部屋に岩があった
木沢 真流
帰ったら岩があった
それはエルニーニョとラニーニャが一緒に来るとか、これから夏真っ盛りだというのに、突然ひょうが舞い降りたりだとか、そんな不思議なニュースもあるにはあったが、それ以外は至って普通の一日だった。
「何、これ——」
俺の部屋に、それがあることを除いては。
「ねえ、母ちゃん。ちょっときて」
「母ちゃんだって忙しいんだよ、町内会のチラシ配りだってあるんだし」
「そんなのいいから、ちょっと来てよ」
俺は母ちゃんを部屋に連れてきた。見せれば説明は要らない。
「ほら、何これ」
「何ってなによ」
高校の部活から帰った俺の部屋。そんなに広くはないが、自分の机とベランダ、本棚があり、ごろんと横になれるくらいの広さはあった。そのど真ん中にそれはあった。
「何、この岩」
灰色の、ごつごつとした、外国の観光地であれば『これが火山から噴火した噴石の一部です』とで言われれば、目を輝かせて、へえ、と言っていただろう。
「何って……岩でしょ」
「いや、それは分かってんだよ。何で岩が俺の部屋にあるんだよ」
俺が両手を広げても抱えきれない、高さも俺の身長より高い。ベランダへの入り口よりも大きいかもしれないねずみ色のそれは俺の部屋を占拠していた。
「ねえ、母ちゃん。なんとかしてよ」
「もう、くだらないことで母ちゃん呼ばないでよ、忙しいんだから」
母ちゃんはイラだった様子で部屋を後にした。その時だった。
「ただいま」
親父の声が聞こえた。
「あ、親父。ちょっと来て」
同様に俺は親父の腕を引っ張った。
「これ、見てよ」
親父は俺の部屋の岩を見た。
「……」
「帰ってきたら突然あったんだ。母ちゃんに言っても全然取り合ってくれなくて」
親父は目を丸くして、岩を撫でた。
「これは……」
「岩だよ、びっくりだろ? こんなのがあるなんて……」
「立派だ」
親父の目は丸く、そして輝いていた。
「こんな迫力のあるものが部屋にあるなんて、自慢できるな」
俺は一瞬返す言葉を失った。
「ちょっと待ってよ。これじゃ寝られないし、窮屈だし本棚も隠れちゃってるから教科書も取れないし……」
親父は俺の肩に手を置いた。
「気持ちはわかる。でもこれはレアな体験だ、思い切って楽しんでみたらどうだ」
奥から母ちゃんの声が聞こえた。
「あんたー、チラシ配り手伝ってよね」
はいはい、と言いながら親父は部屋を去った。どうやら親父も力にはなってくれないらしい。
(どうすんだよ、これ)
撫でてみると、砂がぼろぼろこぼれ、叩いてみると、ペチペチと詰まった音がした。試しに押してみるが、びくともしない。
(まいったな……)
ちょうどそこへ中学から帰ってきた弟が通りかかった。
「おい、ユウジ。これ見てみろよ」
ユウジは俺の部屋に現れた巨大な岩を見て、「は? なにこれ」と声を上げた。
「帰ってきたら突然あったんだよ、親父も母ちゃんも全然取り合ってくれなくてさ」
「これやばくね? どうやって入ってきたの? どうやって出すの?」
良かった、弟はまだましな反応をしてくれた。俺と同じように目を丸くしてねずみ色の岩を撫で、押してみようとしていた。
「ちょっと一緒に押してくんない?」
いいよ、そういうとユウジは腰を落とし、岩を全力で押す格好をした。
「せーの!」
高校生、中学生2人の全力ではやはりぴくりともしなかった。
「だめだな、こりゃ」
ユウジは首をひねった。それから、あ、と声を上げた。
「どうした?」
「俺の部屋は大丈夫かな」
ユウジは自分の部屋へ走り出した。俺もその後を追う。
弟の部屋を開けると、そこに岩はなかった。
「よかった。何もなくて」
そう言って、かけていたカバンを部屋の真ん中にどさっと置いた。広さ自体は俺の部屋の方が少し広かったのだが、今となってはこちらのほうがはるかにのびのびできる。
「ところで兄ちゃんどこで寝るの?」
「まあ腰を曲げれば寝られないことはないけど」
「俺の部屋とか来ないでね、俺そういうの無理だから。いやー、良かった俺の部屋には岩とか無くて」
言い終えるとユウジはバタンと扉を閉めた。
(くそっ、なんで俺だけ……)
俺は一縷の望みをかけて、もう一度自分の部屋のドアノブに手をかけた。
(もう一度見たら無くなってるかもしれない)
そう信じて扉を開けたが——。
「そんなわけないよな」
そこには俺の部屋ほとんどを占拠するそのねずみ色の塊。
こうして俺と岩の奇妙な共同生活は始まったのだった。
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