魔杖操機ウィスタ ~異世界魔導師はロボに乗る~
東屋ろく
プロローグ
鬱蒼と生い茂る森の中、
何故、こんな事態に陥っているのかわからない。
覚えているのは父親に連れられ、ハンググライダーでインストラクターと山の斜面を気持ちよく滑空していたところまで。予期せぬ突風に煽られて、バランスを崩して繁みに突っ込んだ辺りから記憶はあやふやだ。
意識を失っていた時間はどれほどなのか。近づく不穏な物音と気配に目を覚ませば、人間など丸飲みしそうな巨大な蜥蜴モドキとご対面。明らかな捕食の意思を感じ取り、情けない悲鳴を上げながらもその場から一目散に逃げ出した判断は決して間違っていない筈だ。
咄嗟、傾斜を
「しつこ過ぎるだろっ! コイツ!」
苦し紛れに絶叫するも、そもそも背後から迫る生物が何なのかわからない。
竜馬の知識の中で近しい生物を挙げるとすれば恐竜だが、遠い昔に滅んでいるのは誰しも知るところ。近年日本はおろか、地球全土でもこのような巨大生物が目撃された話は聞いたことがない。
やがて足元の傾斜は緩やかとなり、森は途切れ、草原が広がった。
身を隠すものが見当たらなければ、純粋な走力勝負となってしまう。
己の疲労状況から絶望の二文字が頭を過るが、まだ足を止めるわけにはいかない。生への執着もさることながら、衰え知らずの勢いで背後に迫る生物に食い殺される恐怖が竜馬を走らせていた。
そんな中、ふと上下する視界の中に奇妙なものを捉えた。
シルエットは仁王立ちする人型だが、どこか無機質な印象を受ける。薄っすら青みを帯びた白銀の体躯は明らかに大きく、竜馬に追い縋る蜥蜴モドキすら凌ぐようにも思えた。
正体不明の巨人は両腕を突き出すと、翳した掌の前に魔方陣が描かれる。
そして竜馬の存在に気付いていないのか。発光する魔方陣から躊躇うことなく炎の塊を撃ち出した。
「ゲッ!」
炎弾は驚きの声を上げる竜馬の頭上を通過し、寸分違わず蜥蜴モドキを捉える。
着弾と同時に爆発。竜馬はその余波に背を押される形で、もんどり打って倒れてしまう。
「――っ!」
背中を強か打ち付けた衝撃に一瞬息が止まるも、草原がクッションになってくれたのが幸いしたのか、とりわけ痛む部位はない。
身を起こし背後を見遣れば、先程の蜥蜴モドキは炎に包まれ、既に動かなくなっていた。
竜馬は謎の巨人に目を向ける。端的に形容するなら「ロボット」。
だがそれは無骨な機械人形ではなく、全体的に西洋甲冑っぽさはあるものの、ある種芸術品のような機能性、実用性を度外視した繊細かつ奇抜なフォルムをしていた。
先程の蜥蜴モドキといい、竜馬の知識にはない存在。
一体自分の周囲で何が起きているのか。
頭の理解が追い付かぬまま、ゆっくりと近づいてくる白銀のロボットの挙動に目を離せずにいると、竜馬の目の前で立ち止まったロボットの胸部がパカリと開かれ、中から赤髪の少女が姿を現した。
「大丈夫か?」
その声色は竜馬の安否を気遣っているように感じる。
とりあえず直面していた命の危機は一先ず脱したと見てよさそうだった。
「ああ。多分、大丈夫。ありがとう」
「すまないな。少し巻き込みかけたようだ」
「いや、助けて貰った立場で文句はないよ。あのままじゃ遅かれ早かれ食われてただろうし」
そう感謝しながらロボット胸部から顔を覗かせる少女をまじまじとみる。やや幼さを残す整った顔立ちの彼女は、高校二年生である竜馬と同世代ではなかろうか。
淡い青地の一枚布の中央に穴を空け、頭からすっぽりと被るシンプルな貫頭衣を身に纏う。全面に描かれた非常に美しい模様は単に魅せるためだけではない、何か規則性があるのではと感じさせる、今まで見たことのないデザインの衣装だった。
「……なあ、訊いてもいいか?」
