第24話
「ロイ様!」
竜馬がロイ達とお茶を飲んでいると、一人の兵士が天幕に駆け込んでくる。
その緊迫した表情から何かあったのは明らかで、
「居たか?」
ロイの短い確認に兵士は「はっ」と歯切れ良く答え、一礼するとすぐに報告を始めた。
「標的は襲撃地点より五百メール程南下した林付近にて発見。現状、移動する気配無しとのことです」
「五百か、あまり動いてないな」
五百メールとは距離を表しているだろう。メールという単位がどれ程なのか不明なため、実際の距離感は掴めない。ただ、ロイ達の会話から、大した距離ではないことは窺い知れる。
「リョーマ、斥候と共に先行し、
「え、
「ああ、一匹だが?」
「でも、俺が仕留めて、ヴァルカンドさんが討ち漏らしって……」
そう言い掛けた竜馬の肩をヴァルカンドがポンと叩く。
「ロイはリョーマに仕留めるつもりで撃て、俺には恐らく討ち漏らすであろう
「えっ!? じゃあ俺には期待してないってこと!?」
「その新しい武器の威力と精度、それを初めて実戦で扱うリョーマ、と不確定要素が幾つも重なっておる。指揮官としては何かあってから右往左往するのでなく、予め不慮を織り込んで指示を出すものなのだよ。リョーマは気にせず一撃で仕留めろ。もしもの時があれば、俺が何とかする」
どこか腑に落ちないものもあったが、ヴァルカンドのフォローにそういうものかと納得する。
竜馬はヴァルカンドと共に天幕を飛び出すと、慌ただしい野営地の中ファーニバルに乗り込む。そして
暫く進むと街道上に被害に遭った馬車であろう散乱する残骸が目に入った。
その無残な有様は人の仕業とはとても思えず、まさしく
悲惨な現場を横目に通過すると、すぐに斥候が速度を落とす。
そこで前方には生涯忘れることは出来ないであろう、この世界で初めて出くわした生物。四足歩行の蜥蜴モドキの姿を捉えた。
「リョーマ、撃て!」
ヴァルカンドの檄が飛ぶ。
既に
ウィスタの図体から忍んで近づくのは不可能と、よくよく考えれば当然なこと。
あまりに唐突な遭遇に反応が遅れたが、すぐに
狙いを定めながら、
頭部目掛け、引き金を引く。
首を振ったタイミングで命中したのか、それとも矢の弾道が僅かに逸れたのか不明だが、竜馬にとっての実戦初弾は彼にとって不本意な結果となってしまう。
「上出来だ、リョーマ」
「頭、狙ったんすけどね……」
「何を言っている。我々の使命は
ヴァルカンドの言葉の通り、
「して、どうする?」
「どうする、とは?」
竜馬にはヴァルカンドの問い掛けの意味が判らない。
ヴァルカンドはニヤリと笑うと、その説明をした。
「俺が留めを刺しても構わんのだが、これはリョーマの初手柄になるのだぞ」
「あ、そっか」
言われ、急ぎ次弾装填する。そう、今回、
と、再び狙いを定めるのだが、その時、竜馬の視界に黒い影が割って入った。
「!」
予期せぬ事態に驚く中、その黒い影はのた打ち回る
一体何が起こっているのか、状況の理解に苦しんでいると、ヴァルカンドの声が耳に届く。
「不味い、シャドウクスだ。リョーマ、気をつけろっ!」
今、
手負いとなった
「あれも
「そうだ、
その全身影色の体毛に覆われた獰猛な
無論、サイズは言うに及ばず、鼻先から尾の根元までで十メートル近くもあり、到底人に抗える存在ではなかった。
「あ、あれも討伐ってことでいいんすか?」
「勿論だ。本来もっと森や林の奥にいる
竜馬は
「いいか。ヤツは非常に俊敏な
「了解っす!」
「俺が炎弾を放ったら一緒に撃て、いくぞ! ――
ヴァルカンドに合わせ、引き金を引く。
しかし、
炎弾と矢は目標を外し、共に死に体の
折角有り付けた食事の邪魔をされ、こちらへと怒りの目を向ける
「先に横取りしたのはそっちだろう……」
と至極尤もな愚痴を零すも、到底それを理解して貰える相手とは思えなかった。
「リョーマ、来るぞ!」
ヴァルカンドの声と同時に影色の獣が迫り来る。
次弾装填、竜馬は急ぎ構えるが、直線的な動きの
苦し紛れに一射放つが、空を穿つのみ。
不味いと、戦慄する竜馬だが、影色の獣がまず襲い掛かったのはファーニバルでは無く、ヴァルカンドが搭乗するエクセリオだった。
「ぐおっ!」
「ヴァルカンドさん!」
組み付かれ、そのまま押し倒されるエクセリオ。
ウィスタは近接戦闘を想定された作りではない。なす術がなく片腕を食い千切られてしまう。
竜馬は
「うおおおおおっ!」
