第2話 不思議な力

 魔獣から人の姿へと変わった淡い青髪を持つ謎の少女。十五分くらいだろうか。癒しの魔法で治療をしていると、ゆっくりと目を開いた。



「ここは……」


「森だよ。地名は……誰も知らないかもな」



「ィッ……」



 彼女は顔を歪ませて頭を抑えた。


「大丈夫か? ええっと……俺はアルフィー」


「……名前? 私の名前は……ぅ……」



「……まさか、思い出せない……とか? 魔獣も? 今までどんな感じだったとかも?」



 彼女は頷いた。アルフィーは頭を抱える。色々聞きたい事があったが、全て聞けなくなった。そこで彼女が突然立ち上がると、キョトンとした顔で呟く。



「何か……聞こえる……」



 パンツと半袖姿のアルフィーが顔を赤らめ、遠くの木を適当に見ていた。それに気が付かない少女は、今の声について確認を取る。


「ねぇ! 聞こえないっ? 声!」


「その前にッ……それっ着てくれぇっ……」


 地面を指さす。そこには上着とズボンが置いてあった。彼女は再び悲鳴を上げる。


(叫びたいのはこっちだ……)



 ズボンと上着を下着抜きで直接着ている少女と、薄着のパンツ姿で剣を携えた少年。このおかしな状況にお互いに顔を見合わせると、自然と笑ってしまった。




 落ち着いた頃、やはり彼女は声が聞こえると言う。しかし、幾ら耳を澄ましてもアルフィーには何も聞こえない。埒が明かないので、気が済むならとその場所に行って見る事にした。


 アルフィーが卵をしっかりと持つ。余りにも自然に導かれる様に進むので、驚いていた。


 さらに驚いたのは洞窟があった事だ。心臓がバクバクと鳴る。異常なほど恐ろしかった。偶然にしては出来過ぎている。もしかしたら何かの罠なんじゃ無いかと思う程に。


 同時に少女がまるで驚いていない事も恐怖に拍車をかける。冷や汗が頬を伝うのが分かる。緊張で歯を食いしばる。ふと少女の澄んだ声が耳を突き抜け、アルフィーを現実に戻した。



「ねぇ!」


「え……ッ?」



「だからっ。本当に楽しそうだね!」



 一瞬、言葉の意味が分からなかった。思わずその言葉をオウム返しする。


「……楽し……そう……?」



 自分でも気が付かなかった。意識をするとすぐに理解出来た。今、確かに笑っていた。



「信じられない……」



「本当に何か声が聞こえるんだってー」


「違っ……いや、何でもない」


「なにー?」



「本当になんでも無いよ。本当に」


 彼は微笑みながらそう返した。すると彼女はそれを見て首を傾げる。


「えー、変なの」



 洞窟の奥に進むにつれて、違和感を覚える。足場が殆ど風化しているが、階段の様にも感じる。


(いや……おかしいぞ! 何で……前が見えるんだ……)



 突如、彼女が駆け足で走り出す。慌てて追いかけると、洞窟が広くなっていた。部屋、中心にあるオブジェクトをジッと見つめていたと思えば、今度は吸い込まれる様にゆっくりと前へと歩きだす。


「おい! 無暗にっ」



 その時、緑の光の線が無数に発生し、その光は地面と壁を伝う。まるで洞窟に生命を宿したかの様。同時に地面が揺れ、轟音が鳴り響く。


「崩れるッ? 外に出るぞ!」


「……大丈夫……」



「大丈夫って!? 何がッ」


「分かんない」



 余りの揺れにアルフィーは地面に倒れる。壁に亀裂が入る。


(とにかく不味い気がする!)


 彼女も思いっきり倒れたので、ふらつきながら近寄る。片手に卵、片手に少女。足で手事な岩にしがみ付く。


「ぅがぁぁあああ! げ、限界かも! 頼む何処か掴んでくれぇぇええ!」


 斜めに傾くと滑りだす。同時に壁が砕けた。彼はそこでようやく何が起こってるのかを理解した。



「う、浮いてるぅッ!? 洞窟が浮いてるッ!?」



 彼女はオブジェクトを掴んだ。アルフィーはそのまま壁の方へと滑って行く。


「や、やばい!!」


「アルフィー!?」



 彼女が迷わずに手を放した時、何かが彼女の腕を掴んだ。それは宙を舞う猫だった。しかもその猫は喋った。



「ふぅ……良かったー」



「良いけどっ、良くないって! 落ちる! 落ちる! 落ちる!」


 アルフィーが必死に叫ぶ中、猫は少女を見ながら悩んでいた。


「あれ? ええっと……君はー……」


「あの! 手を引いて! 本当に落ちる!」



「あ~、もしかしてレティシアかい?」


「あの、猫さんっ。アルフィーさんが!」


「んー? じゃあとりあえず、水平になるのをイメージして」



 その猫は手のひらの上に立体で半透明の絵を作り出す。どうやらこの建物の様だ。それが今、かなり斜めに傾いていた。レティシアと呼ばれた少女は言われた通り、その絵を参考にして水平をイメージする。


