第15話
ロザリアムの謁見の間にて、街の主だった名士が集められる中。
だが、式典の経験が極端に少ない竜馬にとって、見知らぬ視線に晒されるこうした機会は緊張に耐えない。式典が始まってからというもの即頭真っ白で正直、何も覚えていなかった。
式典が終わった後の引き上げ途中、涙目のミスカが笑いを必死に堪えているところを見るに、色々やらかしたのだろう。羞恥で今すぐにでも穴に入りたい気分だった。
「そんなに笑わなくてもいいだろ……」
「ごめんごめん。でも、似合ってるじゃん」
と、取って付けたように貫頭衣姿を褒めるも、ミスカの目は意地悪く輝いていた。
言われずとも似合ってないことなど百も承知。自分でも
「じゃあ、あたしはレーベインのところへ行くね」
「ん?
もしそうなら自分も出番があるかもしれない。
今日からそういう立場なのだと自覚を持って訊くが、彼女は首を横に振るのだった。
「新しい魔法の習得に取り組もうと思って」
「へえ、新しい魔法か! だったらワイボー老師のところじゃないのか?」
「覚えたいのは老師も扱えない、失われた魔法と呼ばれるうちの一つだから」
「失われた……、って、そんな簡単に使えるようになるのか?」
「使い手が失われてるだけで、魔導書自体は残ってるんだ。勿論、現在使い手がいないぐらい難しい魔法だから、習得も簡単ではないんだけど」
そのぐらいでなければ
なるほど。ミスカもただ悔しがっているだけじゃない。しっかりと次を見据えている。
それは竜馬も同様だった。
ファーニバルの力で追い返しはした。
だがそれは、一時凌ぎに過ぎない。
街の安全の継続を考えるなら、次で終わりになるような決定打が必要。
それも出来れば一撃で致命傷を与えられるような、より強力な何か。だが、炎弾の魔法すらままならない竜馬にそれを上回る魔法の習得は現実的ではない。
かといってその他の手段が一朝一夕に思い付くわけもなく、まずは今やれることを堅実に熟しながら、何かいい手を見つけていくしかない。
「とりあえず今日をどうするかだな……」
新たに魔杖操師の肩書を得たとはいえ、具体的な命令はまだ受けてはいない。
ティニアの研究もワイボー老師の講義も、式典優先のため予定を外されている。
そう、今日一日やることがないのが現状である。
どうしたものかと途方に暮れかけていると、不意に背後から声を掛けられた。
「おい、リョーマ」
振り向けばその声の主はロイだった。
「ついて来てくれ」
「あ、はい」
どことなく有無を言わさぬ感じだが、否と断る理由はない。どうせ暇なのだと、素直に従うことにした。
しかし、どこに連れていかれるというのだろう。
行き先の検討もつかず、碌な会話もないまま街中を歩く。
「ここだ」
と、案内されたのは、ウィスタの格納施設からほど近い地区にある二階建ての屋敷だった。
屋敷と言っても豪邸というほどでもない。一瞬、ロイの自宅かとも考えたが、なんとなく様子が違う気がする。
男手が家具を搬入したり、女手が屋内外の掃除したりと、これからの入居者のため準備をしているように窺えたのだ。
しかし、それが竜馬に何が関係しているというのだろう。連れてこられた意味が分からず、疑問の眼差しをロイに向ける。
察した彼はこう答えるのだった。
「リョーマの新しい住まいになる屋敷だ」
「え!? マジっすか!」
「驚くことはない。魔導師になれば皆与えられるものだ。外観は年季が入って見えるが中の手入れは行き届いている。寧ろ好物件だぞ」
なるほど。魔杖操師になったことで住居が提供されるらしい。確かにアリウスは魔杖操師の待遇は魔導師に準ずると言っていた。
「入居準備はもう終わる頃だな。何なら今日からこちらに住んでもいいぞ」
とロイは言いながら、作業をしている人員のうち、三人を手招きした。
「彼がこれからこの屋敷の主となるリョーマだ。それぞれ自己紹介してくれ」
「どうも、名はイリクという。よろしく頼む」
ロイに促され、手短に名乗ったのはディープブラウンの髪を短く刈り込む男性。日焼けした顔に薄く刻まれつつある皺から四十から五十歳といったところか。
竜馬と左程変わらぬ背丈に中肉中背で、作業着のような飾り気もなく動き易い服装を着こなしているところから、日頃から肉体労働に従事していると想像に難くない。
「初めまして。アンナミラと申します」
続いて丁寧に腰を折ったのは優しげな笑みが印象的な、ライトブラウンの髪をショートボブにした女性。歳は竜馬より少し上で、二十前後ではなかろうか。
スカートながら動き易い服装にエプロンをかけているところを見るに、メイドに近い職に従事しているのだろう。
「フォニと言います。ヨロシクお願いします!」
最後に緊張を滲ませながら元気よくペコリと頭を下げたのは、青味を帯びた銀髪ショートの少女。幼いその容姿から恐らく十二、三歳と思われる。
このフォニと名乗った少女もアンナミラとほぼ同様の身なりをしているところから、メイド、あるいはその見習いといったところか。
「イリクにはこの屋敷での薪割りや屋敷の修繕などの肉体労働全般を。フォニとアンナミラには清掃、洗濯、炊事など生活面のサポートを担当してもらう。リョーマ、これからの身の回りのことは彼らに任せるといい」
今紹介された三人が使用人として、住み込みで竜馬の世話をしてくれるらしい。
見知らぬ人と突然の同居は抵抗がないわけではない。しかし一人では大き過ぎるこの屋敷は、持て余すのは目に見えている。管理の面を考えても、竜馬が受け入れる努力をすべきだろう。
「ども、竜馬っす。お世話になるっす!」
挨拶を交わした後、三人は再度頭を下げ、それぞれ持ち場に戻った。
その後ろ姿を見送りながら、竜馬は早速拠点をこちらへ移す決意をする。と言っても、着の身着のままこの世界に飛ばされた自分の所有物など無きに等しい。
その旨をロイに伝えるだけで、引っ越しは概ね完了したと言っても過言ではなかった。
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