第23話

 ロザリアムを後にした竜馬たちは街道に沿って南下するが、輜重隊を伴う行軍は思ったより遅かった。

 夕刻だろう。陽が沈み始めた頃、ロイは隊の進軍を止める。


「今日はこの辺りで野営にする」


 その号令で輜重隊の面々は手慣れた動きで設営を開始。

 竜馬は己がまだ新参者であると理解している。設営の様子を踏ん反り返って眺めているつもりは端からなく、ウィスタから降りた早々手伝おうとするが、その肩をヴァルカンドに掴まれてしまう。


「設営は彼らの仕事だ。我々はただ見てれば良い」


 決して彼らを雑用と見下している素振りはない。寧ろ信頼しているような口振りだ。

 輜重隊はその間もテキパキと天幕を張り、火を起こすと調理を始め、すぐに食欲をそそる匂いを漂わせていく。

 なるほど、確かに竜馬が手を出す余地は微塵もない。それどころか下手に介入しようものなら邪魔し兼ねないとすら思える見事な手際。


「輜重隊は魔導師たちが作戦行動に専念出来るよう編成された部隊だ。サポートは全面的に任せ、魔導師は魔導師に課せられた成果を上げる。それが組織のあるべき形ってもんさ」


 そう説明するロイもまた馬車に凭れながら腕を組み、一切手を出そうとしていない。

 出来上がった食事も暖かいまま最優先で提供され、夜間の見張りも免除される特別扱い。

 それも疲れを翌日以降に持ち越さず、作戦の成功率を上げるための役割分担。罪悪感を覚える必要はないと言いたのだろう。

 出立当初は行軍の遅さにウィスタのみで討伐に向かった方が速いのではと疑問に感じていたが、輜重隊が組まれ、各ウィスタと随行する理由がこれなんだと漸く理解した。

 兎に角、今は己のコンディションをベストに保つべき。そう言い聞かせながら、天幕の中で就寝するのだった。

 夜が明け、天幕から顔を出すと、上半身裸のヴァルカンドが伸びをする後ろ姿が目に入った。


「ヴァルカンドさん、早いっすね」


「お、リョーマ起きたか。昨夜は良く眠れたか?」


「はい、何とか無理やり」


「そうか、疲れを残してなければそれで良し」


 声はデカくファーストインパクトこそ強烈だったが、話してみれば気さくで親しみやすい。

 そんなヴァルカンドと二人でロイのところに向かうと、すっかり朝食の準備が整っている。席につき暖かい食事を取っていると、自然な流れで打合せへと移行した。


「今朝早く、斥候を被害現場に向かわせている。その後の足取り、若しくは現在位置が確認出来るまで、魔導師の二人はこの野営地で待機だ」


「え? じゃあ災獣ディザストがもう近くにいるかもってことっすか?」


 ロイの口からさらりと告げられた事実に驚く竜馬に、周囲の視線が集中する。皆、竜馬の反応に、何を今更という目を向けているところから、これが災獣ディザスト討伐のスタンダードな形なのだろう。

 無論、竜馬とて自分がここに討伐に来たことはしっかりと理解している。ただ思っていたより唐突感が先立ち、つい口から毀れてしまったに過ぎない。


「確かに気まぐれな悪食グラッドが相手ではその可能性はゼロではないな。だた、過去の経験などから、安全なマージンをとって設営しているつもりだ。それに安心しろ、いざという時は魔導師がウィスタに乗り込む時間ぐらい俺たちが稼いでやるさ」


 ロイの頼もしい宣言を締めの言葉に、その打合せは終了、解散した。

 輜重隊の面々は各々、哨戒、牛馬シーマの世話、朝食の片づけなどの持ち場に付く。

 だが、竜馬は斥候からの報告がない限り、この場に待機する以外やることがない。どうしたものかと思案するが、結局、ファーニバルを眺めること以外思い付かなかった。


 野営地の中央で聳える二機のウィスタに近づく。

 一方は竜馬の乗機となった二足立ちの赤き竜、ファーニバル。もう一方はファーニバルより一回り大きいウィスタ。ヴァルカンドの乗機で、確かエクセリオという名で呼ばれていた筈だ。