 すると見事に水平に保つ事が出来た。うつ伏せの状態で、半分体が外に出ているアルフィー。卵を危うく外壁にぶつけそうになるがギリギリのところで堪えていた。



 引っ張ってもらうと、卵を置いて立ち上がる。猫は警戒した様子で少女を自分の背後に避難させる。そして、剣を持ったパンツ姿の男に怒鳴った。


「この変態め!!」



 一度に色々と起こり、理解の追いつかない。チラリと外を見ると地上が遥か下にある。いま分かる事は危うく死にかけた所を助けられた、ということ。心からホッとした様子で言う。


「ありがとうございます」



「やはり変態か! 僕の後ろに下がってレティシア! やいパンツ! 彼女を何と心得る!」


「……謎の少女?」



「無礼者が! レティシア・ティム・ルムノス。このクイーンアイリスの王女であらせられるぞ!」


「え?」「ん?」



 二人は反応に困る。顔を見合わせるが、何言ってるんだろうと首をかしげる。その時、パリパリとヒビの入る音が聞こえた。竜の卵が孵ろうとしているのだ。そして、卵の殻を破り赤ちゃん竜が顔を見せた。


「わー! 可愛いね~」


「ほんとだな。ピィピィ鳴いてる。何食べるんだろ?」


「何だろうね?」


 良い現実逃避方法が歩いて来た。それに乗っかり、子竜を愛でているとアルフィーだけ猫に殴られた。




 先ほど、敬語を使って無い気がした猫が言うには。彼女は王女であり、この洞窟は空を飛ぶ島。この猫は島の守護精霊でクイーンアイリスと言う。この島と同じ名前だそうだ。


 こちらも猫に事情を話すと、何を言ってるんだと言う目で見られた。この猫も永い間眠っていたのが影響しているのか、かなり記憶が曖昧らしい。


 レティシアを助けたという一点に着目すると、若干歯切れが悪かったがお礼を言って来た。



「まあ、一回外に出て落ち着くかい?」


「外に出られるのか?」



「当然。良しっ。それじゃあ、十二王家でも最大にして最高と謳われし天空都市をお見せしよう」



 外に出ると地面が広がる。直径20メートルくらいだろうか。上を見上げると雲が漂っていた。泉があり、小さな川が流れている。アルフィーは思わず尻もちを着いて辺りを見渡した。思考が現状にようやく追い付きつつある。そこで彼は気が付いた。



「端が無い……滝の様に地面に落ち……る……? あった! ここが! そうかッ。そういう事だったんだ!?」



 そのまま後ろに倒れ、仰向けになると自然と笑みがこぼれた。感動が波の様に次々と押し押せてくる。それとは対象にわなわなと震える猫が叫んだ。


「無い! 無い! 小さぁぁぁい!? どうしてぇえぇ!?」



 小さな泉以外に何も無いのを見て、猫が焦り島中を走り回る。事情を知らないアルフィーたちからすると、その姿は可愛らしい光景だった。二人は顔を見合わせると、微笑んだ。



 しばらく飛び回った猫は戻って来て一言。


「盛者必衰系の墜落するかも」


「ぇえー!?」



 衝撃の事実に二人は上手く言葉が出ない。代わりに猫が話し出す。


「島を浮遊させている源。魔素が枯渇している」


「ど、どうすれば良い?」


「イグールの木。他にも精霊が必要だ」



「クーは精霊じゃないのか?」


「僕は守護精霊でちょっと違うかな。必要なのは自然を司る精霊だよ……って。クーってまさか?」



「クイーンアイリスって長いだろ?」


「勝手に名前を縮めないで欲しいね。それに僕、何か君とは馬が合いそうにないんだよねー」



「私もクーの方が呼びやすいかな」


「え!? 僕も丁度そう思ってたところ!」



「……適当な守護者だな」



「どうやって精霊を探すの?」


「それはレティシアが知ってるはずだ。集中してごらん。聴こえるはずだよ?」


 彼女は目を閉じて、自然に耳を傾ける。楽しそうに雑談する声。断片的だが何処からともなく耳に入って来る。


「ちょっとだけ聞こえる。可愛いらしい声」


「今は忘れているだけ。きっとその内、普通に聞こえるよ。精霊も見えるようになる」



「それじゃあイグールの木は?」


「それもレティシアなら分かる」



「クー……つまり、守護精霊にはそれが分からないのか?」


「ちょっと静かにしてもらっても?」



 低い声で威圧するかの如くそう言い放った。暫く考えた後、クーは語る。


「良いかい? レティシアの成長に応じて、僕もこの島も成長する。今の説明で言いたかった事はそこなんだ。そして、僕はこの島から動けない」



「つまり、俺とレティシアでそれを集めれば良いんだな?」


「いや、レティシアは王女だから君が一人で探す事になるね」


「!?」



 驚いているとクーが小声で話しかける。


「き、君はまさか……レティシアを見捨てる事はしないよね?」


 レティシアは竜を抱え、じゃれ合っていた。その笑顔は無邪気で可愛らしい。


「分かったよ、クー。彼女を危険な目には合わせられない。俺はレティシアを守りたい」


「そういう素直なところは嫌いじゃないかな。それじゃあ頼むね。レティシアの騎士様」



 そう言われてアルフィーはまんざらでもない表情を見せた。


(もし、クーの言った通り、ここがかつて大都市で。その繁栄を取り戻す事が出来れば……人々を移民させ、この世界の滅びは回避できるかもしれない)


 この時アルフィーは、旅に出て初めて希望を持てた。

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