第14話

 踏み付ける者ドランプル撃退の報は、ロザリアムの街を祝勝気分一色に染めた。

 住人も彼の災獣の脅威は嫌というほど知っている。

 それを追い返したというのだから盛り上がらないわけがなく、祭り騒ぎはかれこれ十日間は続いていた。

 そんな中、最大の功労者である竜馬も初日こそ雰囲気を味わったものの、まだ馴染めない土地で顔見知りがいなければ、やがてどう過ごしたらいいのかわからなくなる。

 唯一気心知れたミスカも戦いの残務処理に追われているとあっては、結局、居場所が見つけられず、なんとなくファーニバルのところへと足が向いてしまっていた。


 赤竜を模したウィスタを足元から見上げると、自然と笑みが零れる。

 まさか自分がロボットの操縦者になれるなど思いも寄らなかったのだ。

 とはいえ、あまり喜んでばかりもいられない。

 竜馬はこの世界の住人ではない。色々面倒を見て貰い恩義は感じているものの、この世界に定住する気なのかと問われれば、まだその覚悟は出来ていない。確かにウィスタの存在は魅力的だが、日本に帰ることと天秤を掛ければ帰国に気持ちが傾くのが本音だ。

 そのためにも帰る手段があるのかは調べておきたい。


 この世界に迷い込んだ場所の再調査は勿論として、他に気になっているのは竜馬以外の異世界人の存在。もし竜馬以外に誰か居るのなら、是非情報交換してみたいところだ。

 しかし現在の自分の置かれた立場を考えれば、気軽に街の外へ出歩くのは許されないだろう。

 そうでなくも周辺の地理がまるで分からないのでは、迷子になるのが関の山。

 正に急がば回れで、このロザリアムでしっかりと地盤を固めてから行動した方が無難という考えに落ち着く。


「相変わらずウィスタが好きなんだな」


 と、不意に背後から声が掛けられる。

 振り返れば貫頭衣の少女、ミスカだ。


「忙しそうだったけど、もういいのか?」


「うん、粗方片付いたとこ」


 と、見せる笑みがどこか浮かない感じがした。


「大丈夫か? 元気なさそうだけど」


 ミスカは一瞬面食らったような表情を見せるが、取り繕う様に愛想を作る。


「いや、疲れているわけじゃないんだけど……。少し、落ち込んでるだけ……」


 常に明るい彼女にしては珍しい。

 少しだけ待ってみると、こちらが聞き役に回っているのを察したのか、心境を吐露し始めた。


「全く歯が立たなかったのがショックでね。もう少し何とか出来るつもりだったけど、只の自惚れだったみたい」


 対踏み付ける者ドランプル戦のことを言っているのだろう。

 ロザリアムは助かったものの、魔導師としての役割を果たせなかった彼女は、素直に喜べないというわけか。

 竜馬は彼女に命を救って貰っている。だから彼女が魔導師として力が不足してるとは思ってない。それでも今回は特に因縁の相手だけに、相手が悪かった、と簡単に割り切れないようだ。


「今回勝ったって言っても相手を追い返しただけ。ヤツはまだ生きてるんだ。次来た時は二人で叩き潰してやろうぜ!」


 竜馬の言葉に彼女は暫く瞑目すると、気持ちを切り替えたのだろう大きく頷いてみせる。


「そうだな。何時までもくよくよしててもなんも進展しないもんな。今回はリョーマのお陰で助かったんだし、次までに対抗策を練っておかなくちゃ」


 と、ミスカが立ち直りを見せるとほぼ同時に、二人のもとにロイが近づいてくるのに気付く。


「よう、ミスカの嬢ちゃんもここにいたか。祭りにはいかないのか?」


「お祭りっていっても、みんな酒盛りしてるだけだし……」


「そっかそっか、そーいや酒が苦手だっけか」


「お酒じゃなくて、酔っ払いが苦手なんですけど!」


 と、機嫌を損ねながら否定するミスカに、ロイは笑い飛ばすことで話を有耶無耶にし、本題とばかりに竜馬へと向き直る。


「リョーマ、これからアリウス様のところへ一緒に行けるか?」


「え? 俺?」


 突然、話を振られ虚を突かれる形になったが、かといって何か用事があるわけでもない。寧ろ暇を潰していたぐらいだ。


「はい、全然大丈夫ですけど」


「じゃあついてきてくれ。ミスカの嬢ちゃんも一緒に行くか?」


「なんなの?」


「何、悪い話じゃない。ついて来ればわかるさ」


 竜馬はミスカと顔を見合わせるが、心当たりは何もない。二人は言われるがまま、ロイの後に続いていくとアリウスの執務室に通される。

 そこでアリウスから齎された話は、竜馬をこの上なく驚かすものだった。


「えっ、俺がウィスタの部隊に?」


「そうだ。正式に採用したい。どうだ? この街のために引き受けて貰えないか?」


 まさに青天の霹靂。目指してはいたが、まさかこんなに早く機会が訪れようとは。

 あまりに突拍子な展開に頭が追い付かず固まってしまう。


「おめでとう! リョーマ、いきなり魔導師隊になんて凄いじゃないか!」


 ミスカが竜馬の肩を揺すりながら自分のことのように喜んでいる。

 それで、徐々に実感が沸いていた。


「とはいえ、リョーマはまだ魔法が使えない。それで魔導師を名乗らせるのは他の者が納得しないし、混乱を招きかねない。だから区別するために新たな役職を設立した」


 そう前置いたアリウスは手にしている畳まれた布を竜馬に手渡す。

 受け取り、広げてみるとそれは貫頭衣。ただミスカたち魔導師の淡い青地ものと異なり、薄い赤地のものだった。


魔杖操師まじょうそうし。これがリョーマの新たな役職だ。地位、権限、待遇は魔導師に準ずるものとする。正式な叙勲式は皆の前で後日改めて行う。以上だ」


 通達と共に差し出される右手。

 竜馬は握手を交わし、新たな責務を引き受けるのだった。

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