 青味を帯びた白銀の機体はミスカのレーベインに酷似しており、遠目で見たら容易に区別をつけられないだろう。

 何度見ても杖から派生したとは思えないシルエット。制作者の拘りが反映されているのか、芸術品のような繊細かつ美しいデザインをしているが、それ故に触れたら壊れてしまいそうな脆さを併せ持つ。

 一方ファーニバルは小柄ながらも竜独特の強靭さを感じさせる。無論、飽くまで見た目の印象だけで、他のウィスタ同様殴り合いは想定されていないとはアリウスやティニアの言葉だ。

 破滅の赤竜とは、元来この世界からは忌避される存在である。何故、制作者はその竜の名と外見を与えたのか。その意図は今となっては不明だが、竜馬が気に入っていることだけは確かだった。


「うん、やっぱかっけー」


 己が搭乗するウィスタを誇らしげに見上げていると、どこからともなく一羽の鳥が飛来する姿が視界に入る。目で追うとそのままファーニバルの肩に止まり、羽根を休ませ始めた。

 巨大なウィスタにも恐れる様子は微塵もない。鳥にとっては巨木と変わらないのか。

 そんな感想抱きながら、ふと思う。

 そういえば、ファーニバルにも翼があったな、――と。

 鳥の羽翼とは異なり膜翼ではあるが。

 そこへ不意に背後から声を掛けられる。振り向けばそこにいたのは魔導師ヴァルカンドだ。


「リョーマ、こんなところでどうした? 落ち着かんのか?」


「あ、いえ、暇を持て余してたんでコイツを眺めてるだけっす」


「ほう、暇を持て余すと。これから災獣ディザストと対峙するというのに肝が座ってるのだな」


「どうなんすかね……。でも多分、コイツのお陰だと思うっす」


 と、ファーニバルに目を向ける。


「ファーニバルが、か?」


「コイツと一緒だと、不安な気持ちにならないんすよね。不思議と」


 ファーニバルは竜馬の思うがままに動いてくれる。そして期待にも応えてくれた。そんな自分に力を与えてくれる相棒の存在が、心の拠り所になっていると自己分析している。


「そうか、それはファーニバルも喜んでいるであろうな」


「え? それはどういう意味っす?」


「こ奴は長年、ロザリアムの象徴として格納施設の奥で眠っていた。しかしウィスタとして生まれてきた以上、魔導師に使われてこそ。只のお飾りでは遣る瀬無かったのではないかと思う。 そこにリョーマが現れ、再び活躍の場が与えられるようになったのだ。もしファーニバルに心があればそう考える。そう思うのは魔導師の身勝手かもしれぬがな」


 なるほど。竜馬はファーニバルに出遭ったことで、この世界での存在価値が生まれた。

 同様にファーニバルは竜馬の登場で、再び陽の目を見ることが可能になった。

 互いが互いを生かしている。そう考えると無性に嬉しくなってしまう。今の竜馬は、さぞミスカもドン引くような気持ちの悪い笑み顔を浮かべていることだろう。


「そういえば質問があるんすけど、いいっすか?」


「ああ、構わんが」


「ウィスタって、空を飛べるんすか?」


「は? 空を?」


 その竜馬の脈絡のない問いに、ヴァルカンドは面食らう。


「ほら、ファーニバルって翼があるじゃないっすか。あの鳥みたいに飛べたら面白いなって」


「いや、恐らくは見た目を破滅の赤竜に寄せただけで、ただのお飾りの翼だろう。確かに空を飛ぶ魔法自体は過去に存在したかもしれん。が、ウィスタが空を飛んだなどという記録は残されていなかった、筈、だ……」


