございます」
「神奈ちゃんはまだ3回目だからね。でも、この間よりも落ち着いてたよ」
俺たちのお礼に、赤坂先輩がにこにこ笑顔で応える……かと思ったら、ほっぺたに手を当てて、少し困ったように眉を下げると、
「あとは、机に乗りだしたり、マイクに近づきすぎないようにしたほうがいいかも。音量はリミッターをかけてるけど、近すぎると息がかかったり服が擦れたりしてノイズが入っちゃうから」
「き、気をつけます」
毎回恒例、先輩のアドバイスタイムが始まった。
「松浜くんは、まだ少し喋るスピードが速いかな」
「もう少しですか」
「うん。お父さんみたいなしゃべりが目標だからだと思うけど、君のお父さんはスポーツ畑の人でしょ。テンポも呼吸も全然違うから、もうちょっと聴いている人を意識した方がいいと思うの」
「うーん、気をつけてはいるんですけど」
「なら、もうちょっとだけ意識してスピードを抑えること。神奈ちゃんへの振りとかオープニングのトークはとてもよくなってるから、それさえ気をつければもっと噛み合うと思うよ」
「わかりました。気をつけます」
速くしゃべってトークの密度を上げても、わかりにくくちゃ本末転倒か……あとで、部長たちにもどうだったか聞いてみよう。
「ドラマは、あとでもう一度聴いてから部長さんにメールしておくね」
「あの、せんぱい。あたしにもそのメールを送ってください」
「勉強熱心だね。もちろんいいよ」
「ありがとうございます!」
有楽のお願いに、にっこり笑ってうなずく先輩。大学生になってからも、こうして局で俺たち後輩のサポートをしてくれるのには、ただただ頭が下がる。
「最後に。二人が楽しそうなのはいっぱい伝わってきたから、そこはいっぱい伸ばしましょ」
「もちろんです」
「せんぱいたちがいてくれれば百人力ですよー!」
「あー……でも、暴走はカンベンしてくれな。時間が足りなくなる」
「えー」
「そこは、松浜くんの舵取り次第かな」
ぷくっと頬を膨らます有楽を見て、赤坂先輩が苦笑する。
「それじゃあ、堅苦しいお話しはここまで。お茶会にしましょうか」
「はーいっ!」
「ありがとうございます。ありがたく頂きます」
先輩は明るいオレンジ色のバッグから紙の包みを取り出すと、卓上にあるマドレーヌの横に広げた。おお、オレンジピールのクッキーだ。
「飲み物は、ホットはちみつレモンにしてみたの」
「いただきまーすっ!」
続けて、水筒と三人分の紙コップ。それから、仕事道具のノートPCとUSBメモリを卓に置いて、有楽の隣に座る。
『こんにちは、〈若葉芸術劇場・クラシックボックス〉のお時間が参りました。本日は〈南米の交響曲〉と題して、4月8日に行われた若葉市交響楽団の第27回定期演奏会より、アストル・ピアソラ作曲の〈シンフォニア・ブエノスアイレス〉、そして――』
「あっまーい♪ あっ、マドレーヌとクッキーの合体技もいけま……ぐぉ、ごほっ、ごふぉっ!」
「ほらほら。いっぱいあるんだから、そんなに急がなくても」
「けほっ、けほっ。うー……だって、初回の打ち合わせで全部独り占めした薄情なせんぱいがいるからー」
「有楽が仕事で遅れたからだろ」
「それでもちゃんととっておくのが、せんぱいの役目です!」
「へいへい」
スピーカーから流れてくる録音番組をBGMにしながら、俺たちはお茶会に没頭していた。
東埼玉の片隅にある、若葉駅。
そこから少し離れたビルに、ここ「わかばシティエフエム」が入っている。
社名のとおり、FMラジオの放送局……ではあるんだけど、新聞に番組表が載ってるような大手の局じゃなく、ひとつの市区町村やまわりの地域だけを対象にして、地域の情報や地元民の番組を放送する『コミュニティFM』を運営している。
電波が発信されるのは、立派な鉄塔じゃなくて近所にあるタワーマンションの屋上から。聴ける範囲はここ若葉市と、周りにある市のごくごく一部だけと本当に狭い。
今いるこのスタジオも俺たち三人だけでかなり狭いし、大手のラジオ局ならガラス窓の向こう側に機材があったりするのが、ここの場合はスタジオ内の専用卓に全部詰め込まれている。ビルだって3フロア間借りしているもので、エレベーターなんて贅沢なモノもありゃしない。簡単に言えば、ラジオ局のミニチュア版ってところか。
そういう規模ではあるけれど、小さい局だからこそ出来る番組もある。若葉市内にある高校の放送部が番組を持って競ったり、地元のオーケストラや吹奏楽団、ライブハウスでのバンドの演奏を録音中継したり、町単位の防災情報をきめ細やかに伝えたりと、地域に密着した番組作りに特化した編成だ。
そして、俺と有楽の番組をディレクションする赤坂先輩も、「街」を舞台にした番組を持つひとりだったりする。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「近所に新しくコミュニティFMラジオ局が出来ると聞いて、ラジオで異世界物は作れないか」と思い公開し始めて7年ちょっと。この7年間の間には目まぐるしく状況が変化していきました。
今回はそれらを踏まえつつ、1話あたり1万~2万5千文字かけていたのを読みやすく分割しながら、改稿版として一から投稿し始めることといたしました。
2020年初めから流行していたアレについては、物語の根幹を揺るがしかねないところもあるので……まあ、さらっと程度で。本当にさらっと扱っています。(それを考えるだけで年単位で悩むハメになったので)
というわけで、日本と異世界の少年少女によるコミュニケーションストーリー、再演です。
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