ステュムパーリデスの鳥 宮廷の美しき悪魔の鳥の物語 寵姫宰相・女家令孔雀 鮮やかに舞う

ましら 佳

第1話 鳥が舞い降りた

 春が爆発するかのように盛りであった桜も散り、雨が降った後のしっとりとしたまるで蒸留されたかのような草木や岩のエッセンスを含んだあの不思議な匂いと、初夏に弾け笑うような藤の花の香りを運んで来る頃。

波に陽が散り闇を含む一瞬前の黄昏時。神戸港に美しい客船が入った。

純白の船体の前方に、クリスタルの翼の装飾がされたレトロスペクティブな美しい船。

船の名前をチカプカムイと言う。大昔に北の果ての人々がそう呼んだ大地と梟の神であり、人間と神々の見守り、その繁栄を寿ぐ役割があるとされる。

処女航海のツアーは抽選になりなんと十万分の一の確率だったという。

それから十年程経つが今でも乗船当選率は低い。

この世の常で富裕層が部屋を長期間押さえてしまうと言うこともあるのだが、いわゆる抽選ではないらしいが選考基準がとにかく謎で落選した方も当選した方も首を傾げている程で、オーナーの忖度なのか気分なのかはっきりしない。まるでマンションやショッピングモールのように巨大な客船も多い中、この船は大きいとは言えないのだが、全長三百m、収容人数二百人という、一人当たりで言ったらありえないほど広いと言える。

篠山茜は、促され制服姿で車から降りた。

運転をしていた黒いスーツ姿の美しい女もまた降車して、船から出てきた船員に車を預けて書類にサインすると、茜にタラップを上がるように手で促した。

茜は戸惑い、女を振り向いた。

金糸雀カナリアさん、私・・・」

「金糸雀お姉様と呼びなさいと教えましたね」

おばさんと呼ばれる前に釘を刺す為に彼女はそう言った。

それは美しく囀る鳥の名前。彼女はある日突然、茜の前に現れたのだ。

カラスのように真っ黒のスーツ姿に、胸元にギラリと輝く飴玉のように大きな蜂蜜色のトパーズの宝石のついたブローチ。いつも、やはり黒い七センチのヒールを履いているのだが、不思議なことに歩いても足音がしない。

茜はゆっくりと探るようにタラップを登り切り船内に身を滑らせた。

まずは孔雀の羽模様のステンドグラスの見事なエントランスに目を奪われた。

その真下に美しい噴水があり、どんな仕掛けか、ヴァーチャルではない本物の虹がかかっていた。

反対側の壁には巨大な絵が飾ってあり、葡萄の木に鮮やかな鳥がたくさんが飛んでいる不思議な風景画。天井は思ったより高く、明るい吹き抜けになっていた。

星の形のスワロフスキークリスタルのシャンデリアが光を泡沫のようにきらきらと散らしていた。テレビやネットで見る豪華客船とは確かにこういう感じであったと驚き感心したが、自分がどうにも相応しくないと気後れがして、つまり気まずいのだ。

救いだったのは、華やかなドレスを纏った様な客がいない事。公立でも制服が地味で有名なデザインの紺色のプリーツスカートと白のブラウスと同じく濃紺のベスト姿の自分等居た堪れない。首元の小さな臙脂色のリボンタイの存在すら余計に惨めな気持になる。

金糸雀に気づいた客やスタッフが笑顔で話しかけてきた。

「こんにちは、金糸雀。おでかけだったのね。おつかいを頼めば良かったわ」

「ごきげんよう。お申し付け頂きましたらすぐに参りますよ」

「金糸雀さん、おかえりなさい。ティールームの新しいテーブルウェアのサンプルが届きましたよ」

「ありがとう。後で見せて」

金糸雀が会話をしながら進む。

誰もがこの美しい女に好意的のようだった。

金糸雀に先導されて噴水を抜ける。

茜は、水しぶきに虹が踊っていたのに、少し触れた。

柔らかな水滴が指にかかり、この出来事が現実であると改めて感じた。

金糸雀が美しい指を閃かせた。

「ほら、こっちよ」

頷いて視線を向けると、突然景色が開けて目の前に美しい庭園が広がった。

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