 竜馬の指し示す先の鳥を目で追いながらも、ヴァルカンドも始めは己の知識に基づき竜馬の問いを否定する。しかし、説明しているうちに次第に懐疑的になっていく。

 何しろ竜馬はウィスタで格闘戦をした男だ。それは従来とは大きくかけ離れた運用方法。ウィスタ史上初といって良い。

 竜馬がそういうのであればと、もしかしてが頭を過ってしまう。


「……リョーマは飛べると思うのか?」


 ヴァルカンドの問いに、竜馬は思い出すように中空に視線を彷徨わせ、そして頭を搔きながらこう答えた。


「どうでしょうね。よくわかんないっす」


「そうか……」


 竜馬は返事を濁したものの、やはりロボットが空を飛ぶのはロマンがある。ダメもとでいい。一度はチャレンジしたいと考えていた。


「どうせ時間はあるんだし、モノは試し。実際にやってみていいっすか」


「やってみる、か。思い切ったことを考えるのだな。が、一度、ロイには許可を得た方がよいだろう。突然ウィスタが動き出したら皆、驚くだろうからな」


 ウィスタが動くとき。それは災獣ディザストが現れたとき。

 不意にウィスタが動き出せば、何事かと野営地が大騒ぎになりかねない。


「そうっすね。ちょっと行ってくるっす」


 そう言い残し、竜馬はロイの天幕に訪れる。


「おお、リョーマか。今からお茶で一服するところだが、一緒にどうだ?」


 そんな彼に今からウィスタで空を飛んでみる旨を伝えると、ロイは口に含み掛けたお茶を盛大に吹き出した。


「げほっ、げほっ! ――何だ、藪から棒に。空ってどういうことだ?」


「ヴァルカンドさんと話してたんすけど、ファーニバルって翼があるじゃないっすか。もしかしたら空を飛べないかなって。折角なんで今から試してみたいっす」


 ウィスタが空を飛ぶなど訊いたことがない。本来ならば馬鹿な話と一蹴しても問題ないだろう。ロイが魔導師でなくても突拍子もない話なのはなんとなく分かる。

 しかし竜馬の目には好奇心のみならず、どこか期待させる輝きを宿していた。

 どうする、と逡巡する。というのもロイは部隊の指揮官ではあるが、ウィスタの開発関係者ではない。勝手なことをしてウィスタを壊したら、アリウスは兎も角、ティニアが目を剥いて怒るだろう。

 暫し黙考し、そして遂に結論を出す。


「リョーマ」


 ロイの神妙な面持ちに、竜馬の背筋も自然と伸びる。


「はいっ」


「待機中で時間はあるかもしれない。だが、現在作戦行動中であることを忘れるな」


「あ……」


「最優先は悪食グラッドの討伐。そもそも悪戯妖精スプリガンの運用試験を兼ねているのだ。これ以上、余計なリスクは負いたくない」


 ロイの言うことは尤も。竜馬は問題が起きた時のことをすっかり失念していた。物事には優先順位が存在するのだ。

 その冷静な判断に、流石上に立つ人間だなと感心。思い付きで行動していたら、何時か痛い目を見る。今後の教訓にしようと竜馬が考えていると、ロイはこう付け足すのだった。


「だからやってもいいが無茶はしない。約束出来るか?」


「はい、すんま……、へ? いいんすか!?」


「ああ、ウィスタが飛べるかなんてオレも興味あるしな。結果は後でオレから報告しておく。但し、少しでも不安を感じたら即中止だ。何かあったらティニアがおっかないからな」