腰に帯びた剣を抜き、真一文字に払い斬る。が、これも避けられ、空を切るに留まる。それでもエクセリオから離れさせることには成功した。
「大丈夫っすか!? ヴァルカンドさん!」
「ああ、俺は何とか無事だ。すまん、助かった」
感謝を耳にするも、今回は偶々ヴァルカンドの方に襲い掛かっただけ。もし自分が襲われていれば、立場が逆になっていただろう。竜馬は助けたなどとは考えられなかった。
「とはいえ、転倒したままでは援護すらままならん。どうするか……」
状況は不利とみているのだろう。ヴァルカンドは思案する。
だが、竜馬が一時とはいえ、撤退すれば彼はどうなるか。当然、見殺しの選択肢はある筈もない。
「俺がやるっす!」
決意を新たに試作剣を握り直すと、すぐに動けるよう腰を落とす。
向けられているのは殺気を孕んだ眼光が二つ。思いの外、距離が近い。すっかり相手に間合いを計られている。
それでもすぐに襲い掛かってこなかったのは、恐らくファーニバルの異質な外見と、その手に握られた無骨な試作剣の存在感だろう。念のため、携帯してきて本当に良かったと思う。
唸り声を上げ威嚇する彼の生物の双眸は、今も尚、ファーニバルを捉えて離さない。
艶やかな黒い肢体は猫科を彷彿させ、しなやかな四肢はバネのように縮み、力を蓄えている。
その姿は生粋の狩人だった。
睨み合いが続く中、先に痺れを切らしたのは竜馬で、踏み込み様得物を叩き付けるもしなやかに躱されてしまう。
そのまま立て続けに二度、三度と斬り付けるも、剣術はおろか、剣道すら嗜んでいない闇雲な太刀筋では通用する筈もなく。遂には焦って大振りした隙を付かれ、飛び掛かられてるという逆襲の憂き目に合う。
「うわああああっ!」
反射的に左腕で庇えたのは防衛本能の賜物か。その左腕に牙が食い込む。
影色の獣はそのまま首を力任せに振り、エクセリオの片腕と同様食い千切りにかかった。
目の前で牙を剝く姿に怖気付くも、痛みはない。自分の腕が食われているわけではないと冷静さを僅かに取り戻すと、右手に握った試作剣を獣の腹部に突き立てた。
「このっ!」
薄い膜を突き破るような感触と共に獣は短い呻き声を漏らし、顎の力が緩む。
殺らなければこちらが殺られる。弱肉強食の世界の常識を目の前に、必死の思いが
再び動きだし、反撃される恐怖が幻視したからだ。
戦いが終わり、気付けば竜馬は肩で息をしていた。グリップを握る手は未だ力が籠り、全身もじっとりと汗ばんでいる。交戦時間は一瞬だったが、緊張の度合いは計り知れなかった。
「リョーマ、よくやってくれた」
そのヴァルカンドの労う声で我に返る。
「ヴァルカンドさん、大丈夫っすか!?」
「ああ、さっきも言ったが俺は無事だ。エクセリオの損傷は激しいがな」
「起きれるっすか?」
「……自力では無理そうだな。悪いが手を貸して貰えるか?」
エクセリオを助け起こすと、
「おいおい、なんで
現場の様子がおかしいことに気付き、解せぬと言わんばかりに首を捻っている。
それに答えたのはヴァルカンドだ。
「獲物を追ってこの辺りに来ていたようだが、本当のところは判らん。こちらとしては想定外の不運な遭遇だったと捉えるか、被害が出る前に始末出来て良かったととるべきか」
「まあ、オレとしちゃあ後者で報告しときたいところだな。で、その想定外はリョーマが剣で仕留めちまった、と」
ロイは呆れたような笑みを浮かべながら、視線を剣を携えるファーニバルと横たわる
その様子に竜馬は申し訳なさそうにしながら、投げ捨てた
「すんません、飛び道具じゃ当たらなかったもんで……」
「だろうな。
「成り行きで、肉を斬らせて骨が断てれたんで」
「肉を斬らせて? なんだそりゃ」
「俺の生まれた国の諺っす。自分が傷付く代わりに、相手にそれ以上の致命傷をお返しするって意味っす」
「命が幾つあっても足りなさそうな、随分と物騒な戦い方だな、そりゃ。で、どうだった?
そのロイに確認に答えたのはヴァルカンドだ。
「いいのではないか?
「どんな弓の名手でも、的の中央に百発百中ってのはあり得ないんだ。矢の一本一本だって作りが微妙に違えば、吹く風だって常に同じじゃない。それ以上の結果を望むのは無茶ってもんだぜ?」
なるほど。言われてみればそうだと、竜馬は納得する。
その後、現場の後始末を行い、一同はロザリアムに引き上げるのだった。
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