知識外のものがこうも立て続けに現れては、竜馬は己が置かれている現状を把握するためにも兎に角訊かずにはいられない。
己の名すら告げず不躾な問い掛けになってしまった感は否めないが、ロボットの乗り手はあまり気にしてはいないようだった。
「これは何だ?」
と、指差すのは、今のところ竜馬の中で最も異質な存在、ロボットだ。
だが、竜馬の疑問があまりに意外だったのか、彼女は信じられないとでも言いたげに眉根を寄せた。
「ウィスタを知らないのか?」
「ウィスタ?」
思わず反芻してしまうも、彼女の口振りではどうやら常識的なものらしい。
「先程襲われた
「……日本ってとこなんだけど」
本来なら市町村名、あるいは都道府県名を出すべきだろう。だが、地元でこんなロボットを作っている話は聞いたことがない。ならばせめてと一縷の望みを抱き、国名を口にしたのだが。
しかし彼女は期待を裏切り、怪訝な表情を浮かべた。
「ニホン……? どこだそれは」
やはりと言うべきか、竜馬が今を取り巻く現況を理解出来ないのと同様、彼女にも竜馬が知っていて欲しかった名称が通じない。
現在進行形で、「
だが彼女の返答により、ここは竜馬の知らない場所なのだと改めて知ることになる。
それも恐らくは地球とは異なる世界。所謂「異世界」と呼ばれるところ。そうでも結論付けなければ説明がつかない事柄が多過ぎた。
そこに至ったところで竜馬の思考が止まる。あまりに荒唐無稽な現実をすぐに受け入れることが出来ないのだ。
「それにしても無防備な恰好だな。
そう言われ、竜馬はグライダーとインストラクターの存在を思い出す。森の中で目覚めてからは逃げるのに無我夢中だったが、もしかしたらあの場に残されていたかもしれないと。
「そうだ、実はもう一人あの森の奥にいるかもしれない。出来れば探して欲しいんだが……」
「もう一人だけか?」
「うん、どうやら、
「は、はんぐぐらいだー、とはなんだ?」
「グライダーってのは空を飛ぶ道具なんだけど……」
「なんと! 空を飛ぶ
「いや、飛ぶと言っても正確には空を滑る感じかな。こんな具合に」
と、掌を地面と水平にして右から左へとスライドさせて見せるが、彼女は正しく理解してる反応ではなさそうだった。
「ふむ、まあいい。つまり遭難者を救出したいのだな? 乗り掛かった船だ、協力しよう。ただこの森は、ウィスタでは木々が邪魔して立ち入りが容易ではない。追随している
「ありがとう。俺を助けて貰った挙句、何から何までホント申し訳ない」
「そういえばまだ名乗ってなかったな。あたしはロザリアム
「お、俺は天羽竜馬、
突然素性を明かされ、内心驚く。まさかロボットのみならず魔導師まで登場。その組み合わせに、一体ここはどんな世界にだろうと頭が混乱する。
暫くすると輜重隊と言っていた隊であろう、牛のような生き物に牽かれた荷馬車三台を引き連れた一団が現れる。皆、仕立ての良さそうな揃いの服だが、やはり見覚えがない。手に槍や弓、腰に剣を帯びているところから、皆が皆、魔導師というわけではなさそうだった。
それから彼女はその中から約束通り、数名の捜索隊を編成してくれた。
インストラクターとはグライダーを通じて面識がある程度。それでも見ず知らずの土地では同郷の人間がいるだけで心強い。そしてこの世界に来ることが出来たのなら、逆もまた然り。墜落現場に何か手掛かりが残されているかもしれない。
しかし残念ながら、その捜索隊は全くの無駄足。インストラクターの姿も、グライダーも、日本へ帰る手掛かりは何一つ見つけることは出来なかった。
こうして天羽竜馬は、魔導師とウィスタなるロボットが存在する異世界での生活を余儀なくされるのだった。
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