「は、はあ」


 本当にいいのかと思いながらも、言い出したのは自分である。一度は断念する方向で気持ちの整理をしただけに複雑な心境だが、了承がとれてしまった以上、やるしかない。

 ロイと共にファーニバルところへと向かう。

 そしてロイとヴァルカンドが見守る前で、ファーニバルに乗り込む。


「まずは飛べそうなのか、色々と試してみるっす」


 二人に前置くと、翼の感覚を確認する。

 当然だが、翼は竜馬の身体にはない器官である。故に、手足のように感覚を共有することは叶わなかった。

 しかし、肩甲骨の辺りに何かあるのは認識出来る。丁度、ランドセルでも背負っているかのようなイメージだ。

 意識下で試行錯誤すると、翼を広げるところまでは成功した。


「おおっ! どうだ、リョーマ! 行けそうなのか!?」


 ファーニバルの足元からロイの声が聞こえる。


「まだわかんないっす! ちょっと離れてて貰えるっすか?」


 二人が距離を取ったのを確認した後、その場で翼を羽ばたくイメージを浮かべるが、ファーニバルの翼はピクリとも反応してくれない。


「どうだっ!?」


 再びロイの声。どこか期待に満ちているように聞こえる。


「いや、鳥みたいに羽ばたくのは無理みたいっすね」


「そうか、もしかしたら構造的にそういう動きは出来ないようになっているかもしれん。そもそもウィスタに翼を付ける自体不要なことだろうからな」


 制作者の趣味で取り付けられた翼が広げられるだけでも十分拘っているギミックと言えよう。ロイの声が少し残念そうなトーンにまで落ちていたのが印象的だった。


「リョーマ、気が済んだら降りてこい」


 そう声を掛けられるが、竜馬に反応はなかった。

 実はこの時、竜馬は少し引っ掛かりを覚えていた。その引っ掛かりが何なのか、頭の中の記憶の棚を引っ繰り返すことに没頭したがために、周囲の音が一切遮断されていたのだ。

 ロイからの何度目の呼び掛けの時だろう。ふと、閃きのようにその引っ掛かりの原因に思い当たる。


「あ。すんません、ちょっとこのまま降りるっす」


「ああ、あまり気にするな。本来出来なくて当然の事なんだ。天幕に戻ってヴァルカンドと一緒にお茶にしよう」


 そう話し掛けるロイの声を聞き流し、操縦席から降りた竜馬はファーニバルの背後に回る。

 そしてその背面を見上げると、再びファーニバルの操縦席に急ぎ戻った。


「おいおい、どうした。もう行くぜ?」


「すんません、ロイさん。ちょっと試してみるっす!」


 竜馬の行動に困惑するロイ。その彼に一方的に告げるその竜馬の声は、どこか期待に満ちている。


「おい、何をする気だ?」


 と、疑念の眼差しを向けるロイとヴァルカンドの前で、竜馬はファーニバルを膝を折り、腰を落とすと、一気に伸び上がり、地を蹴った。

 それは所謂立ち幅跳び。だが、ウィスタのサイズで行えば距離感が違う。しかも竜馬の感覚では軽くのつもりだったが、ファーニバルは想像の数倍の距離は跳躍していた。

 いけるかもしれない。

 そう確信した竜馬はもう一度腰を落とす。

 今度は角度を上に修正して地を蹴った。

 ファーニバルのバランスを整えながら、背中で広げた翼が風を受ける感覚を掴む。

 そしてそのまま滑空、緩やかに旋回までして見せる。

 そう、それはまるでハンググライダーのように。

 竜馬がゆっくりと高度を落とし、野営地に迷惑を掛けぬよう何もないところに着地させると、血相を変えたロイとヴァルカンドが駆け寄ってくる。


「飛んだんだよな!? 今のは、ホントに飛んじまったんだよな!?」


「いや、飛んだと言っても正確には滑空っす。鳥のように自由自在に空を舞う、ってわけにはいかないっすね」


 と口にはするものの、竜馬はどこか誇らしげだった。

 現状、ウィスタによる滑空が今後どのようなことに役に立つかは分からない。だが、自分の想像したことが出来たという達成感はやはり嬉しいものだった。

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